122 / 126

挿話「岬と綾」26

「かっこいいかは分かんないけど……庇ってくれて、ありがとうございました。大怪我させちゃって……ごめんなさい」 岬の怪我をしていない方の手が伸びてきて、手首を掴む。綾は一瞬怯んだが、嫌がらずにじっとしていた。 「ありがとうだけでいいよ。おまえが無事でよかった。マジで」 「母さんが、叔母さんに電話してる。しばらくこっちで岬さん預かるって」 岬は途端にちょっと嫌そうに顔を歪めた。 「あいつ……何て言ってた?」 「荷物、送るって。怪我が治るまでいるなら長くなるし。着替えとかいろいろ必要になるだろうって」 「……なんだそれ。厚かましいよな、あの女」 憎々しげに呟く岬に、綾は思わず目を伏せる。 「そんなこと、ない。怪我させちゃったの僕だから、ちゃんとこっちで面倒見るって母さんが言ったんだ。叔母さんは、そこまでしなくていいって」 岬は怪訝な顔になり 「…ってことは母さん……こっち来たのか?」 「う…ん。家じゃなくて、病院に」 「……そっか」 黙り込み遠い目をして考え込んでしまった岬を、綾はそっと見守っていた。 やがて岬はこちらに視線を戻して 「なあ、俺、ここにいてもいいか?綾は迷惑じゃない?」 探るような表情で遠慮がちに聞いてくる岬に、綾は思わず頬をゆるませ 「なんか岬さん、さっきと別人みたいに謙虚。そんなこと、気にしてくれる人だったっけ?」 岬は不意をつかれたように目を見張り 「お。…言うねぇ。いや、とりあえず猫、被ってみた。この状態でここ追い出されるのは困るんだよね。こっちいる間にいろいろ予定してたこともあるし」 「手伝えることあったら、手伝う。僕が」 「や、おまえは学校あるだろ。しかも受験生だし」 綾は椅子から立ち上がり、空になったペットボトルをサイドテーブルに置くと 「うん。学校に行ってる間はね。母さんも昼間は仕事だからずっと付き添うのは無理だし。だからその間は岬さん、一人になっちゃうけど」 「それは別に構わない。ある程度治るまではどこに居たって動けないからな。じゃ、こっちに居候させてもらうわ」 綾は頷いて椅子から立ち上がると 「岬さん、もう少し寝てて。俺、母さんに食事のこと聞いてくるから」 「ああ……悪いな」 岬はほっとしたように手を離すと、身体の力を抜いて枕に頭を乗せた。綾は肌蹴てしまった掛け布団を直してから、空のペットボトルを掴んで部屋を後にした。 廊下に出ると、閉めたドアに寄り掛かり、綾は深いため息を漏らした。 ……なんか……大変なことに、なっちゃったかも。

ともだちにシェアしよう!