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挿話「岬と綾」27
綾は、そのまま階下には行かずに、ふらふらと隣の自室に向かった。
手に持っていたペットボトルを部屋の隅のゴミ箱に突っ込み、ベッドの端にドサッと腰をおろす。
昨日の夕方、思いがけない事態になって、ずーっと落ち着かない時間を過ごしていた。
急にドっと疲れが押し寄せてきたのは、岬が目を覚ましてきちんと会話出来たからホッとしたのだ。
そういえば、昨夜はほとんどまともに寝ていない。岬のベッドの脇で椅子に座ったままうつらうつらしていただけだ。
……なんか……昨日からいろんなことが一気に起きたかも。
バタバタしていてすっかり忘れていたが、蒼史朗と彼女のやり取りを目撃してショックを受けたのは、ほんの一日前のことだった。
そして、岬に泣いているのを見られて……キスをされた。もっとディープなことも……。
頭の隅に押しやっていた記憶が洪水のように一気に押し寄せてきて、綾は思わず両手で顔を覆い項垂れた。
……うわぁぁぁ……最低……。
あの事故さえなかったら、母に懇願してでも岬を家から追い出すつもりでいた。自分にひと言の相談もなく勝手に岬の居候を承諾した母に、思いっきり文句を言ってやるつもりだったのだ。
なのに、事故が起きた。
岬は命懸けで自分を庇って、怪我をしてしまった。
自分は人見知りだから、今まで交流のなかった従兄と一つ屋根の下でなんか暮らせない。
そう訴えて、ひとりっ子特有の我を通すはずだったのに……。
もちろん、岬が助けてくれたことに、恩は感じている。だからこそ、しんどいのだ。
……追い出したり、出来るわけないし。
蒼史朗にもしょっちゅう揶揄われているが、自分は極度の人見知りだ。クラスメイトでも普通に会話が出来る相手は限られているくらいだから、自分のテリトリーを侵害されるのはストレス以外のなにものでもない。
……これから毎日、顔合わせるのかぁ……。
綾は、大きなため息を零した。
想像しただけで、お腹がしくしく痛くなってきた。
そのままベッドにごろんと横になる。
身体が怠重くなってきて、急に眠気が押し寄せてきた。
不意に、手に持っていたスマホが着信を告げて、綾はビクッとして目を開けた。
知らぬ間にうたた寝をしていたらしい。
慌ててスマホの画面を見ると、着信通知は蒼史朗の名前だった。
「うわ…」
タップして出ようとした指先が、躊躇して途中で止まる。
……どうしよう……。
昨日の記憶がまたよみがえってきて、綾は顔を顰めた。
……や。電話だし。顔、合わせる訳じゃないんだし。
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