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第2話 理想を守るためなら※
俺がここに勤め始めてから、2週間が経った。主な仕事はディオン様が寝るときに子守唄を歌うことと、愚痴を吐き出してるときに音を遮断すること。つまり、ディオン様がいないとやることがない。
雑用とかやるのかな?と思ってたけど、ディオン様からは「好きに過ごしていればいい」と言われているし、家の仕事はメイドさんたちがやっているから奪えないし、だからといって兼業ができるのかといえば、禁止されているし。
今のところ、日中は本を読むことや、部屋のバルコニーからぼんやり外を眺めることくらいしかしていない。これでは給料泥棒だ。
「…あの、何か手伝いましょうか?」
何かないだろうかと思い、廊下にいたメイドさんに声をかける。すると、一瞬止まったあとにぎこちなく笑いながら「大丈夫です」という答えが返ってきた。
「何でもやります。些細なことでいいんです!」
「ご、ございません」
「そこをなんとか」
「仕事なんてさせられません。だってあなたは…」
そこではっとしたようにメイドさんは口を押さえた。傍目にも分かるほど顔面蒼白になってしまい、何だか可哀想になってきた。
「あ、はは…ですよね、すいません」
「い、いえ。失礼致します」
足早に去っていくメイドさんの背を見送りながら、久しぶりの感覚にもやもやした気持ちが沸き起こった。
「…だってあなたは…紅、だから」
ぽつりと独り言を漏らす。
それは小さい頃、何度も投げつけられた言葉。
紅だからという理由で、俺は人の輪に入れてもらえなかったり、キツく当たられたりした。
「…しんどいなぁ」
分かっていたはずだ。いくら大昔の話とはいえ、まだそのおとぎ話を信じている人がいる。それに加えて、ここは紅を排除した一族の家なわけで、俺が受け入れられるはずがない。
肩を落としながら部屋への帰り道を歩いていると、近くから喋り声が聞こえてきた。聞いてはいけないと思っても、俺は魔力の関係なのか音を拾いやすい。早く通り抜けようと思いながら歩くスピードを上げる。
「…、何で、ご主人…さま、紅なんて囲う、したの…しら…」
「…さすがに…御時世…殺すわけにもいかな…エルヴィス家…家督……町の人の被害…なくそ…とかお考え…じゃない?」
メイドさんたちが会話してるようだ。
ダメダメ、聞かないようにしないと。
「えー、でも夜毎に部屋で何かしてるのよ」
「あっ、もしかしてベッドで熱い口づけとか交わしてるんじゃない?」
でも聞こえてきた会話がショックすぎて、足を止めてしまった。
(つ、つまり…ディオルフェン様が俺を、慰みものにしてるってこと…?)
妻でもない者を囲って慰みものに?
あのディオルフェン様が…?!
100歩譲って、紅の俺が邪険にされるのは仕方がない。分かる。でもディオルフェン様が貶されるのはだめだ。あの高潔な人物像に傷がつくなんて、あってはならない!!
俺は逃げるようにしてその場を立ち去った。
**
「おい、帰ったぞロシュ」
ネクタイをほどきながらディオン様が部屋に入ってくる。俺はそれをどんよりとした顔で迎えながら、意を決して口を開いた。
「俺、やっぱり子守唄を歌うの、やめます!夜にはこの部屋に来ません!」
「…急にどうした」
ディオン様は訝しげに俺を見た。
そんな顔も素敵です…じゃなくて!
「と、とにかく!ダメなんです!」
「仕事を放棄する気か?」
「で、でも…一緒にいたらダメなんです!」
「…誰かに何か吹き込まれたか?」
「へ?いや、そういうわけでは」
「じゃあ、何でだ」
イライラした様子でディオン様が距離を詰めてきた。突然だったからビックリして、咄嗟にどん、と突き飛ばしてしまう。
それがいけなかった。
「…そうか、何かを聞いて、俺から逃げたくなったか…」
「ち、ちが、うわぁっ?!うぶっ!」
腕をとられ、ぶん、とベッドに投げられる。
枕に思い切り顔面をぶつけ、痛くはなかったけど、情けない声を出してしまった。
「ちょ、いきなり、何を」
「俺は順序というものを踏んでいくタイプだ…でも逃げようとするなら話は別だよな。俺は自分の欲しいものが誰かに奪われるのは我慢ならない」
「はい?な、何の話…っ!うわっ!ちょ!」
そしてディオン様は俺にのしかかってきた。
正面から直視するとさらにカッコいい。あといい匂いがする。いやでも近い。近い近い!
「顔、赤いな」
「…ひぁっ?!」
そしてあろうことかディオン様は、ずり、と自分の下腹部を俺と重ね合わせてきた。一番まずいのは、俺がディオン様のカッコよさに反応してしまっていることだ。
「お前…本当に俺の顔が好きだな」
「や、やだ、やめてくださ」
「こんなにして…ロシュ、俺とそういうことをしたいって、思うのか?」
ディオン様がゆっくりとなぞるように、俺の昂りを指で辿る。たったそれだけの刺激で、ぞくぞくとしたものが背をかけ上る。
柔く揉まれるだけで下着を汚してしまう。しかもそんな状態なのに、下着の中にまで手を入れられ、直に触られた。
ディオルフェン様にそんなことをさせているという事実とか、快感とか、色々なものがごちゃまぜになって、目の前に星がちかちかと光っている。
「ひ、っひぁ!やだ、やだぁっ!やめ、ぁ、あぁ、だめ、だめです…!ディオンさま、だめっ」
「…かわいい声…」
「…っ!…っ!!」
あっけなく俺は吐精し、ディオルフェン様の手を汚した。その事実にくらくらとしてくる。
「う、うぅ…!なんでこんなこと、するんですかぁ…っ」
ぽろぽろと泣きながら訴えると、ディオン様はバツが悪そうな顔になり、俺の上からどいた。
俺は起き上がれなくて、寝たまま鼻をすするしかできない。
「ロシュ。何で急に来ないとか言い出したんだよ」
「…だ、だって…!ディオルフェン様が、俺を慰みものにしてるって話があって!」
「なぐ、」
「俺のことはいいんです、俺は紅だから、別に何を言われてもいいんです。でも、ディオルフェン様が傷つけられるのは耐えられません…!しかも俺のせいで変な噂を立てられるなんて、ううっ、俺、ごめんなさい…」
「別に…理由なんてどうとでもなるだろ。ただ、その…そうか。お前は自分のことじゃなくて、俺が貶されるのが嫌で、部屋に来ないと言い出したのか」
「はい…。自分のこと以上に、辛くなるんです」
「そ、そうか。それは、つまり俺のことが…」
「だって、ディオルフェン様ですよ!あの高潔で優しくてカッコよくて、皆の憧れの的!この土地を統べる王者なのに!」
「…、…うん?」
俺がぐ、と両手を握って力説を始めた途端、ディオン様の表情が固まった。不思議に思いながら、また口を開こうとすると、むぎゅ、と片手で塞がれてしまった。痛い痛い。
「…ふ、ふふ、ああそうだ、お前はそういう奴だった。お前がそこまで心を砕く相手は『ディオルフェン様』だったな」
「むぐ、むぐぅ!」
「やはりこの場で食ってやろうか…」
まさかの食用?!
じたばたともがくが、体格差のせいで抜け出せない。どこぞの伝承で、紅を食べると不老不死になるとかいう、とんでもない情報を読んだことがあるけど、そんなことあるわけがない。その伝承だって噂ばかりを集めた信憑性のないものだったし!
「くそっ。でもそんなの、虚しいだろ」
「…っぷは! な、な、何すん…っ」
「気が削がれた。今はやめといてやる」
ディオン様はぷいっと横を向いてしまった。
俺に背を向け、何だか寂しそうだ。
さっきまで無体なことを強いられていたが、そういうところを見ると、何か、こう…調子が狂う。憧れの王子様を傷付けたような感じがして、罪悪感がある。
いや、でも、これはディオン様が悪いだろ?!
「寝る。今日は歌はいい。おやすみ」
ディオン様は俺を部屋の外に放り出すと、扉を閉めた。ご丁寧に、鍵までかけて。
俺は…呆然とするしかなかった。
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