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第7話
家に帰るのは憂鬱だった。
玄関の前に立つだけで気分が悪くなる。
仕事休みも正直いらない。
「はぁ……」
「ため息なんざ吐いて、そんなに俺が嫌か」
「ッ! か、克彦……」
「だから、その顔だよ。実の兄貴に普通そんな顔向けるかぁ?」
顎を捕まえられ、ニヤニヤと不敵に笑う克彦と目が合う。
右肩にかけた女性物のコートが視界に入り、兄とは思えないこの男を睨み返した。
「今日は随分と威勢が良いな?」
「手を、離せよ……香水くさいんだけど」
「ははァっ、こいつに嫉妬してんのか? かわいいねえっ」
「嫉妬じゃない、女を連れて来るなら俺は出てるからっ」
克彦と女がずっと部屋に居座ってイチャついているところなんて見たくもない。
「そんなこと言うなよ〜、優斗。な? 心配しなくても可愛がってやるから」
「っ……だから、違うって言ってるだろ!」
「嘘つけ。いつももっとくれって欲情してんだろォ?」
「触ッ……」
背後でガチャリと開けられたドアに体を預けていた俺は倒れそうになり、克彦の腕に支えられる。
だがそれは、同時に克彦の誘惑に従ってしまったことになる。
「んっ……ぐ、……ッ」
玄関の壁に押し付けられた瞬間のキス。
それもかなり強引で、人を思う気持ちなど微塵もない。
「ふ、ぅ……ん゛ん、っ」
気持ち、悪い……っ
何度重ねても克彦に惹かれることはなかった。
兄弟だから、という理由だけじゃない。
俺にとって克彦は兄である以上に、生理的に受け付けない対象だった。
「はッ……はぁ、っ……も、離し……」
「……あ? お前、これ自分でやったのか」
「…………そう、だよ」
手のひらにできた傷。
松本さんにやってもらったなんて言えるわけがない。
言えば克彦は血相を変えて松本さんの素性を聞き出そうとしてくるだろう。
「フンッ、てめぇの男でも作ってやがったら立てねえようになるまで犯すぞ」
「あ……あるわけ、ないだろ。そういや煙草、買ってきたから……」
話を変えたい。
何がなんでも、克彦の気を逸らしたい。
その願いが届いたのか、袋を覗いたかと思えば満悦の顔を浮かべた。
「できる弟になったなァ。愛してるぞ優斗」
早くリビングに行けよ……!
体が放れ、上機嫌な克彦がリビングへ向かうと全身の力が抜けて息をついた。
肩も腕も足も、妙な震えが止まらない。
一生、ここから出られないのか……俺は。
この地獄の巣屈から、永遠に。
「____おい起きろっ」
「!!」
唐突に聞こえた大きな怒声に、俺の体はビクンと跳ねた。
壁に寄りかかって眠っていたらしい。
目の前に屈んだ克彦が不機嫌な形相で俺を見下ろしていた。
「ご、ごめん……俺いつの間に、っ」
「チッ……大した仕事もしてねえくせに寝てんなよ、ナマケモノが。早く飯作れ」
「…………ごめん」
サッと血の気が引くようだった。
せっかく、機嫌が良かったというのに。
どうしてこんな場所で眠ってしまったんだと、腹立たしさに目眩がした。
「優斗」
「っ、何」
「やっぱこっちに来い」
立ち上がった克彦が寝室へと向かう。
だが俺は背を預けて座り込んだままその場を動けなかった。
そっちに行ったら、何をする気だ。
聞きたくても聞けない。
何も言えない自分が、嫌いで仕方ない。
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