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第9話

「あの、どうして宴会チーフと事務職を一緒にされているんです?」 「ん、一緒にしても別に問題はないだろう」 「いえ、その……大変じゃないですか? お子さんもいるのに、仕事が多忙でって」 俺が心配事を口にするのは意外なのか、松本さんは目を丸くした。 「新入社員に家庭の心配されるとはな……」 「す、すみません。生意気なことを聞きました」 「いや、ありがとう。俺は元々、経理や管理職を志望して短大を出ているから、現場のチーフになるなんて想像もしていなかったよ」 「そう……なんですね」 意外だ。 てっきり、宴会サービスの方が好きなのだと思っていた。 「椎名は? 接客とか興味ないの」 「俺は……別に、ないです」 「だろうな。全然笑わねえし、てっきり賄賂でもしたのかと思ったぞ」 「悪口ですか」 人をイラつかせる天才だ、この男は。 仕事を教えてくださいと言えば、愉快げに笑いながら指示をくれた。 本当に、よく笑うな。 俺とは正反対の陽気さには、どう対応したらいいのか分からなくなる。 「毎朝この決算処理アイコンから計算書出すのを忘れないようにな。課長はキレたらおっかねえぞ〜」 「はい」 全く説得力のない喋り方だ。 だが微かに香る香水に、不覚にもドキッとしてしまう。 「……それ、怒られませんか?」 「ん? 何が」 「香水……」 「これ柔軟剤だから。適当に買ってみたら陸が大喜びでなぁ。あ、陸は子供な」 「良いお父さん、ですね」 「そうか? ま、男前だしな」 ……鬱陶しい。 自分で言うか、そんなこと。 そりの合わない上司だが、指導のやり方は合理的で分かりやすい。 父親ですと言われても確かに納得だ。 「そういやお前、酒は?」 「飲めますけど、そんなに飲まないです」 「1週間後に入社歓迎会するらしいぞー。それもここの宴会場で。どうせなら金出してもっと良いとこ選んでやれば良いのにな」 「そう、ですか? ここでも十分豪華すぎる気がしますが」 「良い子ちゃんだなぁ、椎名クンは」 なぜだろう…… 馬鹿にされている気がする。 俺には場違いなくらいだ、ここの造りは。 シャンデリアや大理石の壁なんて、ただのビジネスホテルならそこまでするのか。 「なぁ椎名」 「はい」 「家族とは……仲良くやってるか?」 「……っ」 こちらの反応を伺う目。 松本さんの瞳は、純粋な世間話をしたいそれではなかった。 まるで、俺の家庭事情を知っているような。 「仲、良いですよ。どうしてそんな質問……」 「いや、悪い。なんでもないんだ」 バツの悪そうな顔をしてその場を立ち上がると、「会場の準備をしてくる」と出て行ってしまった。 なんなんだ……今の。 誰にも知られたくない。 穢れた過去も、今も。 松本さんの指示通り、本日の仕事はマニュアルを見ながらの外線電話対応が主だった。 内線連絡は戸惑うことがないが、全くここの情報を得ていない状態で外部の人間と通話するのは容易じゃない。 席に座りExcelの画面を開いた時、何回目かの内線電話が鳴りだした。 「はい、事務所の椎名です」 『ああ、椎名君。悪いけど、問い合わせとかなかったら紬の会場まで来てくれない? ちょっと手を貸してほしくて』 「紬……5階、でした?」 『そう5階っ、手が足りなくてごめんねー!』 「分かりました、行きます」 入社初日、ベッドの中で数時間ほど館内図を見返した甲斐があった。 記憶することが苦手だと自称しているものの、職業柄言い訳にもできない。 いや、それは建前だ。 「早見さん、すいません。お待たせしましたっ」 会場裏で忙しなく動いてる宴会スタッフを目の当たりにすると、少しの焦りが現れた。 「ありがとう、椎名君! バイトの子が足挫いちゃってね。そこにある弁当箱、会場の右奥側から出してほしいのよっ」 「あ、はい!」 指示通り、ステンレスの台に乗せられた弁当を手に取り会場内へと足を運ぶ。 用具に一切触れてはいけないような高級品ばかりの内装には圧倒されるばかりだった。 「後ろから失礼致します」 「あぁ、ありがとう」 緊張感から手が震えていないか不安だ。 手に持っていた弁当を全て出し、足早にバックへと戻る。 そして再び箱を手にしたとき、松本さんがこちらへ戻ってきた。

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