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第12話

俺がゲイだと自覚したのは、中学の頃だった。 研修旅行先のホテルで同性の友人が恥もなく素っ裸になったとき、なぜか羞恥を覚えて目を向けられなかった。 元々友人は少なかった為に気付くのが遅くなったが、俺はその友人に好意があった。 それが本気の恋なのかは、未だによく分からない。 だが、クラスメイトの異性と関わることで無意識に自分はゲイじゃないと主張しようとしていた。 既にバレていたのか気が狂ったのか、卒業と同時に状況が一変し、その友人とは一夜を共に過ごした。 と言っても、翌日から音信不通になり今でも行方を知らないままなのだが。 「おいおい、仮にも研修生がなんでまだいるんだ?」 気付けば時刻は19時。 松本さんが事務所へ顔を出した。 「ああ、すいません。退勤、一応押してます」 「そういう問題じゃないっつの。ん? ……ほんっと真面目だな、お前」 「……真面目じゃないです」 「入社初日からマニュアルガン見してただろ? そんな気張らなくても、誰も咎めたりしないって」 「仕事、遅いんですよ。覚えるの」 家に帰っても克彦の相手をしなければいけない。 そう考えると、仕事を覚える為にはこの場を借りるしかなかった。 「……なぁ、椎名は実家暮らしか?」 「違います。松本さんは帰らなくて良いんですか? ご家族がお待ちじゃないんですか」 「陸は親戚の家に預けてある。なんなら、ウチに来るか?」 「…………は?」 思わず間の抜けた声が漏れた。 この人、今なんて言ったんだ……? 「は? じゃなくて行くか行かないかだろ」 「いや、あのっ……なにを、言ってるんですか?」 上擦った声がどれだけ動揺しているのかその身で伝えてしまう。 とうとう頭がおかしくなってしまったのか、この上司。 「……」 「い、家に兄がいるので帰ります」 「却下だ。そもそもお前、もう未成年じゃないっしょ。勉強ならいくらでもさせてやるから来い」 「え……」 それって強制じゃないですか。 あの、俺に拒否権は…… そそくさと支度を始めた松本さんに、俺の心臓が抉られていく。 今日は奥さんがいないのか。 それで子どもを親戚の家に預けているようだ。 胸が痛い。 「や、やっぱり俺……家に」 「ん? なんか言ったか? ほら、帰るぞ椎名」 「…………はい、」 俺は正真正銘のバカだ。 結局、断りきれず松本さんの車へと誘導された。 この時点で正常な人間であれば、危険を察知して逃げ出すだろう。 だが俺は、それすらできなかった。 「家送ってから祖母んちに陸迎えに行ってくる。悪いけどちょっと待っててくれ」 「はい……」 最悪だ…… 俺は今、絶望の淵にいる。 この人はゲイだと知らないからこんなに無自覚な行動を取るんだ。 絶対、それ以上触れることなんてできない。 「____はぁ……死に、たい」 誰もいないリビングで深く重いため息をついた。 松本さんの家に、来てしまった。 二階建て一軒家の2LDK。 完全に夫婦が同棲している間取りだ。 内蔵が引きちぎられるように痛んでいる。 本当に最低だ。俺は。 「ほら陸、帰ってきたぞ〜」 「ッ」 玄関から聞こえた声。 陸という子どもが「おうちきたー!」と嬉しげに言っている。 ズキズキと痛む心臓は、俺にはどうしようもなかった。 「待たせて悪かったなぁ、椎名」 「……いえ」 子どもを抱えて帰ってきた松本さんを見ると、本当に父親なのだと初めて理解した。 だが陸は、俺を見るなり松本さんの肩に顔を隠してしまった。 「こら陸、あいさつしないとダメだろ?」 「あ、はは……初めまして。怖い人じゃないから、大丈夫だよ」 チラチラと数回顔を出し、視線が交わった。 「……ゆうしゃん」 「へ?」 「パパが、ゆうしゃんって」 「ゆ、ゆうしゃん……?」 「ブフッ」 ケラケラと笑い始める松本さんには羞恥心を煽られる。 閉口した視線を向ければ、「ごめんごめん」とさして反省もしていない声色が返ってきた。

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