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第13話

「子どもの言葉ですよ。そんなに笑いますか普通」 「だから悪かったよ、いつも無愛想な椎名には丁度良いかもな。ゆうしゃんって……ククッ」 一気に萎えた。 罪悪感を覚えていた俺は馬鹿だ。 やっぱり、この男は人をイラつかせる天才なのだろう。 「そんな顔すんなよー。絶対鉄分足りてないだろ、ちゃんと飯食ってんのか?」 「食べてますよ。伊達に料理してないんで」 「あぁ、お前ちょっと女っぽいしな。納得〜」 「……殴っていいですか」 「うわ恐い。ほら、殺意向けんなー」 なんなんだ、こいつ。 相当ナメられているのか、焦り1つ見せない松本さんの対応に俺が恥ずかしくなる。 陸はと言えばぬいぐるみと戯れているしで、さすが親子としか言いようがない。 「椎名、今日は泊まっていけよ〜」 「は……っえ、いや……でも着替えなんて、」 「俺の服でいいだろ」 「ッ、よくな……泊まりとか、本当に結構ですから!」 「なんだよ、そんなにオッサンの部屋着はイヤか」 「そう、いうっ……」 問題、じゃない………… 俺の言葉など、松本さんはまるで聞こえていない。 「ま、とりあえず適当に寛げよ。風呂入れてくるわぁ」 あぁ、本当に……適当だ…… あまりにも自分の想像から的が外れてしまうと、人は返って冷静になるらしいと知ることができた。 「__陸、ぬいぐるみは噛んだらダメだ」 松本さんが入浴している間、陸はやけに寂しげな目をしていた。 もうすぐ小学生に上がる子どもという割に、少し発達の遅れを感じる。 むしろ、これくらいが普通なのだろうか。 弟のいない俺には、子どもの成長を見守る機会なんてなかったから分からない。 「おいしくない」 「当たり前だろ? これは食べるものじゃないから」 「でも、にんじんは食べものって、パパがいった」 「あー……うん、そうだな」 確かに、ニンジンは食べものだ。 だが、陸の持っているニンジンはコットンと布でできたぬいぐるみであって食用じゃない。 「そもそも、陸はニンジンを生で食べるのか?」 「ううん、たべない」 「食べないよな。大きさも硬さも違うし、陸が持ってるのは息をしてないぬいぐるみだから口に入れるものじゃないよ」 「にんじん、息するの?」 目を見開いてパチパチと瞬かせる姿が、妙に愛らしく感じてきた。 ここまで純粋な眼を向けられるとは、日本語ひとつ話すだけで一苦労だ。 「野菜だって生き物だよ。そのぬいぐるみも、原料は植物を使っているから、結局は同じだけど……」 ダメだ、モノの説明なんて苦手だ。 頭の回らない自分自身に悔しさが募るものの、陸は満足げに「ふへへぇ」と笑った。 なんで、こんなに邪気を感じないんだ。 困惑する俺とは裏腹に、大きなニンジンを抱えた陸が何の警戒心も持たずに膝上に乗ってきた。 「どうしたんだ? 陸……」 「ねる、ねるねるー。ゆうしゃんとねる」 「……」 懐かれている……のか? 自由を極めた利己的なところは松本さんにそっくりだ。 ギュッと服をつかんで目を閉じる陸が可愛いと思えてしまった俺は、胸の奥を抉られる罪悪感に抗うことができなかった。 ____早く帰らないと。 後戻りができなくなる前に、ここから抜け出して。 ものが散乱して煙草の匂いが充満するあの家に、戻らなければいけない。 俺がいるべき場所は、ここじゃない。 深い眠りについた陸をそっとソファに下ろし、指先で頬に触れたときだった。 「世話、上手いんだな」 「ッ……」 喉の奥が震えた。 背後へ視線を向けたのはほとんど無意識で、こちらへ歩み寄ってくる男に心臓が鷲掴みされる。 「俺はなにも、してません。陸が人懐っこいだけで……」 「まさか。陸は俺以外になかなか心を開こうとしないんだよ。それこそ、初対面の奴には威嚇までする勢いだ」 「……俺以外って……奥さん、は」 半ば無意識に出たのは、俺が一番聞きたかったことだった。 母親に懐かない子どもなんて。 そう思ったのだが、口に出して後悔した。 もしかしたらあまり触れない方が良い話題で松本さんはなにも言わなかったのかもしれない。 それが濃厚だった。 「すいません。さっきの質問は忘れ……」 「いや、いい。椎名は勘違いしているようだけど、俺に妻はいない。陸は母の顔を覚えてすらないんだよ」 「え…………?」 衝撃だった。 頭のなかが真っ白になり、肩が竦む。 陸の髪をなでて微笑む松本さんは、申し訳なさげに眉根を寄せた。

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