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第16話
「____は、はぁ……んっ」
下腹部が軽く痙攣している。
松本さんの指が俺の陰茎を扱き、乳首をいじる。
呼吸を荒くさせ、男の欲を全面に出している上司に、心臓の高鳴りが抑えられなかった。
それでも、中にまで挿入する気はないらしい。
伸びてくる手に抵抗せず、俺はされるがままに体を動かした。
「ん、ぐ……松、本さん……っ」
「椎名……」
「っ、」
なんで、そんな優しい声で……っ
「あ、はっ……あぁん、んぅっ……だめ、っ」
陰茎が大きく膨れ上がり、強い刺激にゾクゾクと体が震えた瞬間、耐えきれなくなった射精感が俺を襲った。
びゅるっと先端から飛び出した白濁が松本さんの手を、俺の腹部を濡らす。
「ッ……んん、っ! ……はぁー……」
イッて、しまった……
鼓動は鳴り止む気配を見せない。
どこか冷静に松本さんの手を見つめている自分に気付いて、なぜだか気が狂いそうになった。
「____ん……?」
いつの間に寝ていたのか、自然と開いたまぶたを何度か瞬かせて状況を判断する。
ここは寝室で、俺以外誰もいない。
そういえばさっき、松本さんは陸を寝室に寝かせたって……言ってなかったか。
だがベッドの横を覗いても、陸の姿はない。
こめかみに流れる冷たい汗。
……いや、さすがにトイレだろう。
陸はもう5歳だし、1人でトイレくらい行けるはずだ。
そう思っているのに微かに感じる焦りが原因で、俺は寝室を飛び出しリビングへ向かっていた。
「おいこら陸、キッチンの物は勝手に触るなって言っただろ?」
「やだぁっ」
あ……陸、松本さんと一緒に。
ドアを開けた時に聞こえてきた2人の声が、俺の鼓動を落ち着かせた。
「ケガしたらどうすんだ。朝飯できたら持って行くから、ほらあっちで座ってな」
「ううんっ、すわらない」
「あのなぁ……」
お調子者の松本さんが困惑しているのは初めて見た。
小さい体で父親の足にしがみつく姿は可愛らしく、ついつい甘やかしてしまいそうになる。
「あの……どうしたんですか」
「っあぁ、おはよう椎名。陸が言うことを聞かなくてな……」
目が合うと、陸はうるうると瞳を輝かせてこちらへ何かを訴えようとする。
「……陸、どうしたんだ?」
「陸もパパとごはんつくる……っ」
か、可愛い……
思わず口許が緩み、抱きしめてやりたい衝動に襲われる。
「陸は優しいな。でも、今は包丁もあるしフライパンもかなり熱いから、ソファに座ってよう」
な? と手を差し出せば、陸はまだなにか言いたげにこくりと頷いてにぎり返してきた。
…………可愛い。抱きしめたい。
「朝食、ありがとうございます」
「……ああ」
素っ気ない返答だったが、陸の可愛さに少しの余裕が持てた。
子どもの世話は苦手だけど……
「あ、陸ほら。ニンジンがあるよ」
「にんじんっ」
「飛んだら危ない。ははは、どんだけ好きなんだよ」
「ゆうしゃん、にんじん食べよ」
「食べないから。ここ、ちゃんと座って」
「あい」
素直に座り直すところを見ると、純情で松本さんの事が大好きな子なんだなと思う。
まだ夜中だと思っていたのに、とっくに朝になっていたらしい。
あの後……どうしたんだっけ。
思い返せば返すほど、赤面していく。
いや、きっと溜まっていただけだ。
松本さんは離婚してからの4年間、彼女を作ることすら億劫だったと言っていた。
のこのこと追いてきた俺に溜まっていた欲を吐いただけだろう、絶対。
「できたぞ〜、椎名はエビ食えるか?」
「っ、はい。大丈夫です」
昨日は何もなかった。
そう言い張るように松本さんは平常運転だ。
テーブルに置かれた家庭的な料理に、ワケもなくドキッとしてしまう。
甘エビのサラダにほうれん草の卵とじ、それから蜂蜜のかかったヨーグルト。
まるでアスリートの食事だな……
「ねえパパ」
「なんだ?」
「なんでゆうしゃんはパパに"です"って言うの。ともだちじゃないの?」
「友達じゃないぞ。陸ももう少し大きくなったら小学生だろ? 先生や年上には敬語を使うのが、その人への優しさでもあるんだよ」
「じゃあ、ゆうしゃんはやさしぃんだ」
「じゃあって、グフ……」
「あの、笑うのやめてもらっていいですか」
「ふはっ、陸は素直だなぁ」
「……」
笑顔と、陸を優しくなでる手……
子ども相手に羨ましいなどと思ってしまった。
この手に触れられて、抱きしめられて、頭をなでられて……なんて。
バカバカしい。
俺は仮にも社会人であり、兄という存在から離れられないでいる。
抱かれることを許したのだって、ただの現実逃避だ。
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