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第24話

「松本、さん……あの」 風呂を終えた椎名が、遠慮がちにドアから顔を出した。 「どうした?」 「……できれば、首元が隠れるシャツを貸してほしくて……その、」 「あ、あぁ」 目を合わせようとしない椎名に疑問を抱いた。 てっきりゲイだからという理由で意識しているのかと思ったが、クローゼットから取り出したTシャツを手渡した瞬間理解する。 「ちょっと待て」 「っ! な、何ですか」 「椎名、その手をどけろ」 「はっ……? 嫌、です。着替えたいんで手、離してくださいっ」 「お前が手をどけるまで離さない」 強引なやり方だが、ドアを持つ手を離す気はなかった。 ドアを開けた時にチラリと見えたアレは…… 「お、男相手だからって……そういうの、最悪じゃないですか」 「誰もセクハラしたくて言ってんじゃねえよ。良いから離せ、よっ」 「!!」 シャツを奪い取り片手を掴んだ時、ズキンと頭を殴られるような痛みを感じた。 目を逸らす椎名は、今にも泣きだしそうな顔をする。 「っ…………」 「お前これ……病院には行ったのか」 「行って、ません……」 頭に血が昇るところだった。 椎名が隠そうとしていた首筋から鎖骨にかけて、ひどい内出血と腫れが起きている。 玄関で転けただけで、こんな場所に大きな痣ができるはずがない。 「馬鹿じゃないのか!? なんで行かないんだ! 骨にまで響いていたら放置していいものじゃないだろッ」 まだ会ったこともない男への怒りが、ふつふつと湧いてくる。 突然怒声をあげた俺に面食らった椎名は、目を泳がせて俯いた。 「言い、訳が……できなくて」 「言い訳する必要がどこにあるんだ。お前はあの男が本当は優しい奴だと本気で思ってるのか?」 「ッ」 「隠すなよ、椎名。その痣はあの男に殴られてできたんじゃないのか」 俺も焦りがあった。 椎名の安全を確保したいと、その事だけが脳裏を埋め尽くす。 「……誰にも、言わないで……ください」 「あぁ、言わない。だけどな、俺にだけは隠さないでくれ。部下が危険な目に遭ってるってだけで気が気じゃないんだよ」 「は、い」 意思の揺らぎやすいこいつを、どう説得すればいいんだ。 考えろ……何か、策を。 「…………引かない、んですね」 「は?」 「ゲイって言ったら、引かれるのかと思ってました……」 「……」 ……おいおい、それならお前に手を出した俺はただの病気じゃねえか。 ゲイへの偏見はまるでなかった。 それは、フロント勤務の佐々木さんも同じだから、というのもあるが。 椎名の場合、妙にその事実に納得している。 「引きやしねーよ。他人のセクシャリティまで否定する趣味はないっつの」 「はぁ……なんか、少し目が覚めました。ありがとうございます」 「っ……」 心底安心したと言わんばかりに目を細めて笑う椎名に、なぜか心臓がドクンと音を立てた。 「____くそ、何なんだ本当に」 「はぁ?」 まだ、昨夜のことが頭から離れない。 初めて見た椎名の笑顔が、この世のものとは思えなかった。 そしてそれを、出勤して昼休憩になった今でも引きずるとは。 「マッツン、朝からどうした?」 「俺は目が腐ったらしい……あそこにいるやつが、どうしてか可愛く見えるんだ」 「ん? ……あぁ、なるほどねえ」 売店で販売員と何やら話している椎名を、チラチラと目で追ってしまう始末。 谷口の憎たらしい笑みが見えた気がして、机の下でスネを蹴り上げた。 「いってッ! おま、何しやがる!」 「害虫駆除だよ」 「だーれが害虫じゃコラ!」 買い物を終えてこちらへ戻ってくる男が同僚に声をかけられているのを見るだけで、そわそわしている自分がいた。

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