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第25話

「重症だ……」 「まぁ分からんでもないな、椎ちゃんは綺麗な顔してるし男にもモテそうだわ」 「お前のそのすぐアダ名つける趣味はどうにかなんねえのか」 「まぁまぁ、そんな顔すんなよ。でも、オレは正直やめといた方がいいと思うぞ〜。結構狙ってるやつ多いらしいし、バックが怖えからなぁ」 確かに、椎名は覚えが遅いと自称しているが素質はある。 兄と比較されて育った影響で基準が狂っているだけで、仕事の成績は伸びしろがかなりある。 そのせいか、女性社員からの評判が日々上がってきているのだ。 もちろん、人事課長からの評価も高い。 「本人が気付いてないんだもんなー……」 「椎ちゃんって、かなり鈍そうだしな」 「鈍いなんてもんじゃねえよ。あれじゃあ椎名はどうしようもないダメ野郎に騙され放題だっての」 「人のいないところで悪口ですか」 「うぉッ!」 戻ってきた椎名が淡々と隣の席へ腰かける。 何だかんだ、食堂に行こうと言えば素直について来るのが椎名の性格だ。 本当に、可愛いとこあんだよなぁ…… 「椎ちゃん、あれだったら同期の子と一緒にいても良いんだぞ? こんな子持ちのオッサン達に気を遣ってやらなくても」 「いえ、仲の良い同期もいないので大丈夫です」 これを浅木が聞いたら、どんな顔をするか…… 本心で言っているわけではないのだろうが、罪悪感を覚える。 「にしても……普通に仕事できるのに謙遜するよねえ。親が厳しいとか?」 「……そんなに厳しくはないです、多分。ただ劣等感が強かったので、仕事のできる兄のレベルが当たり前だといつも言っていました」 「お兄さん、東京の人?」 「実家は神奈川ですけど、今は東京です。上京してプログラマーをし始めて」 「え、まさかと思うけど電機通信?」 「はい……」 マジかよ、と顔を青くする谷口の反応が当然だ。 だが俺はそれよりも椎名が頑なに口を閉ざして言わなかった兄の話をしている現状に若干イラついている。 イラついている、と言うより表しようのない猜疑心が湧いてきた。 俺だけに話したくなかったのか。 それならついて来る意味が分からないが。 「それはキツいねー……オレなんて自慢じゃないけど、テストで赤点免れた日は"祝いじゃあ!"っつって友人と飯食いに行ってたからなぁ〜」 「うっわ……懐かしいけど思い出したくもないな」 同僚であり、同級生であり、古い仲であり。 いわゆる腐れ縁というやつだ。 30点前後のテストを振り回しながら「飯に行こうぜ!」と誘ってきた谷口を含む数名との外食は、鬱陶しいながらに嫌いじゃなかった。 「マッツンは学生時代から成績良いし、オレもあの頃はこいつが嫌いだったんだよ〜。いつもいるメンツでも一番モテるし、勝手にライバル視してたわ! はっはは」 「……お2人は、結構長い付き合いなんですね」 「あぁ。生まれも育ちも東京なんだよ、俺と谷口は。神奈川は美男美女が多いって聞いてたけど、噂も当たるもんだなぁ」 ピクっと肩を震わせる椎名の髪に触れたくなった。 今になってやっと、入社初日のあの反応に納得がいく。 「椎名、この髪は地毛か? 染めてんの?」 「元々こんなんです」 「うっそ、椎ちゃんは天然でそれか?! 生徒指導引っかかりやすいだろ」 「指導緩かったんで、あんまり……」 造形美ってのは、こういうことか…… 瞳も透き通るような茶色で、本当に重宝されていなかったのかと疑ってしまう。

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