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第30話

「ピクニック!? ピクニックいくの!」 大泣きしながらリビングへ降りてきた陸が、弁当を見せると途端にこれだ。 サンドイッチを手にぴょんぴょんと跳ねる小動物を押さえるのは結構な負担がかかる。 「落ち着けって。動物園と水族館な、行きたかっただろ?」 「やたーっ! いきたかった! ウマさん見る〜っ」 「陸、残念だけど動物園に馬はいないよ」 「いるよぉ! 黄色いの!」 「き、いろ……?」 キリンの事を言っているのだろうが、椎名は困惑が隠せない様子だ。 「え。なに、黄色の馬って……ロディのこと、か?」 「キリンだよ。見た目が似てるからってそう呼んでるだけだ」 「……そういう、ことですか。新種の馬でもいるのかと思いました」 「悪いなぁ、陸は発想と言葉がいつもぶっ飛んでっから」 いえ、と陸を見やる椎名の視線は優しく、勤務中には一度も見たことがない顔だった。 「ゆうしゃん、だっこー」 「はいはい、おいで」 子供は苦手だと言っていた椎名が慣れたように陸を抱き上げる。 「……お前、母ちゃんみたいだな」 「誰かさんと同じでかなりの自由人なんで、もう慣れましたよ」 「ほんっと、誰に似たんだろうなぁ〜」 「……殺していいですか」 「こっわ。椎名の目、結構マジだからやめてくれよ」 一瞬でも、椎名が家族になることを考えた俺は相当バカだ。 そんな有り得ない話、天と地がひっくり返ってもないだろう。 数年間、人の温もりに触れなかった反動が起こっているだけだ。 ゲイだからって、そんな事____ 「虫除けスプレーとか、日焼け止めは良いんですか?」 「いや、陸はあの臭いがダメなんだ。シートがあるからそれを使うよ」 7月の中旬ともなれば、結構な高気温になる。 劣等感の塊とも言える椎名は、陸の体のことまで気遣って調べものをしているようだ。 そこまでしなくてもと言いたい反面、必死に情報をかき集めている椎名を思うと口許が緩む。 「やぁくさい! 変なニオイする!」 「大丈夫だって、虫に刺されたら嫌だろ?」 「消毒きらい……」 「うん、偉い偉い」 陸のツボを無意識に押さえてしまった椎名本人は、自身が子供に好かれやすいことも気付いていないだろう。 傷ついた人間ほど優しくなれるというジンクスは本当だったようだ。 「あーぁ、酒が飲みてえなぁ……」 「共犯だけはやめてください」 「なぁ、帰ったら一緒に酒飲もうぜ〜椎ちゃん」 「陸がいるのに、なにもう帰る話してんですか。というかその呼び、気持ち悪いです」 はいはい、可愛い可愛い。 ふい、と顔を逸らす椎名は本当に単純だ。 「谷口はよくて俺はダメなわけ?」 「谷口さんは、そういう人って感じがするんで。松本さんが言うとかなり変です。って陸、またぬいぐるみ噛んでる……」 「んーっ、なんで取るのぉ」 「取らないよ、でもお腹壊すから」 後部座席に手を伸ばし、陸の世話をする姿が横目に映った。 一々ドキッとすんだよな……こういうの。 運転に集中、とエンジンをかけ車を発進させる。 「ゆうしゃん、てて」 「てて? あ、手?」 「ててつなぐ〜」 「いや、つなぐって。……まぁいいけど」 「はは、しっかり懐かれてんなぁ」 「そうですかね……」 照れくさげな椎名の横顔が強く印象的だ。 俺はいつか、こいつと陸の3人で人生を歩んでいるんじゃないのか。 そう錯覚をしてしまうほど、意識が椎名に向いていた。 「途中インターで休憩取るぞー」 「……帰りの運転、代われるなら代わりたいんですが。すいません」 「あ、そういや免許持ってんの?」 「一応持ってます。もう3年くらい運転してないですけど……」 身分証明用、ね。 相変わらずマメなやつだな。 「パパぁ。にんじんのぬいぐるみ、ほしい」 信号待ちになった途端の声に、思わず吹きそうになった。 陸はなぜかニンジンを愛してやまない。 前世は多分、ウサギなんだろう。 「動物園にならあるだろうな〜。それにあそこは、お前の好きな花も売ってるぞ」 「売ってるの! やったぁ」 陸の影響で、ウチの庭が庭園になりそうな勢いだ。 花が好きなのは元妻の遺伝だろう。 「陸……そろそろ手痛いから、離していい?」 「やだぁ」 「こーら陸、人様に迷惑かけないって約束しただろ」 「んん……わかった」 忘れそうになるが、椎名は身内じゃない。 親戚の人間でもない。 正直、ここまで世話をさせてしまって申し訳が立たないくらいだ。

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