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第38話

「本当に……ついて来るんですか」 シャンプーの容器に詰め替え用の液を入れる。 松本さんの使っている物は一々香りが良い。 「人をストーカーみたいな言い方するなよ」 「だって、姿を見られたらそれこそ何をされるか……警察沙汰は本当に嫌ですよ」 「大丈夫だっつの〜。お前の身の安全が一番心配だし、なんなら俺が説教しに行ってやってもいいんだぞ」 手元が狂って危うく液を零しそうになった。 「それは、ちょっと……喧嘩になりそうっていうか」 「バーカ。弟の命を危険にさらすようなやつを相手に喧嘩は嫌だなんてムリな話だよ」 たぶん殴らないけど、と付け加える松本さんには冷や冷やさせられる。 一人暮らしはキツいとかツラいとか頻繁に聞いているが俺にはとてもそう思えない。 少しばかり、好奇心を抱いている。 それでも、胸の奥に渦巻いているこの不快感を拭うことはできない。きっと死ぬまで。 「……ゆうしゃんって可愛いよなぁ」 「ッ……」 風呂場の壁を拭きながらボソッと呟いたセリフが陸のことだと気づき、ふいに目線を逸らした。 恥ずかしい……陸のことを言ったんだろう。 自意識過剰みたいじゃないか。 「そ、そうですね……」 「そうですねって、椎名のことなんですけどー。ついに自分が可愛いって認めたのかぁ、そうかそうか」 「なっ……!」 「はは、すげー。顔真っ赤」 こんのオヤジ……ッ! シャンプーごと頭に投げつけてやろうかと思ったが、寸前にクスリと笑われて手の力が抜けた。 「なーんか本当、椎名見てると放っとけなくなるんだよなぁ」 「バカにしてるんですか」 「ネガティブすぎんだろ。可愛いって言ってんの」 「……可愛く、ないです」 「…………」 目線が交わって挙動不審にそらすと、シャンプーの容器を風呂場に置いた。 そのままリビングへ逃げようとした時、腕をつかまれ声にならない声が出る。 「ん、っ……」 キス……されて……っ 腰に回った腕が熱くて思考が停止する。 人の家で、それも風呂場というだけで普段とは違う危ない雰囲気を覚えてしまう。 「は……ん、ふぅっ……んん」 上顎や舌をなでられると、甘い声が耐えきれずに漏れだす。 濡れた松本さんの手が服の中に進入した瞬間、微かな恐怖を感じて手をはたいた。 「っ、……」 「触るのは嫌か?」 「…………いえ」 随分と弱々しい声が出た。 松本さんは「優しくする」と耳元で囁き、鎖骨を指先でなぞってきた。 ビクッと跳ねる体が嫌で顔を隠すが、それを気遣うように抱きしめられて目の前が霞む。 「松本さん……こんな、場所で」 「風呂場って、なんか興奮するよな……」 「っ……変態、ですか」 「はは、そんな褒めんなよ」 褒めてねえよ……っ! グイッと顎を上げられ、官能的な瞳と見つめ合う。 異常に意識してしまった俺は、腕の中から逃げ出そうと身をよじった。 「離し、てください……掃除がまだ終わってないですっ」 「こんなん課長にバレたらマジのクビが飛びそうだなぁ……でもお前見てると、ちょっと我慢できない」 「なん、でっ……は、っ」 脇腹をなぞる指の卑猥な動きに下半身が熱くなる。 「あっ、は……んん、ちょっと……」 「椎名……」 濃厚すぎるキスと、衣服越しに性器を触る熱い手に酔う。 職場の上司とこんな事してはいけないと思えば思うほど、脳が狂い始める。 「はぁ、はッ……松、本さん……そこは」 「お前の体、エロくて綺麗でそそるよ」 「ッ…………そ、んな……」 恥ずかしいことを、どうして平気で言えるんだ。 この体を突き飛ばして距離を置くべきか、このまま溺れてしまうか。 俺の心はさっきから2つの思考に惑わされている。 松本さんの指で触れてほしい。 今だけ、今だけで良い。満たされたい。 唇が離れた途端、強引に手を引かれビクッと震えた。 「あ、あの、どこに……っ」 「ここだと体勢キツいから」 手をにぎるだけで心臓が破裂しそうだった。 松本さんが俺をどういう目で見ているのかは分からない。 それでも、いいんだ。 少しだけでも俺の事を見てくれるのならそれで。 寝室のベッドに押し倒され、肌けた乳首に吸い付いてくる。 ゾクッと股間が疼いてシーツを強くにぎった。 「んあっ……あぁ、い……やだ」 快感が怖い。 俺はいつ、捨てられてしまうのか。 もういっそ壊してくれ。 松本さんの手で、壊れるほど抱いてほしい。 そうしたらきっと、この場所にいられなくなっても吹っ切れることができる。 そんな妄想のような淡い期待が溢れてきた。

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