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第39話

耳をなでる卑猥な音が俺をおかしくする。 「んっ、あぁ、はッ……松本、っさん……」 指だけでは届かない最奥の内壁を、何度も性器に突かれる。 それだけで飛びそうになる俺の意識は、指先の愛撫でさらに加速した。 「あんっ……そ、こ……やっ、だぁ……」 「泣いてんの……すっげえ可愛い」 優しく、囁かないでくれ…… いい言葉をかけられても信用できない。 きっといつか必要なくなるんだ。 俺なんて使い捨ての道具みたいなもので、松本さんだって本気でやってるわけじゃ…… 「はっ、んぅ……ッ、」 「椎名……っ、中に、出していいか?」 「あぁん、ふ…………良いっ……中に、くださいっ」 わけが分からなくなるほど松本さんがほしくて、ギュッと肩に抱きついた。 思ってることもやってることも、なにもかもが矛盾している。 加速する腰の動きに呼吸が苦しくなっていく。 それを隠すように襟元を噛んだ瞬間、なかに溢れた生温かさに意識が飛びかけた。 「____っ」 全神経がそこに集中していた。 脳は思考を停止し、視界がかすみ、手足が麻痺する。 初めてかと思うほどの快楽に俺は、数秒声が出せなかった。 「っ、は…………ぁ、はぁ……ふ、ん……」 「痛く、なかったか……?」 「……ぃ、です……痛く、ない……」 「そうか。なら良かった」 頬に落ちてくるキスが分からない。 お互い快感を味わいたいだけなのに、キスまでする必要はないんじゃないのか。 女性の相手が得意げな松本さんのことだから、それもあり得る話なのかもしれないが。 「____営業、ですか」 陸が遊んで広げたオモチャが部屋に転がっている。 掃除をしろと言われたら、そういう細かいところまで全て片付けたくなってしまう。 松本さんはあまり気にしないようだ。 「大体は谷口がやってんだけどな。中目黒の方に行くのは俺の方が繋がりあって都合がいいんだ。もちろん、嫌ならいいんだぞ?」 「いえ。でも俺、経験ないし失礼な事をしてしまったら……」 「真面目かよ。新人だって事くらい分かるから安心しろ、矢崎課長も研修時代に上司の営業ついて行ってんだから」 「そ、そうなんですか?」 「あぁ、お前も経験積めば色んな仕事させてもらえるようになるだろうな。そうしたら給料も上がんぞ〜」 松本さんは、仕事の話を楽しそうにする。 仕事が生き甲斐とでも言い出しそうだ。 不純な理由でこの職を選んだ俺には、到底理解ができない喜びだった。 「……椎名お前さ、潔癖なん?」 「はい?」 オモチャを片付ける行為がそんなに珍しいのか、目を丸くされた。 「なんで、ですか?」 「潔癖っつーか……キレイ好きか。掃除してばっかじゃねえ?」 「そっちが言いだしたんじゃないですか」 「そうだけどよ〜、そんな細かくやんなくても良くねえか」 「これくらい普通です。松本さんの感覚が変なんですよ」 克彦のことを思い出して、つい八つ当たりしてしまった。 松本さんがおかしいんじゃない。 俺がおかしいんだ。 「あのさ、別にゴミ屋敷なわけでもないし、無理してやんなくても誰も怒んねえから」 「無理してません……」 「無理してないなら、なんでそんな嫌そうな顔してんの。嘘つきなのに嘘つくの下手だよなぁ」 「っ……」 嘘つき…… 同じじゃないか……俺も。克彦と。 「あぁ、悪い。責めたつもりじゃないんだよ、本当に」 「…………松本さんは、人のことよく見てますよね。俺だけじゃなくて、職場の皆のことをよく知ってる」 「そんなん思ったことないっての。まぁ確かに、お前のことはよく見てる気がするけど」 「……うざいです」 「はぁ〜? 新入社員のクセして上司にその態度、お前の教育者を教えろよ。殴ってやる」 「松本亮雅主任、です」 「俺じゃねえかッ」 バカなんじゃないのか…… 頭を抱えて落ち込んでいる松本さんに、思わずフッと軽く吹き出した。 「なに笑ってんだ、こら」 「松本さんは優しい人だなって思ったので」 「嘘つけっ、棒読みじゃねえか」 「でも本当に、思ってます。ありがとう……ございます」 「……お、おう」 一瞬一瞬が、凄く大事に思えてくる。 この人といると、自分が自分じゃなくなってしまうような気がした。 離れ、たくない…… 感じてはいけない欲望に溺れないようにと、俺は固く口を閉ざした。

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