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第46話

「ジュースつくるの?」 「あぁ、陸は我慢しろよ〜」 ミキサーを楽しげに眺める陸は、とても無邪気で清純そのものだ。 だが、その陸が霞んでしまうほどに具合が悪い。 遊園地のコーヒーカップで高速に回された感覚と似ている。 そしてなぜだか人肌が恋しく思えてきた。 誰かに縋っていれば熱が下がるのではないかという、謎の寂しさだ。 「松本さん……」 「なんだ?」 「すい、ません…………肩を……貸して、くれませんか」 言い出すのが恥ずかしい。 目が合った瞬間にそらし、誤魔化すように鮭粥を口に入れる。 「…………椎名」 名前を呼ばれただけでビクンと跳ねる肩。 こちらへ歩いてくる気配がして慌ててミニテーブルに茶碗を置いた。 「き、聞き流してもらって……いいです。さっきのは、変な意味じゃなくて」 「ほら、遠慮すんなよ」 「っ」 後頭部からグイッと引き寄せられ、松本さんの肩に軽く頭を打つ。 バクバクと強く脈打ち始める心臓は倦怠感から来たものではない。 「……松、本さん…………」 「陸、ミキサーが止まったらそこのコップに入れてくれ。止まるまでは触るなよ」 「あいっ」 「手……震えてんな。寒いのか?」 「い、いえ……」 風邪の症状からくるものだが、寒いのかどうかはよく分からない。 むしろ、熱く感じている。 どうして震えているんだろう。 「りんごできたっ」 「ちょっと重いから気をつけてな」 「うん」 ニコニコと屈託のない笑顔ですり潰したジュースをコップに注ぐ陸。 松本さんの腕に抱かれて緊張しきっている俺には、陸の明るさが至極羨ましく見えた。 「あ、あの……やっぱり大丈」 「ゆしゃん! ジュースどうぞっ」 サッとジュースを差し出され、思わず苦笑した。 危機感ってなんだっけ…… 陸といると、深く考えすぎな自分がバカバカしく思えてくる。 「ありがとう……」 「あー、もう真夏だな。エアコンないと倒れるぞ」 「…………」 というか、俺はどうしてここにいるんだろう。 克彦の元へは戻れない。 だとしても松本さんの家にいつまでも居座らせてもらうわけにはいかない。 趣味が少なくて、使わない給与を全て貯金に回して良かったと安堵している。 「ゆうしゃん、りんごおいしい?」 「……ああ、おいしいよ」 ベッドに上がり足元に這ってくる陸の背を松本さんがポンポンと叩く。 「もう夜だから寝ろー。明日幼稚園、朝早いんだからな」 「うん! えんそくっ」 ベッドに潜り込んでくる陸に唖然としながら、徐々に揺れ始める視界を誤魔化すように目を閉じる。 陸は免疫が強いようで、ニンジンを抱きしめながら数分で眠りについてしまった。 体の熱は下がることを知らず、段々と高くなっている気がする。 「はぁ……ん゛、……」 「頭が痛いのか」 「痛い……です」 呼吸さえ苦しくて眠れもしない。 どれだけ克彦のことが重荷になっていたのだろう。 それについて考えられるほど頭も回らなかった。 だが、明日も泊めさせてもらうわけにはいかない。 どうにかして今日中に治さなければ。 「松……本さん……寮の、申請書、早めに出します」 「焦らなくていいって言っただろ? 引越し費用の手当はもちろん出るが、気持ちの面でも整理をつけられるまで落ち着いてからでいい」 「いえ……もう、整理はついてます、ので」 気を緩めたら変なことを口走ってしまいそうだ。 脳が麻痺したように自分の言っていることが右から左へ流れていく。 「……そうか。またいつ押しかけてくるか分からないけど、あのマンションなら入ることも簡単じゃない。多分問題ないだろう」 「っ」 上体を起こしたとき、腰に回ってきた手がそっと脇腹をなでてきた。 ゾワっと風邪の悪寒で体が跳ねると同時に、松本さんの指がヤラしく動き始める。 「あ、あのっ……ちょっと……痛い、んで」 「椎名、腰細いなぁ……」 「いや、松本さ……やめっ……ん」 「声がエロいぞお前……陸が起きたらどうすんだ」 「な、に……病人に、手出してこないでくださいっ」 どうしてこう、馴れ馴れしいんだ。 人の気も知らないでズカズカと踏み込んでくる松本さんのペースにいつも乗せられてしまう。 俺は、家族にはなれないのに。

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