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第49話

「おはようございます」 「椎名君っ! 体調は大丈夫?!」 陸を送り出し職場へ着いてすぐ佐々木さんの元へ行くと、この世の終わりの顔をされた。 克彦が押しかけた時、佐々木さんと松本さんしかいなかったと言っていた。 相当、申し訳のない事をしてしまった気がする。 「お休み、すいませんでした。あと、兄が押しかけたと……」 「……あぁ、ははは。その件については松本から事情を聞いてるから気にしなくていいよ。それよりあまり、良い印象は受けなかったんだ。だから椎名君は大丈夫なのかなって」 「だ、大丈夫です。支配人はご存知、でしょうか」 「いや、言ってないよ。業務に直接被害があったわけじゃないし、プライバシー的にもね」 気遣うように軽く片目を閉じて見せる佐々木さんに会釈し、その場を離れようとした。 「あ、椎名君」 「っはい?」 「今日、昼まで松本がいないだろう。急ぎの書類の処理が終わったら、フロントに来てくれないか?」 「……分かりました、けど」 「フロント業務、ちょっとだけ教えておこうと思ってね。経理課は大体、ヘルプで宴会や受付に入ることがあるから先にと思って」 そういうことか、と理解して頷いた。 松本さんのいない職場は、人の数では十分賑やかだというのにどこか物足りなさを感じる。 宴会場で声を張り上げて忙しなく体を動かす姿が、いつしか俺の脳裏に貼り付いていた。 旅行会社へ送る見積書を封筒に入れ、郵送箱にしまう。 休憩時間の前に投函すれば丁度良いだろう。 ふぅ、と息をつきデスクマットに挟んでいたメモを無意識に開いた。 『朝は宴会場の大がかりな準備があるからパソコンシステムをいじっていてくれ』 いつしか、松本さんが置いていたメモ書きだ。 特別綺麗な字だからというわけではない。 あまりの神経質さで上司からのメモを全て溜めているわけでもない。 ただ、松本さんの書いた物がここにあるというだけで、どうしてか心が落ち着く。 こうして陰から追いかけているだけで良いんだ。 目立つ行動を取る気もなければ、パートナーになる事だって望まない。 だからどうか、1人でいる時くらいはこの想いに耽っていたい。 「椎名、おはよう!」 「……」 フロントに顔を出すと、佐々木さんと浅木が2人でカウンターに並んでいた。 今日は昼から出勤の社員が来るまでは2人のみのようだ。 「ねえなんで無視!? おれメンタル豆腐なんだから冷たくするなよ!」 「いや、無視したわけじゃない。ビックリしただけで」 「あぁ、そういえば2人は同い年だっけ。21歳かぁ……若いな」 「椎名は30代ぽいですけど」 厭味げに言った浅木を軽く睨み、カウンター下に提げられたラックに目を向けた。 300という数の客室番号の小さな枠に、薄いカードが差し込まれている。 このカードは客室の鍵代わりとなっているらしいが、夜の外出時に宿泊客だと判別するための証明にもなるらしい。 外から戻る際、自動ドアがロックされていればこのカードをドア横のセンサーにかざす事で開けられる。 夜間の一般客立ち入りは厳しく管理されているため、従業員もしくは宿泊客のみが何度も出入りできるようだ。 「椎名君、接客は大丈夫なんだっけ?」 「大丈夫です。できる事はやります」 「そっか、ありがとう。一応説明しておくと、チェックイン可能時間は15時からなんだ。ただイレギュラーで気分が悪いとか、大事な用があって来られた客には14時からご案内するようになってる」 これが客室の鍵ね、と説明を始めた佐々木さんの傍で相槌を打った。 朝食は当日6時までの申告であれば追加可能。 夕食共に、当日の取り消しはキャンセル料金が発生する。 説明を聞きながら、後でメモしておこうと思った。 「ちょっとだけ受付センターに行ってくるから浅木君、分かる範囲で教えててくれるかい?」 「はい! かしこまりました!」 落ち着いた雰囲気の佐々木さんがいなくなってしまうと、浅木の元気ハツラツとした声量に面食らう。 と、思っていたのだが。 「……なぁ、椎名」 「なに?」 「佐々木さん……ゲイを公表してるって言ってたけど、あれマジなんかな」 唐突によそよそしい態度を見せる浅木にドキッとして、じわりと嫌な汗が滲んだ。

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