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第54話

酒の酔いは、思ったよりも早く回ってきた。 「優斗、大丈夫か?」 「大丈夫……です」 カウンターに突っ伏し、腕に頭を預けていれば薫さんの手に支えられる。 「本当に弱いんだな。無理しなくていいのに」 「無理、してません……」 「少しキツいだろう。ベッドのある所に行こう?」 「…………」 薫さんが耳元で囁いたそれは、狙っていたような口ぶりだった。 そうだ、ここはゲイバーであって出会いの場で。 つまりそれは、性的な行為もするという前提の絡みだ。 脳裏にチラつく男が鬱陶しくて唇を噛む。 「どうする? 優斗」 俺の意見を伺われると一瞬戸惑いが生まれ、カウンターに置かれた薫さんの手を軽く握った。 「行き、ます……」 「……ふっ、それは良かった」 あの男を忘れることができるのなら、これくらい怖くないだろ。 薫さんに支えられるようにバーを出た俺は、さよならと脳内で呟いた。 「ラブホテルって……こんな普通の部屋、なんですね」 「プフッ」 バーのすぐ近くにあるホテルに案内され、一見ビジネス用だと錯覚する外観と内装に愕然とした。 もっと、ド派手な印象があった。 「優斗、もしかしてそっちの経験ない?」 「……いえ」 「だよね。一々可愛い反応するから、てっきり処女なのかと思ったよ」 「っ、あの」 ベッドに乗り上げてきた薫さんがやらしい手つきで腰をなでる。 上着のボタンが外されシャツが肌けると、自分の立場を自覚した。 そしてどういうわけか、胸元に触れられるとビクッと肩が震えて恐怖を感じる。 乱暴にされるかもしれないし、抵抗したら手を上げられるかもしれない。 脅されたりしたら……どうするんだ。 自分から手を握っておきながら立ち込める嫌悪感に耐えきれなくなっていく。 「か、薫……さん、やっぱり俺……」 「今さらやめろって言う気……? それは無理なお願いだよ。だってほら、優斗があんまり可愛いから」 「ッ……」 腿に硬く膨らんだ性器を当てられた。 ゾクッと鳥肌が立ち、逃げようと体を捩れば肩を掴まれる。 「嫌っ……やめてください、っ」 「そんな怯えた顔、まるで俺がレイプしてるみたいじゃないか。あんな物欲しそうな顔をしたのはキミだろう?」 「っ!」 手首を押さえつけられるといよいよ逃げ出せなくなり、予測される行為に恐怖が募っていく。 俺は馬鹿だ……っ 今さら逃がしてくれる男なんているはずがないのに、最初から分かっていたはずだろ……! 自分の要領の悪さに気が狂いそうだった。 外されていくボタンを直すこともできずに足を動かしたが、成人男性の体重を支えることで精一杯で役に立たない。 「やめっ……薫、さん!」 「嫌がる顔も良いねえ……他の男に取られる前に行動していて良かった。キミみたいな強情で怖がりな子、好きな男は多いからさ」 「んっ……ぐ、触……るな、ッ」 少し胸に触れられただけで大きく体が跳ねる。 嫌だ、嫌だ嫌だ……! 松本さん以外の男に触れられるのは、怖い…… じわりと涙が滲み、力を振り絞って抵抗した。 「優斗、ちょっと大人しくしてくれないかなぁ……? じゃないと、すっごく痛いことするよ?」 「ッ! …………」 「ははは、素直で良いね。気持ち良くしてあげるから」 最悪だ。 恋しい相手でない男の舌が乳首をなぞり、嫌でも感じる体。 死んでしまいたいほどの嫌悪感に襲われていても、逃げることができない。 「綺麗な肌だなぁ……とってもエッチだよ」 「あ、ん……っ、は……」 自身から漏れる声が気持ち悪い。 唇を強く噛んでも、薫さんの指に弾かれる。 「んん、あっふぅ……」 「俺の指、噛んだらお仕置きだからね?」 「は、ぁ……んあ……っ」 口内で響く卑猥な音。 救いの手など来るはずがない。 両手が解放され、乳首を弄る腕を掴んだが力を入れてもビクともしない。 自分自身がゲイであることを、ひどく後悔した。 「あぁっ、……待っ、そこは……」 「嫌だなんて言いながらここは完勃ちじゃないか。優斗は口と体が矛盾してるね? スーツが汚れちゃうから、もう脱いじゃおうか」 「離して、くださいッ。もうこれ以上はっ……」 「何言ってるんだ、やめないって言ったろ? それとも痛いことされたい?」 何を言ったって、この男はそれを楽しんでいる。 優しい言葉に乗せられ簡単についてきた俺が正真正銘のバカだった。 「松本、さん……松本さん……っ」 陸の無邪気な笑顔と松本さんの気の抜ける声が思い浮かぶと、場も忘れ無意識に名前を呼んでいた。

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