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第57話

「____ん……」 肩の痛みで感覚が戻り、重い瞼を開けた。 玄関で眠ってしまったらしい。 痛い…… こんな場所で寝るのは初めてだ。 思えば、克彦はクズだ何だと言っていた割にベッドで眠ることは許してくれていた。 むしろ、こんな場所で寝た方が怒鳴られるだろう。 克彦にとっての俺は、一体なんなんだ。 そして、松本さんにとっても。 体を起こし投げたままだった上着を手にした時、スマホが突然音を立てる。 何とも地味な着信音が鳴り出すとゾワッと鳥肌が立った。 そっとスマホを取り出し、画面を恐る恐る見てみた。 『松本さん』 表示された名前に身震いする。 電話なんて、一体何の用なんだ。 もう話すことは何もないのに。 だがよく見れば、その着信は初めてじゃなかった。 「…………っ」 出たい。声が聞きたい。 好きだと、言いたい。 だけど怖い。 陸を怒鳴ったことへの叱責だろうか、適当に言って誤魔化した俺への説教か。 出てくるものは大体、ネガティブな予想だった。 そうしてしばらく見つめているとスマホは音を無くした。 叫びたいほどに苦しく、胸が圧迫されていく。 松本さん……松本さん……っ いつの間にあの人の存在がこれほどまで膨らんでいたのか。 手を伸ばしても届かない男に縋るようにスマホを胸に抱きしめれば、虚しさと切なさで頭の中を埋め尽くされるばかりだった。 「優斗、寂しかったかい?」 夕方過ぎ、早上がりになったと薫さんから連絡があった。 駅の電光掲示板に背を預けていたところ、現れた薫さんに突然抱きしめられて唖然とした。 「そ、そういうのやめてください。2人だけじゃないんですから」 「ごめん、つい。どうしようか? 俺の家に来る?」 「…………はい」 一瞬の戸惑いは薫さんにもバレていそうだ。 手を繋ぎたいと言われ、人の少ない所ならと差し出された手を握り返す。 大丈夫、きっと忘れられる。 ドクドクと脈打つ心臓は俺のものではないと言うように、薫さんの手を強く握った。 「はい、あーん」 「?」 「美味いんだぞ。このアイス」 薫さんと一緒にいる時間は、不思議と苦痛じゃなかった。 だが家に帰ろうと言い出したのはこの男なのに、あまり帰る気がないのか出店を見て回っている。 昨晩の俺があんなだったから、体の関係には飽きたのか。 だとしたらこうして付き合う理由もないはずだが。 「あの、俺……」 言いかけた時、再びスマホが着信音を鳴らしながら震え始めた。 「っ」 「おっと電話? 良いよ、出ても」 「でも…………」 また松本さんからだろうか。 ポケットから少しだけ顔を覗かせ画面をつけた俺は、「え?」と意図しない声が出た。 谷口、さん……? 珍しい名前に、冷たい汗が伝う。 まさか今までのは仕事の用事でかけてきていたのか。 そう思うと恐ろしくなり、慌てて通話ボタンを押した。 「もしもし、すいませんっ……お疲れ様です」 『あぁっ! 椎ちゃん良かった、出てくれた。今どこにいるっ?』 「……城崎ドームがある近くですけど、どうされましたか?」 『城崎ならすぐ近くだなっ……今すぐ丸之内総合病院に行ってくれ! 10階の、1025室……だったかな』 「え、いや……あの、谷口さんどうし……」 嫌な汗が頬を流れ、悪い予測が確信に変わる。 『マッツンが倒れたんだよ! 俺は車で30分かかるから、椎ちゃん先に行っててくれ! 意識が戻ったのかはまだ分からないけど、あいつは椎ちゃんが来てくれたら絶対嬉しいからっ』 いつになく混乱している様子の谷口さんの言葉が、俺の心臓を鷲掴みにした。 松本さんが、倒れた……? あの人が、どうして……急に。 脳内がパニックでおかしくなりそうだった。 全身の血が逆流したような気持ちの悪さを覚え、手が痙攣を起こす。 だが薫さんにそっと手を握られた瞬間、ハッとして我に返った。 「ッ、薫……さん」 「優斗、俺はいいからやるべき事をやったら?」 「…………」 「そんな青い顔してる子とデートしたって、こっちが病みそうだし。事が済んだらまた電話してくれたら良いから」 コツンと指先で額を叩かれ、拳を強く握った。 「すいません……俺、行きます」 「うん。またね」 ニコニコと笑顔で軽く手を挙げた薫さんに会釈をし、真っ先に総合病院へと向かった。

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