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第60話

真っ白な空間に1人佇む俺が見えた。 なぜか、客観的に見えている。 俺を呼ぶ声が聞こえ、その声に応えようと辺りを見渡す。 ようやく見つけた差し出された手に、懸命に手を伸ばすが届かない。 むしろ徐々に遠ざかっていくその手が消えた瞬間、孤独感に押しつぶされそうになった。 「____名、椎名ッ」 「ッ、!!」 ビクッと体が跳ね、瞼が開く。 見覚えのある景色を一秒ほど見つめ、松本さんらしき人の顔が視界に映った。 「おいお前、どこで寝てんだよ……」 「うわぁー、本当にビックリしたぁ。椎ちゃんまで倒れたのかと」 「…………え、谷口さん……?」 松本さんの背後に谷口さんが立っていて、少し重く感じる上体を起こした。 「マッツンと陸を2人で帰らせるわけにはいかないから、オレが連れて帰ってきたんだよ。マッツンだけどっかの川に落としてくれば良かったけどー」 「泣きそうになってたやつが言うかぁ〜?」 「バッ……誰がだよ! お前が倒れたって聞いて清々したわ!」 あれで清々していたなら、根っからの良い人じゃないか。 真っ先に俺に連絡してくる辺り、本当に心配だったんだろう。 「お前、大丈夫か? 痛いところはないか」 「大丈夫です……ちょっと、疲れただけで」 倒れた本人に心配されるのは少し気まずい。 松本さんの方こそ、体調が気になる。 「冨樫が現場のマネージャーになってよかったな。お前の負担もちょっとは減っただろ?」 「ああ、さすがに忙しすぎたみたいだ。つってももう平気だけどな」 「とか言ってまたぶっ倒れたら爆笑してやる」 「へいへい、そりゃどうも」 立てるか、と手を差し出され握り返すのが怖くなった。 さっきの夢、同じ状況だ。 届くはずの距離にいても届かない手。 「……っ、……」 「椎名?」 「1人で、立てます…………あ、れ」 手で床を支えて立ち上がろうとしたが、腕に力が入らない。 それに嫌な汗もかいてきて、言いようのない不安の荒波に呑まれていく。 「え、なんで……」 「はぁ……そう強がんなくて良いから。ほら掴まれ」 片腕を握られ背中に腕が回ると、勢いよく上肢が持ち上げられた。 立ち上がると同時に松本さんの胸に顔が埋まり、羞恥で顔が真っ赤に染まる。 「あっ、えぁ……す、すいませんっ」 「なーにテンパってんだ。ほらほら椎ちゃん大丈夫でちゅか〜?」 「…………」 完全にバカにされている。 偶然を装い松本さんの足を踏むと、「痛って!」と叫んで体が離れた。 「おいコラ鬼か!」 「なんか、ウザかったので」 「うっわ……椎ちゃん意外と毒舌」 「椎名、お前覚えてろよ……」 フン、と顔を逸らし陸の眠るソファまで歩み寄った。 小さい体でどれだけのものを背負っているのか、俺には到底想像がつかない。 何度も泣いたであろう目許をそっと指でなでた。 「ごめんな……陸」 「…………」 「そういや椎ちゃん、家電は良いもの見つかったか?」 「あ、いや……まだ何も」 「あぁ、そうだ。そういえば確か、椎ちゃん宛に書留の郵便が来てたらしいけど」 え、と声が漏れる。 書留の? そんな重要な何かを送られてくる予定などあっただろうか。 「今なら多分、再配達できるだろうしちょっと待ってな」 スマホを取り出しどこかへ電話をかける谷口さんを横目に、陸の頬に指で触れた。 マシュマロみたいだ。柔らかい。 「まだ時間空いてんだろ。椎ちゃんの寮寄って家電製品見に行くか……あ、お世話になっておりますー。おおっ、カエさんお疲れ」 顔が広い。 谷口さんも松本さんも、色々な職業の知人がいるようだ。 ふと松本さんの方へ視線を向けると、バチリと交わった。 「っ」 「目そらすなよ、挙動不審だぞ〜」 「な、なんでこっち見てるんですか」 「盗み見ようとしたってそう上手くいかねえぞ」 「別に、そんなこと……っ」 楽しげに笑う松本さんが見えて、心臓が激しく音を立てる。 もう嫌だ、死んでしまいたい…… 「うっし、今から持ってきてくれるみたいだから椎ちゃんの寮行くぞー」 「へ? 今から、ですか」 「ああ。マッツンは陸と留守番な、まぁそんな寂しそうな顔すんなって。家電はまた後日マッツンと見に行きな」 「そんな顔、してないです」 まるで俺が松本さんと付き合っている前提の語りには呆然とするしかなかった。

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