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第67話

「椎名、すげー良いベッドがあったぞ〜」 戻ってきた松本さんに陸がいち早く飛びつく。 聞きたいことはいくつもある。 陸の子育ての事や普段の暮らし、そして過去も。 しっかり受け止めなければ。 「パパァ、おトイレいきたいー」 「あ? 行くか。悪い椎名、ちょっと待っててくれ」 「はい、分かりました」 陸を連れて離れていく松本さんに、少しだけ切なさを覚えた。 かと言ってついて行くのも変な話だ。 そっと息をついて何気なく商品を眺めていると、「すみません」と声が聞こえた。 振り返れば30代前後の男が立っていて、若干眉が歪む。 「……はい?」 「きみ、さっきの人は連れ?」 「ですけど……なんですか」 「あぁ、いや。良かったら話したいなって思って」 こういう男は正直苦手だ。 特に他人となれば、何を企んでいるか分からない。 「話すって、知り合いじゃないんですが」 「それはそうだけど、ちょっとだけ。連絡先交換するのとか……ダメかな?」 「…………俺、男ですよ?」 見れば分かるはずだが、疑念を抱いて問いかければ男はどういうわけか頬を赤くした。 「男なのは知ってるよ。ここに来た時から可愛いなって思ってたんだよね……きみ、ノンケじゃないでしょ」 「っ! な、なんなんですか。いきなり……離してくださいっ」 手首を握られ、危機感を覚える。 松本さん達と離れる隙を見られていたのかと思うと、迂闊だったと後悔した。 「逃げないでよ。ちょっとだけ、ね?」 「何、が……離せよっ……!」 必死に抵抗するも鍛えられた握力に負け、強引に薄暗い階段の方へと連れて行かれる。 壁に押し当てられ股の間に腿が入ってきた瞬間、完全に逃げ道を失った。 「ッ……」 「あの男、愛人かい? それとも片想いの相手? きみは男の方が好きそうだし」 「やめっ、触るな……!」 「肌すべすべだねえ。あぁ……やばい、興奮してきた」 「気持ち、悪いんだよッ……や、んっ」 男の指が乳首を掠め、ビクンと体が震える。 感じる悪寒とは裏腹に反応する体が男の高揚感を煽ってしまった。 「ねえ、俺と気持ちいい事しない……? きみはココが弱そうだ。グチュグチュしたら良い声で鳴きそうだよねえ……」 「はっ、あ……んん、触……っ」 松本さん、松本さん……! 股間をまさぐる手に抵抗ができない。 こんなのは気持ちが悪いのに、熱くなる下腹部が嫌になる。 「感度さいっこー……はは、エロ過ぎるよ」 「んあっ……感じ、てない……早く、離せっ」 「可愛い顔して強情だもんなぁ。俺のどタイプだよ〜、きみ」 うるさいんだよ……! 男に向けて振りかざした手は呆気もなく捕まえられ、屈辱にギリッと歯軋りをした。 松本さんが戻ってきたところで人通りのほとんどなさそうなこの階段にいると分かるはずがない。 「くっ……そ、は……んんッ」 パンツの中へと侵入してきた手にビクリと体が跳ね上がり、男がポケットから取り出した小型の容器に愕然とする。 「何、を……っ」 「へえ、察し良いんだ? これはどんな不感症の人間でも快楽によがり狂ってしまう薬だよォ」 「ッ! ここを、どこだと思っ……!」 透明な液体を突然口に含み始めた男から逃げ出す為に顔を逸らした瞬間、顎を掴まれ強引に男と唇が重なった。 「んッ……んぐ、っゲホ、ケホッ」 「きみには少し刺激が強かったかなぁ? 大丈夫、すぐに気持ち良い事しかしたくなくなるから」 「ッ!」 ニヤリと微笑む男がポケットへ手を入れた隙をつき、男の股間を目掛けて膝を蹴り上げた。 「グワッ!!!」 激しい痛みに悶え始める男をすり抜け、明るい店内に逃げ込んだ。 「はっ……は、松本、さん……っ」 体が熱い……気持ち悪い。 男の唇の感触がさらに気分を不快にさせる。 水で洗いたい、今すぐにシャワーを浴びたい。 掻きむしりたいほどの不快感に、目尻から涙がジワリと溢れた。 その時、スマホの着信音が鮮明に鳴り始め、指先が震えた。 『__椎名? お前どこにいるんだ』 状況を理解していない松本さんの落ち着いた声に、どうしようもなく悔しくなる。 知らない男に、抵抗ができなかった。 媚薬なんてモノまで飲まされて、男の手に反応してしまった。 「…………っ……松本さ、ん……ごめん、なさい……ごめんなさいっ」 『…………椎名、場所だけ教えろ。お前は今どこにいる』 突然声のトーンを格段に変えてきた松本さんに、心臓が鷲掴みにされる感覚を覚えた。

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