4 / 7

【夏祭りの日と、恋する俺と。】あおい千隼

 好きなやつがいる。やべえぐらいの片想いだ。  なんつっても「おぎゃあ」と泣きわめく赤ん坊ンときからヤツに惚れて──いや、それは言いすぎか、訂正する。物心ついたときから俺のハートを鷲掴んで持ってっちまった野郎に、かれこれ二十五年もひっそりと勝手に思いを寄せてるってわけ。  好きで好きで頭ンなかバカになるぐれえ好きで、ヤツのこと考え過ぎて勉強すら手につかねえ始末だった。気づけば本当のバカになっちまったが、それでも初恋ちゃんを目で追ってるだけで俺は毎日がハッピーだった。よってバカに成り下がっても後悔はねえ。  二十五歳ンなっても定職に就くこたねえ俺のことをやたら気にかけてくれる優しいやつ。月に一度は俺に合いそうな仕事だつって、いくつか求人情報を集め斡旋してくる俺と家がとなり同士の幼馴染。律儀にも書類にまとめファイリングして手渡してくるあたり、つくづくクソ真面目なリーマンだなって感心しちまう。  俺とあいつは対照的か。俺が毎日に楽しさを求めるのに対し、やつは日々を堅実に過ごそうと努める。いい大学に通って、卒業後は誰でも聞いたことぐれえある大企業に就職した幼馴染は出世街道つっ走るエリート。あいつは俺の自慢、そんなダチを持った俺はひそかに自分を誇りに思っている。  エリートだからこそ女が放っておかねえ。首尾よく彼女の座に収まろうと、まるで獲物を狙うハイエナみてえに群がる女が威嚇し合って怖えのなんの。ギラ目でライバルを牽制、ターゲットのインパラをよだれ垂らしつつロックオンするすがたは迫力満点3D映像なんて目じゃないね。軽く女恐怖症になるっつの。  そんなモテ男の幼馴染を持つ俺は、女たちのエグいライバル蹴散らし攻撃を受けることなくベストポジションに収まっている。なんつってもダチで男同士、目をつけられるはずがねえ。俺にとっては好都合、まじメシウマだ。  もっとも俺の恋が浮かばれる日はこねえだろうが、たとえ親友ポジションでもぜってえあいつのとなりだけは譲れねえ。今のところ彼女はいねえようだが……しかしだ、もしも俺があの手この手で守り抜いている幼馴染の童貞を奪おうと名乗りを上げる女が現れたら、徹底的に邪魔をして叩き潰してやる───  1【チャンス到来】 「──だからさ、そろそろ恋太郎も本腰を入れて働かないか」  恒例となった週末の居酒屋座談会。俺の眼前で熱く語る男、幼馴染の虎上 那月が今日も今日とて飽きず俺に仕事を斡旋してくる。 「あーうん、さんきゅーな。でもムリ、俺この夏は屋台でチョコバナナ売るから」 「チョコバナナって……いや、けどな──」 「待って待って。なっちゃんの気持ちは嬉しい、これほんと。けど俺、まだ未来のイメージが湧かねえっつか、がっちがちに凝り固まった人生を歩く気になんねえの。まあ現実逃避してるだけつったらそれまでだけど、こればかりはどうしようもねえよ。やってやるぜっ! て気になるまで、もちっと待っててよ。つか大目に見て」  とはいえ二十五歳にもなって未来予想図云々と語ってる俺の思考もおめでたいが、けど今の自由を手放すのはやっぱり惜しい。俺のモットーは「分相応」だ、身の丈に合った暮らしができて生きるうえで困らねえ程度の金が稼げたらそれでいい。それに……会社勤めじゃねえ分、束縛時間も短くて那月の童貞を守れる時間が確保できるしな。  いい大人が破天荒な寝言を胸張ってほざくな──那月の顔にそう書いてある。それを軽くスルーする俺、ため息をひとつ那月が諦めたように言う。 「はあ……わかったよ、今回は引き下がる。けどいいか、おじさんとおばさんのことも考えてやれ。放任主義っていうが、いつまでも両親は若くない。今は恋太郎の好きにさせてくれているが、おじさんたちも歳を取っていくんだ。そうなったとき面倒を見てやるのはおまえなんだぞ、定職に就いて生活面を固めておかないときっと後悔する」 「育ててもらった恩を返すのは恋太郎だぞ」と、手にする焼き鳥の串を俺に向けながら説教する那月。 「わかってるって、ちゃんと考えてるから。けど……そうだな、今度の祭りで俺の売るチョコバナナが千本いったらリクルートに本腰入れよっかな」  チャラい口調で目標を宣言しながら、汗をかくジョッキを持ち上げビールをのどに流し込む。そんな俺に呆れた目を向けながら、那月は「やれやれ。おじさんとおばさんが不憫でならん」とジジくさい嘆き節を吐いた。  これまでにも的屋のバイトは数多く経験してきた。祭のあるところ屋台と一緒にめぐり、その土地固有の賑わいを味わいながら働くのはすんげえ楽しい。  だが今回はガキん頃から小銭を握りしめて通った馴染み深い祭の場が俺のフィールドだ。夏になると行われる地元の小っせえ夏祭りだが、毎年かかさず那月と遊んだ俺にとっては大切な想い出の祭だったりする。  今はすかしたイケメン滅せよな顔面偏差値百%野郎になっちまったが、ガキん頃は目に入れても痛くねえほど那月は可愛かった。だから当然のように騙される男は後を絶たず、那月が男と知りショックを受ける野郎で死屍累々。初恋が男で心が修羅場とか地味にウケる。  つか俺も那月が初恋の相手だが、その他多勢の野郎とは違い俺は純粋に那月に惚れた口だ。一緒に風呂入って同じモンついてるの見たって興奮した純情な俺の少年期。いたいけな俺の恋心は二十五年経った今も報われねえが、あいつへの想いは俺にとって宝物だから構わねえの。でも拗らせた恋は着々と大きくなる一方で、いつか大爆発しなけりゃいいなと少しだけ不安。  屍を越えて那月にアタックしてくる男はいない。が、ライバルを屍に変えてでもアタックしてくる女は多数。まじ多勢に無勢、つか死神かよ。  そこで俺は考えた。那月もいい歳だ、そろそろ女つくって落ち着こうかと考えてもおかしくはねえ。いくら親友だからって、いつまでも俺なんかとつるんでらんねえだろうしな。だったら那月が彼女をつくるまえに、健気な俺の気持ちを伝えてもいいんじぇねえの──そんな無謀な欲が出た。  まず完敗、ぜってえ勝ち目はねえ。当たって砕ける自信しかねえが、せめて「キめえぞてめえ、あっちいけシッシ」と拒絶されないことを願う。  決戦は夏祭りの最終日。目標のチョコバナナ千本斬りが達成できたら、那月のことがずっと好きだったと告白しようと思う。けど怖い。すげえ勇気いる。でも根性出して言うぞ──男が好きな俺を嫌わないで、と。  2【祭の夜の出来事】  チョコバナナの材料はチョコレートとバナナに割り箸だ。原価を三十円に抑えるとして、売値を二百円に設定すると百本で売上は二万円、原価が三千円、利益は一万七千円となる。  祭りは三日間。その間に千本売ることができれば二十万円、原価は三万円、よって利益は十七万円。それに場所代もかかる。一日およそ一万円だから、三万円を差っ引いてトータル収入は十四万円だ。  儲けた金の使い道は決めている。まずは那月に贈るプレゼントを買って、残りは面接時に必要となるだろうスーツや靴を購入。あとはリーマンが持つような黒いバッグとかな。とはいえ屋台での収入すべて俺の取り分というわけではないが、これまで多くのバイトで得た給料と合せりゃ結構な軍資金となる。  もっともバカな俺が那月のような商社務めはできねえだろうが、数打ちゃ当たるで奇特な会社もあるだろう。面接官に俺の清らかな目を見てもらい、熱意あるアピールを買ってもらい平社員に食い込んでやるぜ。親孝行は就職したあと、ずっとずーっとあとに返してこうと思う。  那月は隠しているつもりだろうが俺は知っている、あいつは無類の甘党だってな。トップで好きなのがチョコレート、今でもあいつが部屋の勉強机にチョコ菓子をストックしてることネタは上がっている。それともうひとつ、俺は苦手だが那月はバナナチップも好きだった。ならば今度の祭りで俺が売るのはひとつしかねえ、チョコバナナだ。もはや天啓じゃね?  題して「ちょっと屋台でチョコバナナ売るから祭に遊び来てよ」作戦。そこで颯爽とバナナにチョコを絡めていく勇姿を那月にアピっておいて、「代金? ンなモン要らねえよ。俺からの気持ちだ、受け取ってくれ」とトリプルチョコバナナ恋太郎スペシャルを差しだせば、きっと那月は感激してくれるはず。  そして祭もたけなわ。会場である神社の境内にふたりきり、高台をそよぐ夏の夜風と草木の匂い、満天の空には色とりどりの花火だ。告白には絶好のシチュエーションじゃねえか。よしイケる! 決めてやるぞ。 「へーい、らっしゃいっ。寄ってって、見てって、あっでも買ってね。ねえねえ、そこの可愛くて美人な女の子たち。俺のチョコバナナめちゃ最高、すんげえ旨いから一本どう?」  道ゆく女子グループに粉をかけて屋台に誘い込む。  今の俺はチャラい系イケメンのちょいカワ売り子、上半身裸のハーフパンツに黒エプロンがセクシーじゃね風味だ。  自慢じゃねえが俺は女にモテる。だが那月に群がるハイエナ女が元でトラウマとなり、残念ながら女恐怖症を拗らせ微塵も女を受けつけねえ体質。だから女に色目を向けられても下半身は反応しねえし、いくらアピられても「よっしゃラッキー、女ゲット」とはっちゃけることもない枯れた野郎だ。つか高校時代はガチ淋しい青春を送ったが、それはただの泣き言だ記憶から排除しておく。  釣った女どもを屋台にエスコートし、巧みな話術で商品を売っていく。 「はい三百円のおつりね。ありがとう」  今日のために着飾ったのだろう肉食系女子の気合いMAX浴衣を褒めちぎり、ついでに可愛いね美人だね彼氏が羨ましいよとヨイショしておく。  だが実際のこと、道を歩く女子たちは洋服にしろ浴衣にせよ可愛く着飾っていて、カップルの女は彼氏の意識を自分だけに向けようと健気に笑顔を振りまき甘えている。フリー女子軍団は孔雀みてえなつけまつ毛にキャバ嬢メイク、ギャル浴衣に髪を盛りに盛って男に秋波を送りまくりだ。  ともあれ誰に白い目を向けられることもなく、すれ違う男に好意を向けても犯罪じゃない立場が羨ましいぜ。俺がやったらキモいもんな。もっとも俺は男に興味があるわけでなく、那月だけが好きなのだが。  着々と作り置きのチョコバナナを売りさばき、そろそろ第二陣のクッキングに取りかかろうかと材料が収まっている段ボールに手を伸ばしたところで待ち人から声がかかる。 「恋太郎」 「おっ、なっちゃん来てくれたのか──」  ふり返り那月にとびきりの笑顔を向けるが、情けなくもその表情は凍ってしまった。  俺の那月のとなりで微笑む女。馴れ馴れしく那月の腕に手を絡め、あたかも「私たちつき合ってるんです」的な空気を出しまくっている仮にハイエナA。  これは想定外だった。当然のこと那月はひとりで来るもんだと思っていたわけで、まさかハイエナを腕にぶら下げて現れるとはバッドサプライズだ。仲睦まじそうに寄り添う様子は誰が見ても恋人同士、心なしか満更でもない那月の表情が恋する俺のハートにダメージを与える。  双方はスーツすがた。仕事あがりに直接やって来たのだろう、できる男スタイルの那月とオフィスの華スタイルのハイエナAが眩しくて目に悪い。那月が話す。 「頑張ってるじゃないか。チョコバナナ買いに来たぞ」 「え……? あ、ああ、そうだチョコバナナね。俺チョコバナナ売ってるし、ここはチョコバナナの屋台だ。商品はチョコバナナオンリー」  わけ分かんねえこと言ってるな俺。かなりテンパってるし脳内はパニック、め組の火消隊が修羅場ってる俺の脳細胞の鎮火に四苦八苦。でもダメだ、効き目はねえ。  段ボールからバナナと割り箸を取り出し、目のまえで意味なくクロスしてみせる。そんな俺に怪訝な目を向ける那月が正気かどうかを問う。 「おまえ大丈夫か? この暑さで頭がやられたんじゃないのか」 「え? え、や、やだなあ。俺を心配してくれるのは有り難いけど、俺の脳みそがヤバい的な発言はやめてよ。大丈夫、元気そのものだって」  からからと空笑いで愛想を振りまき、つづいて……不本意ではあるが本題に入る。 「えーと、ですね。那月さん、おとなりの女性はどちら様でしょうか」 「なんだ恋太郎、彼女の顔を忘れたのか。小・中学校で一緒だった、橘川 美弥さんだ。俺たちとはひとつ学年が下で、今は俺の部下だよ」  忘れるも何も知らねえよ。つか憶えてねえし。  けど橘川、橘川……そういや、そんな名前の後輩女がいたような気もする。が、やはり憶えがねえ。首をひねっている俺に橘川が話しかけてくる。 「お久しぶりです鈴鹿先輩、橘川 美弥です。鈴鹿先輩は女子の間でとても人気でしたので、私もよく存じております」 「ああ、えーと、その、そうだったんだ。俺ちっとも知らなかった、そうか俺って下級生女子に人気だったんだな……っと、悪い。鈴鹿 恋太郎、今はチョコバナナ売りのイケメンボーイな、よろしく」  ぺこりと頭を下げて自己紹介。ハイエナA改め橘川も微笑みながらの会釈、不覚にも可愛いと思っちまった。少しだけな。けど口には出さねえ、顔にも出さねえ。はい終了。  那月と橘川の鼻辺りを交互に見ている俺に、那月が「なに間抜け面してんだ。俺らの顔に何かついてるか? はやくチョコバナナよこせ」とムカつく台詞でもって催促。  何かついてるかって? 目と鼻と口ついでに眉もついてるよっ! ああ、むかっ腹が立つ。  手際よく箸にバナナを挿すとチョコレートを絡め、スプリンクルをまぶしてあら可愛いチョコバナナを完成させふたりに手渡す。 「まいどあり。四百円ね」  奢ってやるつもりだったが止めだ。つか後輩女にまで俺がゴチってやる義理はねえし。つっけんどんな態度の俺に思うところがあるのだろう、那月が眉根をよせながら小銭を俺の手のひらに乗せてひと言。 「どうした恋太郎、怒ってるのか?」 「べつに。つか、どうして俺が怒らなきゃなんねえの。イミフー、なっちゃんご乱心ー。ささ、買い終わったお客さんは退場ね。橘川サンもありがとね、デート楽しんできて」  矢継ぎ早に言い終わると那月と橘川を追い払い、「おーい、そこの彼女たち。チョコバナナ買ってってよ」と視線を道ゆく浴衣女子に向け、ついでに愛想好く手も振り販促ミッションに就いた。  3【二十五年目の恋】  俺の恋終わった。人生詰んだ。  二十五年も生温かく守り抜いてきた那月の童貞──じゃねえ、やつのとなりを、ぽっと出の女なんかに掻っ攫われちまった。  たとえ那月に彼女ができても邪魔をして関係をぶっ潰してやるつもりだったが、けれども橘川は贔屓目に見てもいい子ちゃんだったし那月と並んで立つすがたは悔しいがお似合いだった。  これがびっくりするくらいの嫌な女だったならば俺も遠慮はしなかったが……、いかんせん橘川は文句のつけようがない良物件だとバカな俺でも分かる。ならば那月の幸せを願い俺が身を引くしかねえじゃん。つか、まだ告ってもねえから身を引く以前の問題だけどな。  祭りの初日に那月たちが屋台に現れ、以後も橘川はいなかったが終業後に那月は足繁く通ってくれた。そんで今日は祭の最終日、つか宴もたけなわ俺の任務は終了だ。  片付けは他のやつらに任せ、ひと足早く上がらせてもらうとひとり哀愁に暮れるため境内にやってきた。  屋台が連ねる神社の参拝道から無駄に長げえ階段を上ること約七百八十段。三百段から後はバカらしくて数えるのを止めた子供時代、のちに七百段以上あるよと聞いてびっくりな階段を上っているうちに頭も冷え気持ちの整理もついた。いや、今のは嘘。まったく整理などついてねえ。 「ああ……失恋かあ。辛れえな、おい」  ぱくってきた売れ残りのチョコバナナをかじりながらごちる。  ガキん頃はよく那月とこの境内で遊んだもんだ。かくれんぼにカンチョーゲーム、エアガン片手に海兵隊ごっこ。密林なみに生えまくる木の一区画に秘密基地をこしらえたのが神主に見つかったときは、石畳に正座を一時間お灸を据えられ全米が泣いた。つか寺じゃねんだ、神主が警策で肩叩くんじゃねえよ。正確には大幣だったが。  走馬灯っつうのか、那月との想い出が後から後から湧いてくる。涙がこぼれそうになり急ぎ夜空を見上げると、ナイスタイミングで祭終了の花火が弾けた。 「くそっ、そりゃねえだろ。花火まで俺をバカにすんのかよ」 「バカなのは昔からだ、今さら肯定するまでもないだろ」  震える声で負け犬の遠吠えを披露する俺の揚げ足を取る最低なお言葉。なぬと声のかかる方を向けば、目尻を細めて微笑む那月と目が合った。 「俺はバカじゃねーやいっ!」 「いや、バカだろ。可愛いバカか?」 「バカに可愛いもクソもあるかっ!!」  はははと笑いながら俺のそばまで歩いてくる那月、「どうした、チョコバナナのボッチ食いか」「俺にもひと口くれ」と俺の手を掴んで食いかけのチョコバナナを口へ───  なんだこれ、やべえ。視界の破壊力パねえな。  バナナを咥える那月に興奮する俺、失恋したてでコレとかマジ俺終わってんな。獣な愚息よ、鎮まりたまえ……。  ひいひいふうと小さく深呼吸をくり返す俺のとなりに座る那月。俺に倣って体育座りな。スペースの最小化、もろにエコ。デカい男はコンパクトに収まる、マジお勧め。  那月から汗の匂い。階段を飛ばして上ってきたのか、トラウザーズにインするワイシャツは着崩れ汗に濡れている。どうやら相当急いで来てくれたのかも知れない。ヤバい、嬉しい。けど、どうして?  俺を探してくれていたのだろうか。だとすれば橘川はいづこ。花火なんてお誂え向きなイベント、カップルなら最高のシチュエーションなのに。  キョドりながらもその辺りを訊いてみる。 「なあ、橘川さんはどうしたの」 「うん? さあ、帰ったんじゃないか」 「いや、だって……」  デートしないのか──とは訊けなかった。  だってそうだろ、こんな絶好のチャンス。彼女といい感じになれんのに、みすみす逃して野郎とふたりきりムード出すとかイカれてんぜ。  もごもごと言いよどんでいる俺に、けれど那月が耳を疑うことを言う。 「あれからずっと考えていたんだ。おまえ怒ってただろ、どうしてかなって。それで気づいた、俺と橘川の関係疑って不機嫌になったんじゃないのか。違うからな、橘川は俺の部下ってだけだ」 「や、やや……やだな、いきなり何を言いだしちゃってんの。べつに俺は気にしてなんか──」 「ないか、ほんとうに?」  念を押してきやがる。クソ那月、言い辛れえこと訊いてくんな。  ああ、気にしてたさ。めちゃんこな。けども、あえて訊かねえのが友情だろ。つか、これじゃあまるで俺の気持ちがダダ漏れのような気が……。  とにかくだ、ばっくれようと「ウン、ホントウダヨ」と片言に否定してみる。すると那月─── 「俺は気にして欲しいけど? 恋太郎が妬いてくれてるのかと思って、嬉しかったんだけどな、俺」 「えっ、それって──」  問いかけが途切れる。  俺の口唇に重なり塞ぐのは、ガキん頃から焦がれてやまない那月の薄いリップス。温かくて柔らかな感触に、うっとり俺のハートがとろけていく。  ちゅっとリップ音を残して那月が離れていく。んで、「それで、俺に言うことはないか」と問う。 「うっ……」  また言い辛れえことを。けどこの三日間でチョコバナナは目標の千本を超えた。正確には千と八本、見事千本斬りの達成だ。  いつ言うか。言うなら今でしょ! 「あの、その、俺、俺……俺なっちゃんのことが好き。ガキん頃からずっとずーっと好きでしたっ!」 「そんな喧嘩腰で告ってくるなよ」 「ううっ……ごめん」  テンパり過ぎて怒鳴ってしまった。気合を入れたつもりだったんだけどな。しょぼんとする俺の頭をわしわし撫でまわす那月、ふっと小さく笑うと目玉飛び出します発言をかましてくる。 「いいさ。恋太郎の気持ち、かなりまえから気づいてたよ」 「ええっ」 「黙って聞けって。そりゃ気づきもするだろ、あれだけ熱い視線で見つめられつづけたら。で、それが嫌じゃなかった。むしろ恋太郎が俺のこと好きなのかなって考えたら嬉しくて、おまえのまえでニヤケそうになるのを我慢するのに苦労した」  感動的な告白に俺もう死にそう。つか俺の秘かな恋心、バレバレですか。うまく隠せていると思っていたのにな……。  赤くなったり青くなったり忙しい俺をよそに、居住まいを正した那月が真面目な表情で口をひらく。 「俺を好きになってくれてありがとう。俺もずっとあなたが好きでした」 「ううっ、うえっ……俺も好きだよう、嬉しいよう──うわーんっ!」  那月に抱きつき泣きじゃくってしまう。それはもう境内を木霊するほどに───  3.5【えぴろーぐ】  まさか俺の恋が叶うなんて思ってもみなかった。玉砕覚悟の告白だったのに、那月も俺が好きだったなんて夢みたい。すげえ嬉しい。  小っこい頃、那月は俺を「コタ」と呼んでいた。いつからか「恋太郎」と呼ぶようになって、もちろん嬉しいけど少しだけ淋しかったのも本音。それが最近また那月は俺をコタと呼ぶ。やべえ、嬉しい。  それから、それから。  ハイエナAこと橘川 美弥は、マジで単なる後輩であり部下だったみたい。初めて上司の立場となり担当することになったのが彼女で、それが知った子とあり可愛がっているそうだ。  そしてもうひとつ。  祭の初日に腕を組んで現れたのは、橘川が下ろしたてのヒールで靴擦れを起こして痛いの痛いの飛んでいけ、歩くのを補佐してやっていたとのこと。なんだよ紛らわしい、だったら最初から言えっての。  ちなみに橘川には高校からつき合っている彼氏がいるそうだ。で、来年の夏に結婚するのだとか。それはめでたい、おめっとさん。  ぜひ那月と一緒に挙式に参列して欲しいと言われた。チャペルで結婚、それから披露宴。ええ、ええ、ぜひとも参加しますとも。きっちりこの目でハイエナが嫁ぐのを見届けなければ、心の底から安心できないからね。  で、最後に。 「なあ、なっちゃん。マジで童貞なの?」 「しつこいな。そうだと言っているだろ」 「ほんとうのほんとうに? とか言って、実はこっそり俺に黙って誰かに奪われてました──とかだったらショックだよ? 俺すっげ傷つくからね」 「はっ、もしや捧げたんじゃ」と口走ったところで那月が俺の口をふさぐ。 「嫉妬もそれ以上エスカレートするとウザい。俺が信じられない?」 「イエ、シンジマス」  可愛いチュウなんてもんじゃねえ、濃厚なベロチュウされて脳が溶けた。おかげさまで、また胡散臭い外国人ばりの片言となる。 「よし。恋太郎の処女は俺がもらう」 「えっ、それって」  俺が下……食われる立場ってことか。ちょっと待って。じゃあ那月が俺をリードを?─── 「ちょっと! やりかた知ってるの!? ほんとうに、ほんとーに童貞なんだよね」 「さあな。ああそうだ、バナナの売りさばき千本達成だろ。約束通り俺が選んだ仕事に就いてもらうぞ」 「もうっ、はぐらかさないでよ──っ!」  夏祭りの日と、恋する俺と。/おわり

ともだちにシェアしよう!