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バイト終わり、寮に戻る頃には23:30を過ぎていた。 勿論、エントランスのゆきさんはとっくの前に帰宅してしまっている。 俺は、自分が寮に入った後、エントランスのドアを内側から鍵をかけた。 ゆきさんから、遅くなる日はエントランスの戸締りをして欲しいと頼まれているからだ。 鍵をかけたことを確認すると、そのままエレベーターに向かう。 寮内はすっかり寝静まり、俺の足音がやたらと響く。 俺は、来たエレベーターに乗りいつも通り4階で降り、自分の部屋まで行くと来る前まではあったはずのダンボールが無くなっていた。 どうやら、もう同室の人は帰ってきているらしかった。 部屋のドアは用心にも鍵が掛かっていたので、自分の鍵を使って開ける。 「た、ただいま〜?」 第一声、なんと言ったら分からず曖昧な言葉を 発しつつ部屋に踏み込んだ。 部屋の中は明るかった。 リビングの電気が着いていて、ソファの上に人が寝っ転がっているのが見える。 俺は、なぜがそろそろと近づいて顔を覗き込む。 「あれ…?森…君?」 そこには彫刻のような綺麗な顔で眠る転入生の姿があった。 森君は、規則正しく寝息を立てる。 覗き込んだ俺は、あまりに綺麗な寝顔に目を奪われてしまった。 綺麗な黒髪に真っ白な肌。影を落とすほど長いまつ毛。高い鼻に薄い唇。 どこをとっても完璧な顔に男の俺でも少しドキッとしてしまう。 「綺麗…」 俺は無意識にボソッと呟いた。 じっと寝顔を見つめていると、とじていた瞳がゆっくりと開いた。 「…」 「…あ」 近距離で目が合った俺は、一時フリーズする。 男の顔をマジマジと覗き込んでいた羞恥心より、目が合った時の鼓動の方が勝っていた。 「…何?」 森君のその声でようやく我に返った。 俺は思わずその場から戦いて後ずさる。 「え?あ、あぁ!あ、いや、えっと…ど、同室の人って森…君だったんだ!?」 何だか恥ずかしくて目が合わせられず、俯き気味でそういった。 「そうだけど。」 気だるそうにこめかみを摘みながら言った。 森君の態度は極めて普通だった。朝、自己紹介を華麗にスルーされてしまったが別に俺を嫌悪している様子もない。 ようやく、焦っていた気持ちが正常に戻る。 「あー、えっと…俺は、同室の柳葉 玲です。部屋は玄関入って右側の部屋使ってくれていいから。」 「あぁ。」 「じゃぁ、俺ご飯食べて風呂はいって寝るから。森君、ご飯は?」 「食った」 「じゃぁ、先風呂入っていいよ。21:00までなら大浴場も空いてるけどもう閉まっちゃってるから部屋風呂で…」 「なんも…聞いてこねぇの?」 言い終わる前に森君が話を遮る。 随分と真剣な眼差しだ。 一瞬、その言葉の意味が分からなかったが、すぐに何を言いたいのか理解した。 「…別に…そりゃ聞きたいこともあるし、興味もあるけど、森君が言いたくないなら別に聞かないよ。俺。」 俺がそう答えると遠慮なく意外そうな顔をする。驚いた顔も様になるなんてイケメンはずるい。 「意外。柳葉って友達多そうだしもっと馴れ馴れしいやつかと思った。」 なんだそれ…と心の中で苦笑する。別に友達多いからって、そんな誰彼構わず愛想を振りまいてる訳では無い。 「まぁ…友達って言っても他人だしね。言えない事だってあって当たり前…って俺は思うだけ。」 これは別に自論でもなんでもなく、今までの経験上本当にそうだと思うだけだ。 俺だってただただ友達が多いという訳では無い。 どんなに仲のいい友達だって、言えないことの一つや二つあるもんだし、俺だってある。 「思ったよりそういうとこドライだな。」 「ドライって…あー、でも…1個だけ聞きたいことがあるんだけど…」 ドライと言う言葉に少し苦笑しつつ、一つだけどうしても気になったことを聞いてみる。 「何…?」 森君が小首を傾げる。 「なんで朝、俺の自己紹介無視したの?」 俺は率直にそう聞いた。別に何と帰ってきても今ならどうも思わない自信があった。 それより、今後変なわだかまりを残して暮らす方がよっぽどめんどくさい。 「あー。別に。俺、初対面で無駄に馴れ馴れしいやつ苦手なんだよ。」 とは思ったものの、意外と辛辣に心をぶっ刺してくる。 無駄に馴れ馴れしいやつって… どうやら俺の第一印象は最悪らしかった。 「でも…今の柳葉なら好きになれそうだわ。」 「…んだよそれ」 不意に思いのほかストレートに言われ、少し照れる。今どき、なかなか友達にそんなこと言うやつはいない。 けど、言った当の本人はケロッとした様子だ。 「じゃぁ…俺からもお願いなんだけどさ」 「何?森君」 「その『森君』って呼び方辞めてくんない?なんか、他人行儀だし。」 「じゃぁ、森?」 「うん。そっちにして。後、柳葉は俺が芸能人とか関係なく普通に友達やってよ。」 そう言った森の顔は少し照れたような、だけど寂しそうなそんな顔だった。

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