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「なんだ、お前は行かなかったのか」 あれは何時の事であったか―― 新米騎士が押し込められている寮に帰ってみれば、何時ものように本を読んでいるダンケルハイトが意外そうに問うてきたのだ。 幾らか金銭的に余裕が出来てきた同僚たちが歓楽街に赴くことを計画し、それに私も誘われたのだが断って来たのだ。 当然のようにダンケルハイトは誘われなかった。 「わ、私は……そういうことは結婚してからにしたいと」 「ふんっ……お前らしいといえばらしいが、今どき棺桶に片足を突っ込んだようなジジイでも言わなそうな理由だな」 「そ、そういうお前はどうなんだ!」 去り際に同僚たちに冷やかされたことを思い出し、その上ダンケルハイトにまで馬鹿にされたのが悔しくて、食って掛かる様に叫んでしまった。 「オレはそういうことは気にせずに行ってきたぞ」 「え……何時の間に!? どうして教えてくれなかったんだ」 「何故お前にわざわざ話なければならない」 「だが……」 呆れた様な物言いのダンケルハイトの言葉通り、私に対して報告する義務などないはずだ。 だが、この頃から私は、常に一心同体であると認識していた友に、己の知らない部分が存在することがとてもつもなく悔しくてたまらなかったのだ。 そしてその気持ちは、10年以上経った今でもあまり変わりはしない。 にも関わらず、ダンケルハイトは私を裏切っていたのだ―― 「……」 過去を回想しながら没頭している間に、ダンケルハイトの足先まで拭き終えてしまっていた。 身体を見れば、股間はだいぶ治まってはいたが未だに形を変えており、性的な欲求を示していた。 それを見ないように当人は火照った顔を横に向け、必死に視線を逸らしている。 「ダンケルハイト」 呼びかけながら友の身体の上に乗り上げる。 私の行動に驚いたのか、ダンケルハイトは顔ごと視線を前に戻し、柘榴石のように鮮やかな瞳とかち合う。 「お前は本当に……己の私欲のためだけに裏切ったのか?」 これは、友を妄信した私がでたらめに言っている言葉ではない。 私に限らず、幾らかの人間が考えていることだ。 あの戦争で、ダンケルハイトの情報漏洩に関わらず、この国は終わろうとしていた。 数十年に一度の規模の飢饉と戦争が重なり、食料の行き渡らない民は飢えに苦しみ、暴動を起こしていた。 その鎮圧に兵を割いたために戦いは圧倒的に不利になり、敗戦は確実であった。 早めの降伏をし、戦争を終わらせることが最善策という声すら上がっていたが、王とその周囲はそれを断固として拒否していた。 負けることが確実の戦争が長引けば、苦しむのは民だ。 この戦争をどのような手を使ってでも終わらせようとする人間が出てきてもおかしくはなかった。 だがしかし、結果的に我が国は勝利を収めた。 それは完全な幸運の賜物であった。 敵国の一番の砦が大嵐に直撃され、そこを突いたために撤退を余儀なくされたのだ。 あの嵐が無ければ、戦は誰もが予想した結果に終わっていたであろう。 そして我が国が勝利した直後であった。 ダンケルハイトを含め、この国を裏切っていた一派が露見したのは――

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