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13-1 走る

 4限までの授業が滞りなく終わり。  (かい)もみんなと馴染んでるし、今日の昼は普段通り教室で食べるかなーと思いつつ。物理室からそのまま購買に向かう。 「將梧(そうご)。俺も行く」  同じ物理を取ってる御坂が、廊下に出てすぐのところで言った。 「今日は弁当じゃないのか?」 「朝帰りした日は作ってくれないんだ。無言の非難。気に入らないならハッキリ怒ればいいのにな」  御坂は母親と二人暮らしだ。父親は仕事で他所(よそ)にいるらしい。 「言いにくいんじゃない? 高校生の息子に、女遊びはほどほどにしろってのはさ」 「そうかもね。仲は悪くないけど、お互いのそういう話ってほとんどしないから」 「まぁ、俺も親とはあんまり……」  他愛のない会話の途中で、階段の踊り場で立ち止まって話す2‐Aの4人の声が耳に留まる。 「何で杉原が転校生のこと気にするんだ?」 「気になったのは鈴屋のほうじゃないかな」 「3年の斉木さんって例のゲームの主催者だっけ? それに水本さんも会長も、いい噂聞かないよね」 「涼弥は強いけど、向こうに2人押さえられたらきついんじゃね?」 「高野!」  何度か同じクラスになったことがあって、そこそこ話せる顔を4人の中に見つけて呼んだ。 「涼弥がどうかしたのか? 転校生って柏葉(かい)だよな?」 「あ、早瀬」 「水本って、前に街で涼弥とやり合った3年だろ? 何があった?」 「授業終わってすぐ、廊下で待ってた水本が鈴屋を連れてこうとしたんだよ。斉木が話あるからって」  質問攻めの俺に面食らいながら、高野が答える。  長身で整った顔立ちの斉木は、学園で一二を争うモテ男だ。まぁ、男にだけど。 「鈴屋、行きませんって伝えてくださいって断ってさ。そしたら、無理やり引っ張ってかれそうになって。B組の転校生がそれ止めて揉めて、生物の黒川が来てみんな散ったんだけど……二人ともいないから、連れてかれたんじゃないかって」 「いや。たぶん、おとなしく行くことにした鈴屋に、転校生がついてったんだろ」  2‐Aの遊び人、柴崎が口を挟む。 「柏葉っつうの? あいつ、鈴屋の心配する前に自分の心配しなきゃヤバいって。水本と一緒にいたの、江藤だぜ」  江藤は、細身で背は174、5センチの黒髪。表の顔は非の打ち所がない優等生で生徒会長。だけど、裏の顔はレイプ魔で、巧みに脅された被害者は泣き寝入りって噂のある3年だ。  中肉中背、茶髪の長髪でわかりやすく暴力的な問題児の水本とは仲がいいらしい。 「その話してたらいきなり、涼弥が駆け出してっちゃったんだ」 「どこに?」 「わからない……」  困り顔の高野から、ほかの3人に目を移す。 「人目につかねぇとこ、けっこうあるからな。杉原はあてがあるのか? 迷わず下行ったぞ」 「もしかしたら、あそこかも。ほら、ほとんど活動してない天文部の部室。斉木先輩、一応部長でしょ? 今日の5限に集会あるから、準備でバタバタしてあっちの校舎手薄になるし」  顔見知り程度のA組の二人が言った。 「行ってみる。ありがとう」 「おい! 待てよ、將梧。俺も行くから」  階段を駆け下りる俺に、御坂が続く。  天文部の部室は、美術室の反対側の端だ。  購買のあるこの第一校舎じゃなく第二校舎。ここから走って2分……追いつくか?  その前に。  涼弥はそこに向かったのか?  そもそも、鈴屋と凱が連れてかれたからって、何で涼弥が血相変えて追っかける? 助けたい? 鈴屋を? 凱を?  凱が鈴屋を黙って行かせなかったのは、なんとなくわかる。  ムリヤリどうこうされるっていうのが、とにかく嫌なんだろうな。たとえ自分じゃなくてほとんど知らないクラスメイトでも、目の前で見ちゃったらさ。  なのに、涼弥のことはわからない。  あいつが何考えてるのか……何で昨日は不機嫌だったのか……何で俺と距離を置くのか……。 「待てってば!」  追いついた御坂が俺の隣を走る。 「天文部にいたとしてどうする? 普通に話してたら様子見るとしてさ。もし……」 「やめろ。最悪の事態になんかなってない」  言いながら、その可能性を考える。 「そうだね」  同意する御坂も、本当は考えてるはず。  斉木、水本、江藤……少なくとも3人。対して、鈴屋と凱。涼弥がいてくれれば3人。 「鈴屋は無理っぽいけど、凱はケンカ強いのかな」 「どうだろう……」  襲われたら殴り倒すって言ってたから、一対一なら勝つ自信があると信じたい。  でも、鈴屋がいて相手が3人となると……。  ダメだ!  悲観的になるな俺!  いざとなったら、ドアでも窓でも蹴破って助け出せる。  ドア叩いて怒鳴るだけでも、人がいるってわかればアッサリ出てくるかもしれない。  最後の角を曲がる。  天文部の部室前の廊下に人影はなかった。  何でいないんだよ、涼弥……!

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