32 / 246
13-3 ナイフ!?
窓の隙間から聞こえる江藤と凱 の声に、聞き耳を立てる。
「……だから、きみがついてくるのを了承したんだ」
「けど俺、男は対象外」
「みんな、はじめはそう言うけど……自分の決めた枠なんか幻だよ」
「自由ってのが怖い時は、あったほうが安心だからねー。枠とか柵とか鎖とか」
「今度、うちの寮に遊びに来ないか? ゆっくり話したいな、凱くん」
「んー……あんたのテリトリーに入んのは嫌。逃げ場がねぇじゃん?」
「俺を信用出来ない?」
「そーね。全然」
「どうして? 俺のこと知らないのに」
「じゃあ、聞くけどさー。そこのヤツとあんた、あの男が鈴屋と話するだけならいんねぇだろ。何のためにここいんの?」
少しの間が空いて、江藤の含み笑いが聞こえた。
「鈴屋くんを力づくでどうにかするための要員、とでも思ってるの?」
「ほかに理由あんなら教えて」
「もう行きます」
鈴屋の声にイスが床を擦る音が重なる。
「待てよ。水本!」
斉木が鈴屋を引き留め、水本を呼んだ。
倒れるイスと引かれるイスの音。
「離してください!」
「おとなしくしとけ」
鈴屋の声と水本の声。
近くで布の擦れる音がして。
「おっと。きみも動かないでね。手荒なことしたくないんだ」
「そー? したくてウズウズしてんじゃねぇの?」
不穏なセリフと空気に焦り。開いた窓に顔を寄せて、部屋の中を見た。
2メートル程先に二人がいる。
凱のジャケットは後ろに肘のところまで脱がされ、右にいる江藤がそれをねじるように左手で掴んでる。肘から先を自分の袖で手枷のように拘束された凱の顔の下に、江藤が手を添えて……。
違う!
手じゃなくて……ナイフの刃だ!
「っ……!」
『凱!』って声を上げる寸前に、俺の口を何かが塞いだ。
そのまま強い力で後方に引っ張るそれは、涼弥の手で。バランスを崩してよろける俺の身体が、涼弥の胸に受け止められる。
「声出すな。見つかっちまう」
頭に触れる涼弥の頬と、耳にかかる息が熱い。途端に心拍数の上がる自分が信じられない。
こんな時に何考えてんだ俺……!?
さっき抑えたドキドキ、さらにパワーアップして再開してる場合じゃないだろ! 今は凱と鈴屋を助けなきゃ!
いくら好きな相手と密着してるからって、身体が勝手に盛り上がるとか……自覚しただけで一気に心に支配されてる自分が未知過ぎる。
窓の向こう側に意識を集中しようと頭を左右に振ると、涼弥の手が俺の口から離れた。
「ふ……きみっておもしろいね。ますます興味湧いたな」
「あーそれは失敗。怯えたフリしとけばよかった」
聞こえてくるのん気な凱の声に眉を寄せて、顔半分だけ涼弥を振り返る。
「江藤が凱に、バタフライナイフかなんか突きつけてたんだけど……」
「ナイフ?」
涼弥の眉間にも困惑の皺 が寄る。
「絢 ! そっち縛ったら俺は行くぜ。お前らのお遊びは見たくねぇからよ」
水本の言葉に、俺と涼弥は顔を見合わせた。
「やっぱりアイツら……」
「お前はここにいろ。俺はまず、水本をやる」
「待てよ。俺たちがいるのわかれば無茶しないだろ。ドアのとこに御坂もいる。特に江藤は優等生で通してるし……」
「怒鳴ってやめなけりゃ、こっちがバレるだけ不利になるぞ。今なら不意打ちに近い形に出来る」
「だけど……」
「鈴屋くん。斉木のお願い聞いてあげてくれる? そうすれば凱くんが傷つかなくて済むよ」
「な……!?」
怒りで漏れた声を、かろうじて小さめの音量に抑えた。
急いで窓の横に戻って中を覗き込む。すぐ上の位置で、涼弥も同じようにしているんだろう。背後に息を潜める気配を感じる。
「きみもね。下手に動けば、鈴屋くんがつらい思いをすることになる。斉木にやさしくしてほしいだろう?」
「ふうん。じゃあ、上手に動くね」
「あれ? 伝わらなかったかな。動くなって意味なんだけど」
「鈴屋。言うこと聞く必要ねぇからさー。ちょっと待ってて」
凱の言葉がのみ込めないうちに。
「とりあえず、こいつが今してること写真に撮っといてよ。ナイフで人脅してるとこ」
「何? 誰に言ってるの?」
「窓の外で見てる人」
え……!?
凱の言葉に困惑したのは、本人以外のここにいる全員だろう。
江藤が反射的に後ろを向いた。
ともだちにシェアしよう!