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13-3 ナイフ!?

 窓の隙間から聞こえる江藤と(かい)の声に、聞き耳を立てる。 「……だから、きみがついてくるのを了承したんだ」 「けど俺、男は対象外」 「みんな、はじめはそう言うけど……自分の決めた枠なんか幻だよ」 「自由ってのが怖い時は、あったほうが安心だからねー。枠とか柵とか鎖とか」 「今度、うちの寮に遊びに来ないか? ゆっくり話したいな、凱くん」 「んー……あんたのテリトリーに入んのは嫌。逃げ場がねぇじゃん?」 「俺を信用出来ない?」 「そーね。全然」 「どうして? 俺のこと知らないのに」 「じゃあ、聞くけどさー。そこのヤツとあんた、あの男が鈴屋と話するだけならいんねぇだろ。何のためにここいんの?」  少しの間が空いて、江藤の含み笑いが聞こえた。 「鈴屋くんを力づくでどうにかするための要員、とでも思ってるの?」 「ほかに理由あんなら教えて」 「もう行きます」  鈴屋の声にイスが床を擦る音が重なる。 「待てよ。水本!」  斉木が鈴屋を引き留め、水本を呼んだ。  倒れるイスと引かれるイスの音。 「離してください!」 「おとなしくしとけ」  鈴屋の声と水本の声。  近くで布の擦れる音がして。 「おっと。きみも動かないでね。手荒なことしたくないんだ」 「そー? したくてウズウズしてんじゃねぇの?」  不穏なセリフと空気に焦り。開いた窓に顔を寄せて、部屋の中を見た。  2メートル程先に二人がいる。  凱のジャケットは後ろに肘のところまで脱がされ、右にいる江藤がそれをねじるように左手で掴んでる。肘から先を自分の袖で手枷のように拘束された凱の顔の下に、江藤が手を添えて……。  違う!   手じゃなくて……ナイフの刃だ! 「っ……!」  『凱!』って声を上げる寸前に、俺の口を何かが塞いだ。  そのまま強い力で後方に引っ張るそれは、涼弥の手で。バランスを崩してよろける俺の身体が、涼弥の胸に受け止められる。 「声出すな。見つかっちまう」  頭に触れる涼弥の頬と、耳にかかる息が熱い。途端に心拍数の上がる自分が信じられない。  こんな時に何考えてんだ俺……!?  さっき抑えたドキドキ、さらにパワーアップして再開してる場合じゃないだろ! 今は凱と鈴屋を助けなきゃ!  いくら好きな相手と密着してるからって、身体が勝手に盛り上がるとか……自覚しただけで一気に心に支配されてる自分が未知過ぎる。  窓の向こう側に意識を集中しようと頭を左右に振ると、涼弥の手が俺の口から離れた。 「ふ……きみっておもしろいね。ますます興味湧いたな」 「あーそれは失敗。怯えたフリしとけばよかった」  聞こえてくるのん気な凱の声に眉を寄せて、顔半分だけ涼弥を振り返る。 「江藤が凱に、バタフライナイフかなんか突きつけてたんだけど……」 「ナイフ?」  涼弥の眉間にも困惑の(しわ)が寄る。 「(じゅん)! そっち縛ったら俺は行くぜ。お前らのお遊びは見たくねぇからよ」  水本の言葉に、俺と涼弥は顔を見合わせた。 「やっぱりアイツら……」 「お前はここにいろ。俺はまず、水本をやる」 「待てよ。俺たちがいるのわかれば無茶しないだろ。ドアのとこに御坂もいる。特に江藤は優等生で通してるし……」 「怒鳴ってやめなけりゃ、こっちがバレるだけ不利になるぞ。今なら不意打ちに近い形に出来る」 「だけど……」 「鈴屋くん。斉木のお願い聞いてあげてくれる? そうすれば凱くんが傷つかなくて済むよ」 「な……!?」  怒りで漏れた声を、かろうじて小さめの音量に抑えた。  急いで窓の横に戻って中を覗き込む。すぐ上の位置で、涼弥も同じようにしているんだろう。背後に息を潜める気配を感じる。 「きみもね。下手に動けば、鈴屋くんがつらい思いをすることになる。斉木にやさしくしてほしいだろう?」 「ふうん。じゃあ、上手に動くね」 「あれ? 伝わらなかったかな。動くなって意味なんだけど」 「鈴屋。言うこと聞く必要ねぇからさー。ちょっと待ってて」  凱の言葉がのみ込めないうちに。 「とりあえず、こいつが今してること写真に撮っといてよ。ナイフで人脅してるとこ」 「何? 誰に言ってるの?」 「窓の外で見てる人」  え……!?  凱の言葉に困惑したのは、本人以外のここにいる全員だろう。  江藤が反射的に後ろを向いた。

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