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17-1 俺の家で

「着いたよ。ここがうち」  カバンから家の鍵を取り出しながら言った。  ドアを開けて振り向くと。(かい)はまだ敷地の入口で、物珍しげにキョロキョロと辺りを見回してる。  まぁ、近所の家に比べるとうちは……ちょっと独特な雰囲気だからな。  高級でも閑静でもない普通の住宅街。  その一画にある俺の家は、ごく平均的サイズの2階建て家屋で……壁が紫だ。  加えて。  15坪程度の小さな庭というか、家の前のスペースには草木がギッシリ。ところどころに木材で作られた魔除けの像みたいな変な物体が置かれてる。  これらすべて、両親の趣味だ。文句はない。特に好んでもいないけどさ。 「お前んちの親、いーね」  玄関の扉までの短い道のりをゆっくり歩いてくる凱が、笑みを浮かべた。 「好きなもん好きって、自信持って言える人間の家じゃん? ここ」 「ちょっと変わってる人たちなんだよ」 「でも、好きだろ?」 「まぁね。いろいろ感謝してるし、部分的には尊敬もしてる」 「いー育て方されてんな」  柔らかい表情の凱を見つめた。  昨日、両親の話をした時。  亡くなった父親を、悪いことしてたから自業自得って言ってたっけ。  人んちの家庭環境や事情はわからない。そもそも、自分の親が標準だとも思ってない。  だから、無責任なことは言えないけど……。 「お前も、いい感じに育ってるよ」  これは本心。 「そー? なら、いろんな人間に感謝かなー俺も」  『親に』じゃないことに、気づいても触れない。  他人には計り知れない何かがありそうで。聞き出すつもりはないけど、話したくなったらちゃんと聞く。  友達ってそうだろ?  隙間なくビッチリ近過ぎないほうが、よく見えるし動けるし……選ぶ余地を残してあげられるからさ。 「入んねぇの?」  開いたドアの前で足を止めたままの俺を、不思議そうに凱が見る。 「あー……凱」 「ん?」 「うちの親、ほとんど毎晩帰るの遅いんだ」 「探偵さんだっけ。大変だね」 「沙羅は今日、週一の部活ミーティングであと2時間は帰らない」  凱が片眉を上げる。  暫くは、この家に俺たち二人きり。  その事実は伝わった。  続きを口にしてからじゃなきゃ、中に入れない。 「昼飯で、男を試したくなったら……その時はよろしくって言ったけど。今日は、まだいい。そういう……つもりで、うちに来たんじゃないから、な」  なんかちょっと、たどたどしい口調になっちゃったよ。  あえて話題にするの、おかしかったか?  けどさ。  ハッキリさせとかないと不安だったんだ。  万が一、雰囲気に流されたら……って。俺のほうがね。  試す気はあっても、その前に考えることがある。いろいろと。  とにかく今日は、そのためにも話をしたい。  昨日、俺と話す約束してきたのは凱だけど。涼弥のことで動揺した俺を察してくれたからのはず。  結果的によかった。この機会があって。 「大丈夫。今日は話すんのに来たの。勘違いしてねぇよ。俺も、お前のこと信用してるぜ」  笑顔の凱に頷いた。  そうだよな。  凱だって昨日会ったばっかの男の家に来るの、警戒して当然……でもないのか? コイツの場合。  最初の判断と違って、今は……どう考えても襲われたら抵抗出来ないし。襲っても、返り討ちされるしか見えない。 「入れよ」  俺たちは家の中に入り、ドアを閉めた。 「適当に座ってて。飲み物取ってくる。コーヒー? お茶?」 「じゃ、コーヒー」  俺の部屋をぐるっと一周見た凱が、ベッドを背にラグに腰を下ろす。  家の外見はアレでも、ここはいたって普通。机と本棚とローチェストとベッド。クローゼットは壁の奥に備えつけ。ごく一般的な男子高校生の部屋だ。 「これ、読んで」  渡したのは薄い本。  本棚に数十冊あるうちの一冊で、高校生の恋愛もの。凱が嫌いであろう凌辱系やモブレなしのやつ。 「マンガ? お前コーヒー、豆から()んの?」 「なわけないだろ。コップに注ぐだけ。いいから読んでろ」  表紙をジッと眺める凱を残し、部屋を出る。  何の前フリもなくBL本読ませるのは悪手だったか?  いや。  腐女子の説明は、言葉だけじゃ難しいっていうか……わからせにくい。  『男同士の恋愛やセックスを描いたフィクションをBLっていうんだ。ボーイズラブな。で、それを(たしな)む女を腐女子(ふじょし)っていう。『ふ』は、腐るの腐ね』  これでわかってもらえれば簡単だけどさ。無理だろ、ほぼ。    そこで、実物ですよ。  見て読めば、BLが何かはわかる。そのBL好きを腐女子。うん。明朗な説明だ。  そのために今日、薄い本のある俺の部屋で話すことにしたんだからな。  ただ。  気がかりがひとつある。  楽観的に考えて凱はバイだから、男同士の恋愛やセックス描写にドン引きはしないはず。  まぁ、ファンタジーのヴェールが厚くかかってるから、リアルを知ってる人間から見れば……あり得ねぇ!なエロシーンはあるとしてもね。  それはさして問題じゃない。  俺の気がかりは……BL本って腐ってない人々から見たら、モノによってはぶっちゃけエロ本じゃん?  純粋にシチュや展開や心情を楽しむ腐女子のみなさん、自分がかかわるNLと別次元の世界に萌える腐女子のみなさんからのフルボッコの批判覚悟でいうとさ。  ゆえに。  凱に……エロい気分になられたら困る。  よし、やろう!って思わないと、俺は視覚的な刺激じゃその気にならない。  少なくとも、今までは。深音とのセックスの時も。オナる時も。  俺のスイッチは押さなきゃ入らない。手動なの。  そうじゃなく。動きに反応するセンサーで点灯するライトみたいに、自動スイッチオンの人間もいるだろ。極端なのだと、目の前の女子高生のオシリ、気がついたら触っちゃってましたって痴漢のような。  自動スイッチオンの場合、オフになるのも自動かな?  そこは手動?……って。人に依るよね。やっぱり。  エロモードにスイッチが入ったら、残る理性が数パーセントになるヤツもいるだろうし。常に理性が欲望に勝るヤツもいるかもしれない。  凱は理性が強そうだ。  スイッチの手動自動もコントロール出来そうだ。  そもそも。リアルで男とやってるんだから、マンガの絵にいちいちセンサー働かないって。  きっとな。  時間潰しの思考も一段落。  取り越し苦労だったと結論づけて、気が楽になったところで。  凱の反応にどう腐女子の説明をするかシュミレーションしつつ、アイスコーヒーとそのへんの菓子を持って部屋に戻った。

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