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19-5 俺の気持ちは変わらない

「知り合い? 紹介して」  時間でいったら1分経つか経たないか。  先に沈黙を破ったのは、(しゅう)ってヤツで。 「ああ……同じ学校で幼馴染みの……早瀬將梧(そうご)だ」  次に稼働再開したのは涼弥。 「將梧。コイツは中学の頃からつるんでた立川悠。春に引っ越して……こっちに遊びに来てる」  中学……長いつき合いの、街での遊び仲間……か。 「よろしく。立川」  グルグルの思考は頭の中だけで。  自分でも感心するほど、平常時の声が出た。上ずりもせず、噛みもせず。  偶然鉢合わせた友達の反応……これでオッケーか? 「悠でいいよ。俺も將梧って呼んでいい?」 「あ……うん」 「將梧ってかわいいな。身体もキレイでそそられる。もしかして、あんたが狙ってんの?」  え……!?  悠の言葉を理解するより早く。 「やめろ。將梧は大事な親友だ。そういう目で見るな」  涼弥が悠の肩を掴んで凄んだ。 「彼女もいる。お前とは違う」 「そうかぁ。でも、男もいいよ? 俺のこと抱いてみない? やさしくするよ?」 「おい! 將梧は……」 「ノンケなんだろ? わかったって。自分が抱けないからって俺にあたるな」 「何だと!? 俺はそんな目で將梧を見ちゃいねぇぞ」 「なら口出すなよ。無理にどうこうする気はないもん。気に入っちゃったから誘ってるだけ」 「あの……さ」  やっとで口を挟む俺。  なんか、コイツ……なんだろう?  憎めない感じ?  言ってることはアレなのに、言い方なのか……嫌な気にはならないの。  俺よりちょっと低い身長で細い。赤茶に染めた短髪。切れ長の目で男らしい顔つき。  男より女にモテそうな外見のこの男。  涼弥と……っていうショックが、あっという間に吹き飛んだだけのインパクトがある。  雰囲気に。纏うオーラに。  何よりも。  冗談だよね? いきなり、俺を誘うとか。  このノリにはついてけない。  ついてった場合の涼弥のリアクションには興味あるけどさ。  あー俺、平気じゃん? 自分でもビックリ。 「俺、その……悠とセックスする気ないから。ごめん」 「あ。やっぱり? ノンケが初めてやる相手に、知らない人間は怖いよな。変態かもしれないし。でも、俺は変な趣味ないから」 「悠。もうマジでやめろ。悪い、將梧。おかしなヤツ紹介して」 「ひどいな。じゃあ、將梧を諦めさせるなら、あんたが代わりに抱けよ?」 「だから俺はもうお前とは……」 「カタいなぁ、相変わらず」  涼弥が俺を見る。  俺の反応を窺うように。  いや。  もう、固まったりしないからさ。  涼弥自身、俺にさっきの……聞かれてたの知ってるよな?  最初に聞いた時は衝撃だったけど……。  俺の気持ちは変わらない。  とりあえず、今は。  それだけわかってれば十分。  沙羅と話したリスク……自分が逆の立場になるなんて思いもよらなかったよ。  いろいろ違うとこはあるだろうけど、大筋は一緒だ。  涼弥がほかの男と……ていうか。  今俺の目の前にいる悠とセックスした事実は、正直ショックだ。  嫌な気分にもなる。  この嫌さは初めてだな。  認めたくないけど……嫉妬ってやつか?  でも。  悠に対して怒りはない。  理由は何でも、あんたの意思だったっていうのが本当なら。  俺が怒る筋合いじゃないってこと、根本的に理解してるんだ……頭でも心でも。  そして。    涼弥を嫌いになんかならない。  これは当然。 「將梧。お前……大丈夫か?」 「は……!? 何がだよ!?」  ヤバ……今の険あった。  あれ? 俺やっぱムカついてる?  悠じゃなく、涼弥に。  男とやったことあるの、涼弥が俺に黙ってたから?  自分がそれ知らなかったのが悔しいのか?  でも、報告する義務ないし。  知られたからって、弁解する必要ないし。  そもそも。  いつの話だ?  こうなったら、気になることは聞いておこう。  あとで落ち込む事実があるとしても。  今の俺、何故かアグレッシブに寄ってるからな。  何聞いても平気な気分……!  何が大丈夫かハッキリ言えない様子の涼弥に向かって、ニッと口角を上げて見せる。   「大丈夫に決まってるだろ。今さら、男にそういう目で見られるくらい何でもない。それに……」  こっそり小さく深呼吸。 「お前が男とセックスしてたからって、俺が……どうかなったりしないじゃん?」 「悠と……一度だけだ。それにも理由がある……」  俺を見る涼弥の眉間には深い皺。  窮地に立たされたみたいな瞳には……苦痛? 恐怖? 怯え?  「いいって。俺に言いわけするなよ。あ……最近のことなのか?」 「いや。春休みに……」  俺を先輩から助けてくれた、すぐあと……。 「そう……か」 「ねぇ。涼弥は何でそんなオドオドしてんの?」  俺と涼弥のやり取りを見守ってた悠が、首を傾げながら聞いた。 「俺と寝たの、バレちゃマズかった? それってもしかし……」 「黙ってろ!」  涼弥が悠の胸ぐらを掴む。 「お前はもう、口を開くな」  その様子を見て、はたと気づいた。  悠はトレーニングウェア着てるけど。  俺と涼弥、腰タオルだけじゃん!  頭と心を平静に保つのに意識ごっそり持ってかれてて、ちっとも気が回らなかったよ。思ったより動揺してたっぽいな。  この格好でこのまま話続けるのって、気づいちゃったら微妙だろ。  聞きたいことは、まだあるけど……また今度。   「俺もう行くわ」  涼弥の視線が俺に移る。  目が合った状態をキープして。 『堂々とつけない嘘なら、つかないほうがマシ』  沙羅のアドバイスを最大限に取り入れて。 「涼弥。俺は本当に大丈夫。たとえ、お前が今から悠とやるとしても、俺をそういう目で見てるとしてもな。だから……避けるなよ」  揺れる涼弥の瞳をジッと見つめたまま、声を出さずに言う。 『俺の気持ちは変わらないから』    二人に背を向けて。  走り出さないように、あえてゆっくり立ち去る俺。  よし。がんばったな!

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