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20-1 家に帰って姉に話すと
予期せず涼弥の男経験を知ったあと。
サウナと水風呂を往復すること5回。
湿ってるのに中はカラカラ気分の身体とクラクラの頭で、トレーニングジムに戻った。
トレッドミルに沙羅の姿はなく、広いジム内を見回しながら歩く。
サウナルームに、涼弥は来なかった。
あのあとで一緒にサウナとか。
まともに受け答え出来る自信なかったからさ。来たらどうしようって。
そう思ってたくせに。
実際に来なきゃ来ないで、なんかモヤる情緒不安定な俺。
涼弥に大丈夫って言ったのは、嘘じゃない。
『お前が今から悠 とやるとしても』のとこは嘘だけど、そこだけ。
だってさ。
引いてると思われたくなかったからな。
大丈夫って言った場合と言わなかった場合の、メリットデメリットを天秤にかけた結果ってやつ。
大丈夫って言えば。
涼弥が男OKでも、俺が気にしてないと思われる。
イコール。
少なくとも、友達として問題なく一緒にいられる。
さらには、俺も男OKなんじゃ?
と、涼弥が前向きに考えてくれるかも。
大丈夫って言わないと。
涼弥が男と!? そんな、嘘だろ!?……って俺が引いてると思われる。
イコール。
今以上に、距離を置かれる可能性大。
さらには、黙ってたことで俺の信頼失くしたんじゃ? とか、俺を警戒させるんじゃ?
と、涼弥が後ろ向きに考えちゃうかも。
こんな感じで。
もちろん。もし、涼弥が今日このあと悠とやったら嫌だ。
そこ嘘ついたのは……。
あと1週間弱。
俺が涼弥を好きだってことは曖昧にしておきたいっていう、自己都合との葛藤により。
『今から悠とやるとしても大丈夫』だけじゃ、お前が誰と何しようと俺には関係ないって聞こえるじゃん?
で、『俺をそういう目で見てるとしても大丈夫』だけだと。
俺も同じ目で見てる……好きだから、みたいに聞こえそうで。
全部、俺の勝手な想像からの策だけどさ。
テンパり気味の頭で咄嗟に思いつくのって、その程度が精一杯だよね。
とりあえず。
今日はもう、帰って眠りたい。
一晩寝かせて、冷静になって見えてくるものってあるよな?
沙羅は……いた。
フリースペースにあるバランスボールのところに。
涼弥と悠と一緒にってさぁ……。
最初に気づいたのは、こっち向きで立ってる涼弥だ。
涼弥に何か言われて振り向いた沙羅が、俺を見て手を上げた。
行かなきゃダメ……だよね?
残ってるマインドポイントを倹約して歩き続け、フリースペースの入り口まで辿り着いたところで。
「今行くから!」
来なくていい、みたいな感じで。俺に向かって声を上げる沙羅。
「じゃあね、涼弥。悠くん」
沙羅が二人に手を振ってこっちに駆けてくる。
「バイバイ、沙羅ちゃん。將梧 も! 今度遊ぼうね」
「ああ……今度な」
明るい大声で言う悠に。その場で立ち止まった俺も、手を振って応えた。
「さ。帰りましょ」
沙羅に腕を掴まれて強引にターンさせられる直前、無言のまま俺を見つめる涼弥に頷いて見せる。
『大丈夫』
伝わったかな?
自分にも言い聞かせつつ、ジムを後にした。
「何があったの?」
沙羅の二度目のその問いは。家のリビングのソファで、コーヒーを手に落ち着いて間もなくのこと。
ジムを出るなり聞かれた時、家帰ってからって答えて……チャリだったしね。
それが今、再開。
「ウォーキング終わって休憩してたら、涼弥が来たの。將梧が戻ったらすぐに出てくれ、悠くんを会わせたくないって」
「あー……だから一緒にいたのか?」
「そう。將梧が私を見つける前に涼弥たちに会っちゃわないように。理由は將梧に聞けって。何があったの? あの子とケンカした感じでもないし」
何……か。
俺に聞けってのは、話してかまわないってことだよな。
最近、俺と涼弥に関しては、沙羅の腐った部分が鳴りを潜めてる……不気味なくらい。本気な俺を気遣ってくれてるみたいね。
そのおかげで、沙羅の反応が予想出来ない。
自分が今、ちょい無理して大丈夫状態だからさ。
肯定ならいいけど否定されたら、気分が急降下する自信ある。
「ケンカはしてない。軽く誘われはした。俺のこと抱いてみない?って」
俺を見る沙羅の瞳が……ランランとする。
あれ?
気のせいだったか? 俺への気遣いは。
「へーそうなんだ。いいじゃない? いかにも受けって感じのかわいい系じゃないけど、爽やかな男前。せっかくだから試してみれば?」
「は……!? うおっと……!」
マグのコーヒーこぼしちゃったよ?
「お前……本気で言ってんのソレ?」
「半分はね。一度でも男と出来れば、不安はなくなるんでしょ? そしたら、涼弥に告白してハッピーエンド」
はぁ……何その、名案!みたいなドヤ顔。
「もう半分は?」
「涼弥の友達なのはマイナス。知られるリスクが高いもの。あと、悠くんが本気になるリスクも。將梧は、セックスしたからって気持ち移らないでしょ? 深音 とそうなんだから」
「まぁ、そう……だけど」
「深音も。同じ感覚の二人じゃないと成り立たない関係よね」
「それってさ。本気にならない相手で、涼弥にバレなきゃ……やってみればいいじゃんってこと?」
「ちょうどいい相手がいれば。不安だからって動かないで、手遅れになるよりは。あと前にも言ったけど、自分でリスクを負えるなら。將梧がしたいようにすればいいの」
ほんの少しだけ含みを持たせて、微笑んだ。
「お前がそう言うの意外。好きな人がいるのにどうしてほかの人とやるの?って、批判的だと思ってた。浮気は許せないじゃんお前」
怒りはせず、沙羅も笑みを浮かべる。
「許してたわよ? 何度も。だけど、何にでも限度ってものがあるの。それに、將悟の場合は浮気じゃないでしょ、まだ」
「わかった。ごめん。でもさ、ほとんど知らない男となんて俺……そのほうが無理だ」
「まぁね。涼弥だってきっと、まさか將梧が男となんて。思ってもみないだろうし」
それな。
まさか涼弥が男と、なんて。
思ってもみなかったよ。俺も!
「ただ……ここ最近、涼弥と会う度に……落ち着かない気分になるから。なんか切羽詰まってるっていうか、危ういっていうか……」
沙羅が眉を寄せる。
「このままだと、將梧の心構え? 出来る前に襲われちゃいそう。そんなの嫌だし」
「涼弥がそんなことするわけないだろ。もっと信用してやれよ」
「してる。ごめん。襲われるっていうのは言い過ぎたわ。將梧より先に告白しそう」
唇を開いて言葉を探す俺。
「心構え、なくても。俺も好きだって言える? 言えるならいいけど」
「……言えない。待って……もう少し。あと4日か5日」
「何よその具体的な日数。何かあるの?」
あ……ついウッカリ。
なんとなく、じゃ弱い……そうだ。
「いや。実は、涼弥に話があるって言われててさ。今度の土曜に。だから、それまでにどうにかって思って」
「そうなの?」
沙羅が嬉しそうだ。
何故……って。
「じゃあ、ついに二人の思いは通じ合うんだ。そして、その先には……!」
ハイ。その先は言わないくていいから。
いくら腐女子でもさ。
あんまりいないよね? 弟が男とセックスするの、エンターテイメント扱いする姉って。
「リアルと2次元、ごっちゃにするなよ。告白したら即そうなるとは限らないだろ。つーか、ならない……はず」
だよ……な?
あれ? なる可能性ある……のか!?
「そっか。涼弥だって、男とは不安だろうしね。あ、聞いたことないけど、女とはあるのかな?」
「沙羅」
そうだよ。これが本題だった。
「涼弥、男とやったことあるんだ」
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