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21-3 ようやく部屋へ

「到着」  (やかた)の玄関らしき扉への3段ステップの前で原チャリを停めた(かい)が、後ろを向いた。 「ここいて。これ車庫入れてくるからさ」 「わかった」  原チャリから降りて、少し戻った場所に建つ小屋に向かう凱を眺めてると。  背後でカサッと音がした。  反射的に振り返る俺の目に映ったのは、犬でも猫でも鳥でもなく。  大きな(かま)を持ったいかつい男が、手を伸ばせば届く距離にいた。 「ぅわっ……!」  声を上げて跳び退る。  誰!? 何!? いつの間に後ろに!? 何それ!? 死神が持ってるやつじゃ……!?  「その制服、凱の友達か?」  かなり本気でビビってる俺に、男が聞いた。 「は……い。そう……です」  たどたどしく答える俺。 「俺は桐谷(きりたに)修哉(しゅうや)って者だ。驚かして悪い。今、庭仕事しててな」  桐谷と名乗る男が、手に持った鎌をちょっと振る。  陽によく焼けた精悍な顔を見る限りでは、40代後半から50代前半くらい。180cmはある上背にマッチョな肉体。  あ……よかった……!  普通の人間だ。でっかい鎌持ってて、すごく強そうだけど。  凱の……一緒に住んでるって家族か?  とりあえず身の危険がないことがわかって警戒を緩めた俺を、桐谷さんが観察するように見る。  え……俺どっか変?  あやしいとこないよね?  武器になるようなもの持ってないし? 「凱はどうした?」 「原チャリを置きに行ってます。俺はここで待てと言われたので……」 「お前、ヤツに脅されて連れて来られてないか? もし、そうなら帰っていいぞ」 「え……?」  何……脅されって……? 凱に? 「いえ。全然そんなことは! 俺が頼んで……」  うー何て答えたら……セックスしに来ました、なんて言えないよね?  でも、ヘタな嘘は通用しなそうな……。 「いろいろ教えてもらいことがあって、遊びに来ました」  ここは……身についた委員長仮面で乗り切ろう! 「クラスメイトの早瀬將梧(そうご)といいます。今日はお邪魔させていただきます」  ペコリとお辞儀して、控えめな笑顔を見せる。  桐谷さんは、意外そうに目を見開いて。すぐにその視線を俺の後方へと移した。  首を回して後ろを見やった俺は、こっちに戻ってくる凱の姿に安堵する。 「俺の大事な友達に、よけいなこと吹き込まないでねー」  言いながら、凱が俺の横で足を止めた。  桐谷さんが鼻を鳴らす。 「何も話しちゃいないが……お前がここに友達連れて来るなんて珍しいな。しかも、まともな子だ」 「將梧はマジメな委員長なの」 「その委員長に、お前が教えてやれることあるのか」 「んーパソコンのプログラミングとか。あんたも一緒に教わる?」  桐谷さんが顔をしかめる。 「けっこうだ。まぁ悪さしないで仲良く遊べ」 「了解。あ。ショウは?」 「小学校だ。(れつ)の親子レクだとか何とか言ってたな」 「ふうん。じゃ、行くねー俺たち。ショウが戻ったら、帰り挨拶しに行くからっつっといて」 「ああ、伝えておく」 「行こーぜ」  凱が桐谷さんに背を向けて歩き出す。  もう一度軽く頭を下げて、続く俺。  玄関のドアを開けて中に入ったところで、深く息をついた。 「あー緊張した。桐谷さんて、ここに住んでる人?」 「うん。奥さんとか子どもはいねぇけど」 「脅されて連れて来られたのかって、聞かれたよ」  先に玄関ホールに上がった凱が、愉快そうに笑う。 「そんなオドオドしてたのお前」 「急に後ろにいてビックリしたんだよ。死神の鎌持ってたし」 「俺が、前にそうやって誰か連れ込んだことあんだって思った?」  首を横に振って口角を上げた。 「あるのか?」 「ねぇよ。修哉さんは、そう言ってお前の反応見たんだろ。怯むくらいなら、俺と関わんねぇほうがいーと思ってさー」  その言葉に眉を寄せる俺。 「あの人、俺の悪いとこ知ってるからな。どーする? 帰んなら今だぜ?」  悪いとこ…か。  誰にでもあるよね、それは。身近な人間しか知らないのも。 「お邪魔します!」  帰らない意思を示して靴を脱ぎ、凱の待つホールへと足を進めた。 「お前、プログラミングなんてするの」  階段を上りながら、凱に尋ねる。 「ちょっとはねー。ああ言えば部屋に来ねぇはず。修哉さん、パソコン苦手だから」 「ショウって誰?」  家の中に入ってから、さっきの桐谷さんとの会話を細々(こまごま)質問してる。  また緊張してきたから、何か喋ってたくて。 「母親。烈は弟。家にいねぇみたいでラッキー。ほかの人間も、上にはいねぇな」 「帰りに挨拶って……俺がお前の母さんにか?」 「それも、そー言っとけば途中で来ねぇだろ」 「なるほどね」  ほんとソツがないな。 「ここ、部屋いっぱいありそうじゃん。何人住んでるんだ?」 「んーと……今は9人。4人家族と俺と弟と母親。修哉さんと、もうひとりおばさんがいる」 「へぇ……」  自分の家族以外との共同生活って、想像つかない。  だけど。  プライベートについて、聞けば答えるんだな。  なんとなく、凱は家や家族のこと……学校じゃない場所での自分には、触れられたくないのかと思ってたんだよね。  だから、ちょっと新たな発見気分だ。 「ここ。入って」  3階まで上がり。廊下を中ほどまで進んだところで、凱はドアを開けた。    凱の部屋は……一般的な男子高校生の部屋だった。  少なくとも、俺の部屋と大差ない。  大きな家具は、ベッドとデスクとローチェストと背の高いキャビネット。  ただし、大きく異なる点がひとつ。  部屋にバスルームがある。  そうだ。寮の1人部屋みたいな感じ。  風呂場とトイレが自分の部屋にあるのって、かなり便利だよな。  変わったものや奇抜なものもなく、居心地よさそうな空間だ。  風を入れるためか。窓を3分の1くらい開け、脱いだブレザーをイスの背にかけた凱が…。 「さてと。將梧」  部屋の真ん中に突っ立ったままでいる俺を呼んだ。 「ほんとにやんの?」 「うん……」  ここまできてノーはない……けど。 「挿れるまでやる気、あんの?」 「うん……平気なら……」 「どっちがいーか、そん時までわかんねぇんだよな?」  どっち……タチかネコか。  あれから考えはしたけど、決められなかった……から。 「うん……ギリギリまで考えさせてっていうか……」  俺に向ける凱の瞳は、やっぱり今も邪気なくエロさなく。  こんな直前でも、まだ現実味が薄い。 「俺、どうやっていいかわからないからさ。もしそこまでいって、嫌って言わなかったら……お前が俺に挿れて」  今の答えはこう。  その時どっちを選ぶか……やってみてからじゃなきゃ、わからない。 「わかった」  凱が、チェストから出したタオルを俺に寄越す。  そして。 「本気でやるつもりなら準備な。シャワーの前にこれして。浣腸」  ごく自然に。  はい、これシャンプーな、みたいにイチジク浣腸を渡されて固まる俺。  え……マジで……なの?  いや。よく考えなくてもマジ。必要な準備……だよね?  そうか。リアルでは準備が要るもんな。もちろん。  凱が今日のために用意したのか、常備品なのか……いや、どっちでもいいんだけどね?   ただ、なんか……。  なんか、すごく一気に現実味が……。  俺、腐男子だけどさ。  BLワールドのエロはそれなりに知ってるけどさ。  リアルは未知で。  今から知るわけで。  それは好きなヤツに思いを告げたいからで。  ここで怖気づくわけにはいかないよな? 「使い方わかんねぇなら、俺もやるから教えるよ」  凱の相変わらずの平然さに気が抜ける。 「いや、わかる。大丈夫。あーじゃあ、行ってくる」 「ゆっくりでいーからねー」  のんきな声に送られて。  ひとり、バスルームの中に入った。

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