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24-1 姉のこと、そして
いつもより1時間早いアラームで起きた俺は、いつものペースで支度して家を出た。
この前よりさらに1本早い電車で登校すると、始業時刻の1時間近く前に到着。
さすがに、今日の2-Bの教室には鈴屋もいない。
いるのは御坂ひとり。
「おはよ。早いね」
前と同じように、窓辺から御坂が挨拶を寄越す。
「早く起きれたからさ。おはよう」
教科書を机にしまい、窓際へ。御坂の隣で棚に寄りかかった。
「悪いな。言っておかなきゃならないことがあって」
「沙羅だろ?」
御坂が苦笑する。
「本人からもう聞いた?」
「いや。聞いてない。昨夜、俺が駅でお前のこと見かけたって言ったら、送ってもらったからって……それだけ。話すのは今度にしたんだ。二人とも疲れてたし」
「駅……俺が帰る時、ちょうどお前も帰って来たの?」
「うん……」
俺を見る瞳で、御坂が何を考えたか見当ついたけど。沙羅のことをキッチリ話すのが先って思ってるのもわかった。
「ナンパはやめて沙羅といたのか?」
「結論からいうと、そう。俺、昨日……沙羅のことホテルに連れ込んだ。ごめん」
「は!? なっ……連れ込んだって……」
俺たち以外誰もいなくても。つい大声になった自分を抑える。
「まさかお前……」
「ごめん。言い方悪かった。ムリヤリとかじゃない」
思いっきり眉間に皺を寄せた俺に、御坂が急いで言う。
「沙羅の同意はあるよ」
「じゃあ……何で謝る?」
「ちゃんとヨリ戻したわけじゃないから。なのに沙羅と寝た。だから、ごめん」
俺に向ける御坂の瞳は真剣で。嘘はなく本当に悪いと思ってるんだろう……俺に。何故か。
「沙羅が納得して自分で決めたんなら、俺が口出すことじゃないだろ。よっぽどじゃなきゃ、あいつの判断を支持するし。俺に謝る必要ないよ」
「ありがとう」
「最初につき合い始めた時も、俺に聞いたよな? 沙羅とセックスしていいかって。弟だからって、俺の許可とか要らないじゃん?」
困った顔で御坂が笑う。
「俺、好きなコとつき合うって自信ないんだよね。ほんとに俺でいいのかって。だから、なんかさ……身近な人間にいいよって言ってもらえると、安心するっていうのかな」
「お前は自信満々で女とつき合ってると思ってたよ。常に女と遊んでるイメージあるから」
「どうでもいい女とどうでもよく遊ぶのは別なんだってば。セックスだけなら自信あるけど、それじゃ意味ないんだ」
そ……そうか。
セックスに自信あるって言えるの、すごいな?
「沙羅……怒ってなかった?」
「したのか? 怒らせるようなこと」
「……たぶんね」
「何で、ヨリ戻してないのに会って……ホテル?」
俺から視線を外して窓の外に目をやって、御坂が話し始める。
「正親 のヤツ、昨日はすぐにでもやりたいって感じでさ。店でナンパした女と早々に裏行ったんだ」
御坂の言う『裏』っていうのは、ラブホテル6軒が固まってる場所のこと。
駅前から10分ちょっと歩いたところで、駐車スペースつきのホテルが所々に建ってる。そこまでの道には、何故か学習塾や習い事系のビルが多い。
駅前の繁華街の裏通りにも、飲み屋や風俗店の奥にホテルが数軒並んでて。そこのほうが手軽で設備も最新みたいだけど、御坂たちの御用達は裏のホテルらしい。
どっちも俺は行ったことないから、比べて選ぶポイントが何かは知らない。
「そしたら、いたんだ。沙羅が」
「え!? どこに……!?」
「プレジールってホテルの前」
「誰と……?」
困惑する俺に、御坂が視線を戻した。
「將梧 の彼女と」
は……!? 沙羅と深音 がラブホの前にって……。
「入ろうとしてたんじゃないよ。何か言い合ってて……で、俺に気づいた。正親はもう別のとこ入ってたから、俺と女だけでさ」
俺が変な誤解する前に、御坂が話を先に進める。
「睨まれて。つき合ってる時に女と遊んだのがバレたこと何度もあったけど、今からホテルって場面で会って……狼狽えた。で、一気に冷めて。一緒にいた女に、ごめん今日はなしでって」
「それって……」
「ダメだよね。でも、あのままやっても満足させられないから」
御坂が自嘲の笑みを浮かべた。
「女は怒って帰って。俺はとりあえず、沙羅たちに話聞きたかったんだけど……拒否されて」
「だろうな」
「大通りに戻る二人の後ろついてく感じになって、駅に入る彼女…深音ちゃんと別れた沙羅が、俺のところ来て……」
来て……?
御坂が続きを口にしない。
「おはよう」
鈴屋が教室に入ってきた。
「おはよう」
「おはよ……」
挨拶する俺たちに笑顔を向けた鈴屋のあとから、数人のクラスメイトが登校。
早朝会談の時間はまだ十分にある。
「沙羅が誘ったのか?」
未だ言葉を探すような御坂に問うと。
「そうじゃない……たぶん、俺のほう」
「何だよ、たぶんって。ていうかさ、お前が誘って沙羅がついてくとは思えない。だから……」
「沙羅が……」
眉を寄せた御坂が、俺を遮る。
「本当はどういうつもりかはわからない。だけど、勝手に都合よく解釈して抱いたのは俺だから」
「……わかった。あとは、沙羅が話したかったら聞く」
「ありがと……」
ホッとした様子で、御坂も教室に向き直して棚に寄りかかる。
「気になったから言うけど……」
始業時刻まで30分ほど。まだ人がまばらな教室に目を向けたまま、御坂が話題を変える。
「昨日、家でのんびりはしなかったんだね」
御坂の横顔を見つめる。
次に何てくるか、予想はついた。
認めるか、はぐらかすか……中間もありか?
御坂が知ることで、涼弥に知られるリスク……やっぱり増えるよね?
でも、御坂は口外したりしないと思う……。
「試したの? 凱 と」
聞かれるとは思ったけど……直だ!
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