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25-3 仮定、事実、仮定

 場がシンとしたのは30秒足らず。  途方に暮れた(てい)で待つ俺に、御坂が口を開く。 「めったにない偶然で、將梧(そうご)とは無関係のトラブルが起きたのかも。ほら、杉原の街でのグループ間でとか」 「可能性はある……かな」 「低いか。やっぱり」 「ここのヤツと揉めたんじゃねぇの? 怒鳴り声したんだろ? 誤解して気分悪いとこ誰かにぶつかってさー、そいつも機嫌最悪で。外で話しつけようぜってなったの」 「それもあり得るか」  (かい)の意見に笑みを浮かべた。 「二人ともありがとな。とりあえず連絡待って……なかったら夜、家にも電話してみる」 「將梧。安心していーぜ。誤解してんなら解けばいーし、涼弥がお前に引くことはねぇよ」  凱が言いきる。 「何で?」 「お前とキスすんの、気持ちいーから」 「ちょっ……! お前ほんと、そういう……こと言うな」  焦る俺に、呆れながらも笑ってくれる御坂。 「まぁ……杉原も、引いてたら熱くなんないわけだし。凱の言う通り、杉原の誤解を解いてあげれば大丈夫だよ」 「いくら鈍いっつってもさー、話してわかんねぇほどじゃねぇだろ」 「会えなきゃ話も出来ないじゃん。あー……マジでどこ行っちゃったんだ、あいつ」  幼馴染みで親友のくせに。涼弥の行くとこもわかんないのかよ俺……あ! 「あとさ。下で江藤と天野に出くわしたんだけど……」  二人の会話と、二人と俺の会話をざっと話した。 「全くわからなくて。どう……思う……?」  さっきのハテナを口にして気づいた。  ここのヤツと揉めてっていう凱の意見とつなげたら……。  合うんじゃないの? タイミング。 「凱。お前が言ったこと、ちょっと強引だけど……これにあてはまらないか?」  唐突な俺の言葉に、凱が片方の眉を上げる。 「涼弥が揉めて外に話つけに行った相手が、江藤の言ったあいつ?」  俺の考えたのと同じ仮定に、即行き着いた凱。相変わらず早いな、頭回るの。 「うん。で……あいつってのが水本だとしたら……」 「水本って、鈴屋ん時の?」 「そう。涼弥、水本とやり合ったことあるんだ。お互い敵認定してるから、何かあればすぐケンカになってもおかしくない」 「そこまでは、がんばればなんとか合うけど。杉原がケンカしに行くのに將梧もってなるの、無理あるよね。二人のこと、江藤は知らないんだからさ」  御坂が、冷静に仮定のアラを指摘する。 「そう……だよな」  確かに。  江藤から見て、そこに俺が絡む根拠がない……か。 「江藤のことと涼弥のこと、重ねて考えちゃうのは仕方ねぇよ。お前の頭ん中、あいつでいっぱいだろ」 「うん……」  とりあえず、この仮定は置いといて。 「金曜の伝言のあとお前がノンケか聞いたのは、逆に江藤が襲われる心配がないかの確認だとしても……俺のは何でかな」 「ノンケなのが嘘じゃなきゃマズくないって……それ、將梧が嘘ついてないか知るためじゃない?」 「そーね。自分の嘘つくなら、俺のも嘘かもって」 「けどさ……」 「嘘かどーかわかんねぇと意味ねぇな」 「俺がノンケじゃないって、天野は知ってるとか」 「どうやって? 俺でさえ今日知ったのに」  御坂が息をついた。 「ノンケだって言ってても、実はゲイだバイだってあるんだから。親しくない人間には知りようがないよ」  そうだよね。実際、ノンケだと思ってたのに違うもんな。俺とか凱とか鈴屋とか。  苦笑いして、すぐ……止めた。 「ある。知る方法っていうか……」  御坂と凱を交互に見やる。 「俺と涼弥の……見られてたら」 「そこ、誰もいなかったんじゃねぇの?」  眉を寄せる凱に、御坂が答える。 「ドアのある部屋なわけじゃなくて……ロフトみたいな踊り場状なんだ。下からでも人がいるのは見える。途中まで上れば丸見えだな」 「話してる間は人が来ないか気にしてたんだけど……」  キスし始めてからチャイム鳴るまで、何にも気にしてなかった。  涼弥を感じるのに夢中で。  学校だってことも、かろうじて忘れないようにするのが精一杯で。 「キスしてる間に誰か近づいててもわからない。ほかに何も考えられなくて……見られてたのかも」 「でもまぁ、たまたま江藤の関係者が通りかかって見たっていうのも、出来過ぎだよね」 「んー……今んとこ、俺は江藤に手出す気ねぇからさー。將梧は気にすんなよ。ここで話してても真相はわかんねぇだろ」 「ん。そうする」 「本人にしかわかんねぇよな。何でも」  そう言って、凱が食べ終わった昼飯のゴミを持って立ち上がる。 「ちょっと急用」 「え? 昼休みあと15分もないぞ!?」 「すぐ戻る」  いきなりで驚く俺と御坂に手を振って、凱が教室から出ていった。 「どこ行ったのかな?」 「うーん……俺、凱の思考は読めない。トラブル起こさなきゃいいけど。あいつ、賢いのに自分のこと守ろうとしないから心配」 「そんな感じだね。刹那的っていうか」  御坂が乾いた笑いを浮かべる。 「俺も今がよければいいし、自分に価値も感じてない。だから……恋愛に真剣になれないんだろうな」  恋愛……か。  凱も、恋愛するつもりはないって言ってたよね。  確かに。  自分を大切に思えないと、人に大切にされるのは怖いかも……。 「でも、沙羅は好きだよ。遊び相手とは違うんだ。それなのに昨日……あー自分が嫌だ」 「御坂……」 「ごめん。將梧は、今は自分のことだけ考えて」 「お前と沙羅も心配だよ」  溜息をついた。 「涼弥のヤツ……電話に出なくてメールも返さないって。心配させるって思うだろ普通」 「まだ2、3時間だし、何言っていいかわからないだけじゃない?」 「うん……何の連絡も出来ない状況って、あんまないしな」 「落として失くしたか水没くらいか。ネットも見れていつでも誰かとつながれて。携帯パソコン兼電話って便利だけど、返事しないのも意思表示って思っちゃうとうらめしいよ。この機械」 「あるのか? うらめしい時」 「まぁね。そんな時は、いいことだけ考えて待つ」 「俺もそうするよ」   言いつつも。  身体の奥が嫌な感じ。  胸騒ぎっていうか、悪い予感ていうか……ひどく落ち着かない。  最近お世話になってる第六感が、俺に何か伝えたがってる感じ?  とにかく、何かを受信してるの。  何からかは……不明だけどさ。 「早く連絡くるといいな」 「ありがと……」  御坂を見つめる。 「何?」 「なんか、お前に男同士の恋愛応援されるのって、不思議な気分」 「前に言ったろ。ゲイやバイが嫌いなんじゃない。ホモの恋愛やアナルセックスに偏見はないよ。自分が無理だから男に好かれたくないだけ」  御坂がニヤリと笑う。 「お前も凱も、俺にホレなそうだから安心」  俺も笑った。  そこへ。 「早瀬!」  教室のドアから俺を呼ぶ、苛立ちを隠さない声。  見ると、2-Aの上沢がいた。 「コイツをキッチリ見張ってろ」  席を立って急いで行った俺の前に。  上沢に腕を掴まれて突き出されたのは……凱だ。

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