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26-3 説得しろ
教室に戻るとすぐにSHRが始まり。終業前に抜け出す必要もなく、俺たちは学園を出た。
駅の裏の通りを、もう1本裏へ。
鈴屋が調べてくれた『ディスガイズ』は、18時から1時まで営業するバルだった。
以前は本場のバルみたいに、昼間ははランチタイムからカフェや軽食もやってたらしい。今は夜だけの営業で、仕事帰りに気軽に立ち寄る客に特化したバルだ。
水本がこの店を自由に使えるってことは、ヤツの親しい知り合いが経営者なのかもしれない。
ネットでディスガイズの画像を見た御坂が、一度行った店なのを思い出した。酒もカフェもメニュー豊富なおかげで、客層が若くて女性客も多い店とのこと。
このディスガイズは駅から2本目の裏通りにあるけど、駅前にもこの手の店が数軒あって。出会いの場として、御坂たち遊び人はよく利用するみたいだ。
「ここ入ってちょっと行ったところだね」
御坂の言葉に。凱 と玲史 をおいて駆け出した俺の目に、見覚えのある男の姿が映る。
ブラックジーンズに黒シャツに黒い短髪……沢井が俺に気づいた。
少し奥まった店の入り口らへんから路地に出て、大股でこっちにやって来る。
「沢井! 涼弥は? どうなってる!?」
「大声出すな。このへん、まだ開いてない店も多いから目立つ」
「涼弥は? いるんだよな? まだ中に? 水本も?」
凱たちが追いつて足を止める。
「またぞろぞろと連れて来たな」
「涼弥は? どうなんだよ?」
答えない沢井に苛立ってきて、語気を強めた。
「その前に。さっきの説明、ありゃ何だ!?」
俺より強い口調で沢井が詰め寄る。
「何だってお前と涼弥の……そんな動画撮られるハメになる!?」
「何でって……それは……」
撮ったのが水本本人かわからない。偶然見かけたヤツが水本の知り合いで、面白半分に撮ったのかもしれないし、誰かが涼弥を張ってた可能性もなくはない。
けど。
聞かれてるのは、そんなことじゃないよね。
「校内だってこと忘れて、誰かに撮られてるのにも気づかないで……キスしてた。ごめん」
「あいつと同じこと言いやがって。だから、それは何でだって聞いてんだよ」
「涼弥は何て? あのあと話せたのか? じゃあ……」
「俺が我慢出来なくてした。そのせいでこうなってる。お前を責めんじゃねぇってな。その通りか?」
挑むような沢井の瞳を見つめて。
「いや。きっかけ作ったのは俺だし、俺もしたくてした。責めていい」
「そうか……」
「うっ……」
いきなり、胸ぐらを掴まれた。
「早瀬。一発殴らせろ」
「いいよ」
「おい! ちょっと……」
「止めんな、樹生」
後ろで御坂と凱の声。
俺と沢井にも聞こえるように、凱が続ける。
「やらせよーぜ。コイツだけじゃなくて將梧 も。これで少しは楽になるからさー」
「だけど……」
「このことで、俺たちに將梧は殴れねぇだろ」
御坂が黙る。
「じゃ、遠慮なく」
歯をしっかり噛み合わせて待つ。
俺と目を合わせたまま、沢井が上げた拳を振り下ろした。
ッいって……!
殴ると同時に、沢井が掴んでた手を離したおかげで。2、3歩よろけて、何とか踏み留まる。
「つ……1発で……いいのか?」
「あとで俺も涼弥にやられるからな。2発はキツい」
沢井が口角を上げる。
つられて微笑もうとして、顔の左側が痛い。
口の中に錆の味。唇の端を手で擦ると血がついた。
こんな痛みはちっちゃなもの。
沢井はだいぶ手加減してたから。
それに、きっと涼弥は……これと比べものにならないくらい、やられてるはず。
「涼弥は? 中、どうなってる?」
「俺が何言っても出てこねぇ。今、ヤツらいねぇんだ」
今度は、沢井がすぐに答える。
「出る気になりゃ、逃げれるのによ。待ってろって言われて待ってる。信じられるか?」
「あいつ、誤解してるんだ。俺が困るって……そうだお前、言ってくれた? 動画なんかいいからやり返せって」
「ああ、言ったさ。聞く耳持っちゃいねぇが。俺が適当言ってるとしか思ってねぇ」
「こっちの声、聞こえんの?」
凱が口を挟む。
「店ん中、入れねぇんだろ?」
「鍵閉めてったからな。窓がちょっと開いてんだ。鍵は、涼弥なら中から開けられるのに開けねぇ。遊んでやがんだよ、あいつら。言いなりになんのを楽しんで……クソッ!」
「どこ行ったの? 水本たち。のんびりしてたら戻って来ちゃわない?」
「飯食いにな。ちょうど唯織 が駅着いたっつーから、通り出るとこからつけて見張ってる」
「じゃあ、戻って来るの、知らせてくれるんだね」
「一応な。ヤツら、俺がいるのも知ってんだぞ? 涼弥が逃げ出さねぇのはもちろん、俺が手出しも出来ねぇって……ナメやがって」
凱と玲史に答えた沢井が、俺を見据える。
「早瀬。あのバカお前が説得しろ」
「うん。わかってる」
玲史たちを簡単に沢井に紹介して、店への残り20メートルを急いだ。
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