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26-4 告白
ディスガイズのドアの横に、下から上にスライドするタイプの窓があった。
ガラスは片面がボコボコしたやつで、向こうを透かしては見えない。防犯仕様なのか、これ以上は開かない。
だけど。10センチほど開いたその隙間から声も聞こえるし、中も覗ける。
「杉原、けっこうやられてるのか?」
「いや。たいして殴られちゃいねぇ。反撃しねぇヤツやってもおもしろくねぇんだろ。ボソボソ喋ってんの聞こえたが、内容まではな。窓開いたのちょっと前だからよ」
「動けないわけじゃないんだね」
「ああ……動く気がねぇだけだ」
御坂と沢井の会話を聞きながら、窓の下に屈み込んで中を覗く。
店内は薄暗かった。
中央に空いたスペースをコの字に囲むようにテーブルが配置され、向かいと左手の壁際にイスが並んでる。手前にもイス。右手には長いカウンターとバーチェアが7脚。
オープン前の風景なのか営業時もこうなのか。
とにかく。
涼弥は……どこに……いた……!
カウンターの下に腰を下ろして寄りかかり、イスの脚の間に見える顔は目を閉じてる。
口元に殴られた痕。切れた唇と鼻から流れた血を拭ったのか、顔の下3分の1が赤い。ブレザーは着てないけど、ほかは着てる。
首から薄いミントグリーンのシャツの右肩に血がついてるけど……裸に剥かれてなくてホッとした。
「涼弥!」
呼ぶ声に、涼弥が俯き加減だった顔を少し上げた。
「お前もしつこいな……もうすぐ終わる。それまで……黙って見張ってろ。万が一、あいつが来たら……」
「あいつって俺? 来たら何だよ。追い返すのか?」
「当然……」
涼弥がバチッと目を開けた。
瞬いて、左右を見やった視線をこっちに向ける。
「お前と一緒じゃなきゃ、帰らない」
「そう……ご、か……!?」
よかった。ちゃんと聞こえてる。
「出て来いよ。帰るぞ」
涼弥が俺を見つめる……たぶん。窓の隙間からは俺の目元しか見えないだろうけど、目が合ってれば十分。
「何で、ここに……」
「お前が誤解して、ひとりで学校出てってさ。水本と一緒だってわかったから。動画のために言いなりになってるって」
俺に向ける涼弥の顔が、驚きから苦痛の表情へ。
「そんなもん、俺はどうでもいい。お前気にするのか?」
「俺はいいが、お前が……」
「涼弥! 俺は動画なんかどうされてもかまわない。俺がって……何で勝手に決めてんだよ?」
「お前に、非はないだろ。友達なのに……お前に俺は……俺があんなとこでお前に……そのせいだからだ」
深く息を吐いた。
ほんとにわかってなかったんだコイツ……。
にしても。
何だその自虐的発想は。
何でそんな悲観的なんだ。
マイナス思考なんだ……って。
これ、前に俺も言われたっけな。凱 に。
二人でネガティブ人間じゃダメ。
暗い未来は要らない。
ポジティブにいこう。
あと、素直にな。
「向こう出たぞ。6人だ」
後ろで沢井が言った。
6人……!? 増えてるじゃん!
「樹生 と將梧 は涼弥んとこ。で、二人ずつやろーぜ」
「うん。苦戦してたら手伝うから」
凱と玲史 が作戦……というか、手筈を相談。
「お前、自信あるのか?」
「あるよ。僕のこの見た目で相手は油断するしね。あ。今回は水本にバレてるけど」
「……水本は俺にくれ」
沢井のドスのきいた声。
「あの男だけは我慢ならねぇ」
「んじゃ、涼弥とじゃんけんねー」
凱が言ったところで、窓から顔を上げて振り返った。
「おい。ケンカするって決めるな。涼弥がここにいる理由なくなれば、揉めずに平和に帰れるだろ。店の物壊すとかもするなよ」
「え……平和にって、いいの? 將梧はムカついてないの?」
「ムカついてる。水本のやり口には。けど、それに乗ったのは涼弥だろ。で、そうさせたのは俺だから」
「あっちがやる気だったら?」
血に飢えた猛獣みたいな玲史の瞳が俺を射る。
「その時は……しょうがない、けど……」
一呼吸置いて。
「向こうが手出す気ないなら、水本に……これ以上涼弥と揉める口実やらないでくれ」
う……みんなに睨まれてる気がする。
来てもらったのにごめん……でも。
力づくで涼弥を助ける必要ないなら、暴力なしのがいいじゃん?
「沢井……頼む。嫌な思いさせてごめんな。だけど……」
「あいつはそれでいいのか? 出て来ねぇが」
手元でケータイが震え、沢井が画面をタップしてスクロールする。
「ヤツら、裏通り入った。5分もねぇぞ」
「待ってて」
急いで店の中に視線を戻す。
「涼弥! 早く出ろ!」
「水本が……前にやり合った時、俺がぶちのめしたヤツ連れて来る。そいつに小突かれりゃ終わる。お前はここから離れて……」
「いいから出て来い! ヤツらがもう戻る」
「なら、早く行け」
「嫌だ」
「將梧……俺が何のために……こうしてると思ってんだ」
「俺が困るからだよな? でもそれ、間違ってるって……動画なんて誰に見られてもいいっつってんだよ。お前は!? 俺が何でここにいると思ってる?」
涼弥が眉を寄せて俺を見つめる。
「心配だから……か?」
「お前のことが、だ。動画が心配で来たって思ってるなら殴る」
「殴れ。それで、今日の……許してくれ」
あー! ラチがあかない。
溜息をついて、後ろを向いた。
「悪いけど、聞かないフリしてて。お願い」
返事を待たずに、涼弥に向き直る。
「お前は何も悪くない。俺に謝る必要ないし、許されなきゃならないことはしてない」
大きく息を吸った。
「涼弥。お前が好きだ。お前とキスして興奮したよ。ほしかったのは俺も同じだ」
視線の先で、涼弥が目を瞠る。
「鍵開けて。これじゃ遠いだろ」
「この通りまであと50メートルだとよ。見えるまで1分切ったぞ。早瀬!」
唯織 から、また着信があったらしい沢井の声。
「おい。ちゃんと聞いてたか? 俺の告白。返事する気あるなら……今すぐ開けろ……!!!」
思いっきり怒鳴った。
俺から目を逸らさないまま、涼弥が立ち上がる。
開いたドアから。俺たちは全員、素早くディスガイズの店内に滑り込んだ。
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