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26-5 ディスガイズにて

 ドアが開けられた時。  カウンターの近くでそっちを向いてた俺の前に、涼弥が立ってて。水本たちは俺に気づかず中に入ってきた。 「おとなしく待ってたか? 嬉しいぜ。お前がそんな……」  こっちを見て言葉を止めた水本が、店内に巡らせた視線を再び俺に留める。  涼弥と俺は、中央のスペースまで来たヤツらと向かい合う形になった。 「お前のそのツラ……」  水本がニヤリとした。 「さっき見たなぁ? ホモ動画でよ」  ほかのヤツらから笑いが漏れる。  うちの学園の制服がひとり。他校の制服が3人。私服がひとり。 「コイツが痛めつけられんのわざわざ見に来たんなら、お前も楽しんでけ」 「悪いけど帰ります。涼弥も一緒に」 「帰らねぇよな? 杉原。まだ終わっちゃねぇだろ」 「動画は好きにしてかまわない。だから、もうここにいる理由はない。そう伝えるために待ってたんです」  涼弥が答える前にそう言い切った俺を、水本がおもしろそうに眺める。 「理由か。んなもん、いくらでも作れる」  水本が仲間に目で合図を送るのを見て。 「お前は水本な」  涼弥に囁いてカウンターのヘリまで下がると。すぐさま距離を詰めてきた男に、無抵抗で両手を後ろ手に取られる。  涼弥に胸ぐらを掴まれた水本が、余裕の表情で笑う。 「こっからどうすんだ? 俺とやり合ってちゃ大事なアレ、守ってるヒマねぇぞ」 「お前に、もう用はない」 「沢井はどうした? どこに隠れてる?」 「ここだ」  答えると同時に。  トイレからそっと出て背後に忍び寄った沢井が、二人の男の右手と左手をそれぞれ外側に捻って背中に回し上げる。  タンッと軽い音がして。  カウンターから跳ねた玲史(れいじ)が、着地とともに男の前髪をわし掴み。上を向かせ、後ろに回った。 「動くと危ないよ? 僕ねぇ、どこ刺せば血が出ても大丈夫か、動脈切らずに済むか……よく知ってるから。じっとしてれば大丈夫」  やさしい声音で言って、調理ナイフの背で男の首筋を撫でる玲史。  その横で。  玲史と一緒に跳んだ(かい)が、もうひとりの男の肘の関節をキメたらしく。寄り添うように凱にピッタリついて立つ男が、顔をしかめて直立不動になる。 「お前、斉木ん時の……」 「あー覚えてんの? 今日も友達助けに来ただけ。あんたとやる気はねぇよ」  凱に舌打ちして、水本が玲史を見る。 「高畑。お前も人助けか?」 「まぁね。それに、あの手の動画盾に取って暴力振るうのって、悪者だなぁって思ったから」 「気分次第で非情になれるヤツにゃ言われたくねぇな」 「とにかく。今日はこっち側。やるなら、お友達にも覚悟させてね」  玲史が、非情さを微塵も感じさせない笑みを浮かべた。 「俺、こういうこと慣れてないんだ。だから……変な動きはしないでほしい」  ほとんど耳元で御坂の声。  俺と、俺を押さえてる男が振り向くと。カウンターの上にしゃがんだ御坂が、男の襟首に手をかけてアイスピックをちらつかせる。  誰もが押し黙る中。  水本から手を離し、涼弥が静かに口を開く。 「帰らせてもらう。どうしても売りてぇなら買うぞ」  水本が仲間たちを見回した。  こっちが押さえてはいるけど、誰も傷つけてはいない。殴り倒すほうが、はるかに楽だったと思うのに……やらないでくれたことに感謝。  沈黙は短く。 「松田。呼び出したのに悪かった。コイツやんの、今度でいいか?」  水本が溜息まじりに問いかけたのは、凱が掴んでる他校の男……ガタイのいい、涼弥や沢井と近いタイプだ。 「まず、これ……放させろ!」 「いーけどさー。反撃したら、次は関節壊すぜ?」  松田って男が凱を睨みつけるも、頷いた。 「しねぇから放せ」 「んじゃ、はい」  自由になった腕をさすりながら、松田が涼弥に近づいてく。 「杉原。お前ゲイなんだって?」 「そうなるな。おかしいか?」 「ああ、おかしいね。そんなのにやられたって思うとな」 「質もエモノもなしでなら、いつでも受けてやる」  松田がチラリと俺を見やる。 「お前が男に……ってよ。何の冗談かと思ったんだが」 「……あいつに手出ししたら許さねぇぞ」 「ふん」  鼻を鳴らした松田が、予備動作なしで涼弥の顔に拳を叩き込んだ。衝撃に頭を揺らしたものの、涼弥はよろけず呻かず。  乾いた血の跡を、新たな鮮血が伝う。 「もうひでぇツラしてっからな。続きは次会った時にしてやるよ」  松田が水本の肩を叩く。 「お前の気が済んでんなら、コイツら帰して遊び行こうぜ」 「そうするか……」  この展開に、満足はしてないだろうけど。水本がゆっくりと首を縦に振ると、張り詰めてた場が弛緩した。  沢井と玲史が、押さえてた男たちを解放。  俺も掴まれてた両手を放され、安堵の息をつく。 「出来もしないことに脅しの効果はないよ」  カウンターから降りて俺の隣に立った御坂に、男が言った。  暴力沙汰にそぐわない、細身で爽やかな見た目の男だ。深緑のブレザーに、濃いグレーの細かいチェック柄のズボン……うちの学園の制服を着たその男が唇の端を上げる。 「次は、使えない武器は持たないほうがいい」  そう言って、男は水本たちのほうへ戻っていった。 「あの人、見覚えあるんだよね」 「学校で?」 「いや、街で。どこで会ったんだっけな……」 「水本の友達にしてはいいヤツかも。さっき俺のこと取り押さえた時、言ったんだ。傷つけるつもりはないから安心しろって。何でかそれ、嘘っぽくなかったから」 「そうか。気になるけど…思い出せない。まぁ今はいいや。これで終わり?」 「そうだな。ケンカにならなくてよかったよ」 「本当にいいのか? 動画」 「いい。俺も涼弥も困らないしさ」  御坂に頷いて、涼弥を見る。  帰るぞって言おうとしたところで。 「あ! そうだ!」  玲史が声を上げる。 「ねぇ水本さん。お詫びというかお礼に…いいコト教えてあげようか」  フワフワの栗色の髪に囲まれたかわいい顔で、玲史があやしく微笑んだ。

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