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27-1 ちゃんと安静にしろよ
タイミングよく来た電車に乗って、一駅先で降りるまでの6分間。
そこそこ人で埋まった座席に並んで座る俺と涼弥は、終始無言だった。
話しかけようとしたんだけど。
乗って座って横見たら、涼弥が目閉じてるからさ。どっか痛くてつらいのかって思うじゃん?
だから、黙って眺めてた。
向かいの窓の外の流れる景色を。涼弥の横顔を。
時間はすぐに経ち。
速度を落とした電車が停まる前に、涼弥は目を開けた。
駅を出て住宅街に向かって歩きながら、10分ぶりくらいに声を出す。
「お前、肋骨痛いの?」
そう聞いたのは。電車に揺られながら観察してた涼弥の呼吸がわりと浅めで、たまに眉間に皺 を寄せてたからだ。
「少しな」
俺をチラッと見やり、それ以上答えない涼弥。
「何されたんだよ?」
「……イスでなぎ倒された。たぶん、ヒビ入ってるだけだ。放っときゃ治る。何度かやってるしな」
「違うかもしれないだろ。病院寄ってかないと……」
「いい。大丈夫だ」
「大丈夫じゃない。お前、逆の立場だったら、じゃあいいかって放置するか?」
「そりゃ……」
「コンビニんとこの整形外科、先行ってて。俺、お前ん家から保険証もらってくるから」
前にも、こうやって涼弥を病院に行かせたことがある。
返事がないのは反論なしってことで。
ちょっと行ったところで別れ、涼弥の家に急ぐ。
この道を通るのは久しぶりだ。
涼弥の家に最後に行ったのが、半年以上前だから。それまでは、月に2回は遊びに行ってたのに。
この半年で変わったことがある。
だけど。
変わらないことだってあるよな。変わってよかったことも。
そんな思考を頭の中でグルグルさせてるうちに、涼弥の家に到着。
俺の家と同じ住宅街の反対方向にあるその家は、うちと違って周囲に溶け込んだ外観だ。
母親は家にいるはずって言ってたから、玄関で呼び鈴を鳴らす。
インターフォンからの応答はなく、ガチャッとドアが開いた。
「將梧 ! 久しぶりじゃない! どうしてたの? ちっとも顔見せないから、とうとう涼弥に愛想尽かしちゃったのかと思ってたわ。元気? 今日はどうしたの?」
早口で一息に喋り。俺をジッと見つめるこの人は、涼弥の母親の弥生 さん。
いつも元気でパワフルで。どっちかっていわずとも静かで陰 の雰囲気ある涼弥とは、真逆な感じ。
「ご無沙汰してます。弥生さん。俺は元気だけど、涼弥がちょっと……ケンカで胸痛めて。今病院に行かせてるんで、保険証取りに来ました」
一方的にやられたとは言わず。
かといって。明らかに殴られましたって顔で帰ってくるから、ほかの言いわけは出来ない。
「そうなの? 何でケンカばっかりするのかな、あの子は」
まったく驚かないところは……やっぱり慣れちゃってるのか。
相変わらずの弥生さんに、ちょっと安心。
「あれ?」
首を傾げて俺に顔を近づけ、弥生さんが眉を寄せた。
「あなたも口元、痣になってるじゃない。唇も切れて……」
「これは! 大したことないです。大丈夫」
眉間の皺 を深める弥生さんに、急いで言う。
「あ……もちろん! 涼弥に殴られたんじゃないです」
「そう? あの子のとばっちりでもない?」
「自分のせいです」
「じゃあ、仕方ない……のかな。保険証ね。待ってて。すぐ持ってくるわ」
バタバタと家の中に入った弥生さんが戻ってくる。
「はい、これ。終わったらうち来るんでしょ? おやつ用意して待ってるから。よろしくね」
「はい。行ってきます」
はぁ……。
エネルギッシュな人間と向き合うのって、こっちにもエネルギーがいるよね。
俺、充電切れなのかな?
最近いろんなことがあり過ぎて……身も心もチャージ不足なのかも。
予期せぬ出来事は、特にエナジー消費が激しい……けど。
今日は、こうなるべくしてこうなった。
そう考えて、ラストの締めまでやっつけよう。
ポジティブにな!
病院に入ると、涼弥の姿はなかった。
まさかあいつ、来てないんじゃ……。
そう思い始めてすぐ、診察室のドアから涼弥が現れた。
「もう、診察終わったのか?」
「ここには何度も世話になってるからな。保険証はあとでいいって、先に診てくれた」
「どうだった?」
「……ヒビが2本」
「一ヶ月。ちゃんと安静にしろよ」
「そんなにはかからない。大丈夫だ」
溜息をつく。
骨にヒビ。入ってたら、同じとこまたぶつけでもしたら折れそうじゃん? 割れそうじゃん?
手や足じゃなく、心臓付近の骨……楽観過ぎもよくないだろ。
俺も肋骨やったことあるけどさ。
咳すると痛いし。
重いもの持つと痛いし。
寝返り痛いし。
身体起こすと痛いし。
涼弥も。
前にもやってて、はじめての痛みじゃないはずだけどさ。
だからって、痛いもんは痛いんだから。
せめて、痛くなる動作は出来るだけしないでほしいって……思うよな?
「とにかく。治るまで絶対ケンカするな。あんま動くな。この程度で済んでよかった」
「ケンカはしねぇよ。動かないのは無理だ」
涼弥が、今日初めての笑顔を見せた。
会計を済ませて外に出て、涼弥の家に向かう道すがら。
「結局さ。あの……動画って誰が撮ったんだ? お前、階段下りてってから怒鳴ってたよな」
聞きたいことは数あれど。
まずは、簡潔に答えられることから聞いてみる。
気持ちとか考えてることとか思うこととか、心がかかわるやつは……あとで落ち着けるところでがいい。
「水本と3年の名前知らないヤツが、ケータイ見てたんだよ」
動画はキスしてるとこだけど。そのことにはまだ触れずにその後の話をする俺に、涼弥もそこはスルーしてついてきてくれる。
「俺に気づいてあの野郎……お前、男襲う趣味あったのかって言いやがった」
あー……。
俺に一方的にキスしたって思っちゃってるとこにそれじゃ……誤解も確定になるか。
「それから?」
「水本は捕まえたが、もうひとりは逃げた。そいつが動画に撮ったって聞いて……消すにはどうすりゃいいって話になったんだ」
「で、早退してあの店行って、ヤツの言いなりに?」
「ほかにやりようねぇだろ。見せられたそれ……俺とお前だって完全にわかるもんだったからな」
見たんだ。
俺は見てないけど、かなりしっかり映ってるらしい……なのに。
「俺が困るって思ったのはさ。やっぱり誤解してんだよな? 俺が……」
あーこの先NG!
道端で話すような内容じゃない。家着いてからだってば。
「いいや。続きはあとで」
「誤解ってより、まさか將梧が……」
「あとで! 落ち着いたとこでゆっくり。な?」
俺を見つめた涼弥が、目を泳がせて逸らした。
ゆっくり……話する、だからな?
変なコト考えるなよ?
骨! ヒビだよ?
口ん中も切れてるしな?
言葉使っても。意思の疎通は……なかなかに難しい。
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