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27-2 好きだ
久々に涼弥の部屋に入ってホッとした。
変わってない。
家具の配置だけじゃなく、散らかり具合とか雰囲気とか。最後に来た時はビデオゲームに熱くなって、ちょっとケンカ腰で言い争ったりもしたっけ。
でも今日は。
ゲームなんてしてるヒマも余裕もない予定。
家に着いた時、俺の十数倍の痣をつけた涼弥の顔を見て。さらにヒビの報告を受けた弥生さんは、大げさに溜息をついた。
呆れてはいるけど、心配もしてる。息子の生傷を見るのは慣れても、母親として胸を痛めるのが平気になるわけじゃない。
それをわかってるのか。弥生さんの小言を、涼弥は反抗せずに聞いて頷いてる。
俺の見る限りでは、親子関係は良好のよう。
その弥生さん、おやつと飲み物を持ってくからって言ったのに……まだ来ない。
だから、本題を始められない。
だってさ。
中断されるってわかってるのにデリケートな話したくないじゃん?
なので。
当たり障りない話題をと。
「そういえば、ジムで。何でサウナについてきた? どうしても話したいことあったのか?」
「ああ、あれは……」
涼弥の部屋の窓の下には、細長いクッションが置いてある。それを背もたれにして長座布団に並んで座って、向かいの棚にあるテレビ画面でよくゲームをした。
でも今日は。その2。
マジメな話というか、マジメに話をしたいから。
横じゃなく向かい合って、瞳を見て話すために。涼弥を壁側に座らせて、俺はその正面に腰を下ろしてる。
「ただ、お前ひとりでサウナに行かせたくなかっただけだ」
「は? え……何で?」
「ほとんど裸で、あんな狭いところ……変なヤツがいたらマズいだろ」
涼弥を見つめる。
冗談でなく。
笑いを取ろうとしてるんでなく。
いたってシリアスな瞳。
「何だそれ……え? 俺が男に……って、心配して? いや、だって。いつもお前いなくても、普通にひとりでサウナ入ってるよ? 意味ないじゃん」
「そう……かもしれないが。いる時くらい、俺がナンパ避けになんねぇとって思ったんだよ」
「ナンパって。俺、男だし。そんなのジムで一度もないぞ」
ジムで誘われたのは、お前の友達の悠だけだ……とは、言わないでおく。
「何にでも初めてはあるだろ」
「そうだけどさ……」
最近の俺は、初めてのこと山盛りだ。
「將梧 」
見つめ合う。
瞳と瞳をつなぐと、確かに何かが伝わりやすくなる気がする……。
「俺、お前に言わなきゃならないことが……」
ガチャリ。
「お待たせー」
弥生 さん登場。
お約束のタイミングで。
けど、ガチでマズい場面じゃないのもお約束。
「ゆっくりしてってね。コーヒーはブラックでよかったっけ?」
「はい。ありがとうございます」
「涼弥。將梧に襲いかかっちゃダメよ」
え……!?
反射的に涼弥と合わせた視線を、すぐに外した。
それ以上の反応する間もなく、弥生さんが笑う。
「なんてね。一度は言ってみたいセリフなのに、一度も女のコ連れて来ないんだもん」
あ……なんだ。そういう冗談……って!
なってなくて、心臓に悪い!
「悪かったな。期待にそえなくて。けど……もし、連れて来てそう言われたら、逆効果だぞ」
涼弥がキョドらず返す。
ははっ……て、乾いた笑いしか出せない俺。
「あらそう? なら、その時は邪魔するなって言って」
「弥生さん」
部屋を出ようとする母親を、涼弥が呼び止める。
涼弥は、自分の母親を名前で呼ぶ。
父親は再婚で、腹違いの兄がいて。涼弥が幼稚園児の頃、10歳かそこらだった兄が母親を弥生さんと呼んでたから……それが理由だ。
もしかしたら、最初は単純に、大好きな兄の真似をしてただけだったのかもしれない。
でも。
自分の母親を、実子じゃない兄が弥生さんって呼ぶことの意味を知ってからも。その兄が家を出てからも。兄だけじゃなく、実の子の自分にまで名前で呼ばれる弥生さんの気持ちを考えた上でそう呼び続けるのは……俺にはわからない深い理由があるんだと思う。
「將梧は女じゃないが……」
振り向いた弥生さんに、涼弥が真剣な眼差しを向ける。
「邪魔するなよ」
おい!
それはギャグなの? わざと? 本気なのか!?
「わかった」
笑みを浮かべて、弥生さんが出て行った。
「弥生さんが真に受けたらどうすんだ?」
「どうもしない。邪魔してほしくないだけだ」
そりゃそうだけども!
誤解されたら……いや、誤解じゃないしっていうか……。
必要以上に意識しちゃうじゃん……!?
俺が!
いや。
いいのか?
俺、好きだって言ったし。
ドキドキしても変じゃないよな?
でも。
さすがに襲いかかってはこないだろ……?
そこは信じていいよね?
「さっきの続き……いいか?」
「え? あ……うん」
ひとりで意識しまくってた俺。
落ち着こう。冷静に。
あらためて、互いを瞳にしっかりと映す。
「お前に言わなきゃならないことがある……5つ」
お……多いな。
3つが定番なのに。説明とか願い事とか恩返しとか……関係ないって。
うー…すでに頭が正常稼働してないかも……。
「將梧」
「はい」
涼弥が瞼をピクリとさせた。
あ……『はい』は、おかしかったか?
「好きだ」
シンプルで純度の高いその一言に、心がきゅうとなる。
涼弥が俺を見てて、俺が涼弥を見てる……同じ気持ちで。
好きな相手に好きだって言われるのが、こんなに嬉しいってことも。
今、初めて知った。
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