109 / 246

29-1 寮へ

 SHRが終わって間もなく、上沢が現れた……涼弥とともに。 「早瀬。とっとと行くぞ。コイツがうるせぇ」 「お前が信用ならねぇからだ」  不満げで不機嫌で、不安げな涼弥に。安心させるように瞳を見て笑いかける。 「大丈夫。俺は心配要らない。もちろん、(かい)のほうもな。だろ? 上沢」 「当たり前だ」 「じゃあ、先行くな」  凱に言った。 「よろしくねー」  手を振る凱をじっと見つめるも何も言わず、上沢が歩き出す。  涼弥ともう一度視線を合わせて頷いてから、後に続いた。     「お前、いつから男好きになったんだ? 彼女いたよな?」  昇降口を出たところで、上沢に聞かれた。 「涼弥が好きだってやっと気づいた……っていうか、認めただけ」 「杉原が早瀬と……昨日、(じゅん)に聞いてもすぐにゃ信じらんなかったぜ。杉原がゲイなのはともかく、相手がお前だってのはな」 「何で?」 「お前がデキてんなら、柏葉とだろ」 「は!? 俺が凱とって……何でそうなる? そんなわけないじゃん!? あいつは大事な友達だ」  つい声を大にして否定。 「お前、あの男の世話焼いて仲良さげだったからな。ムキになるなよ」  確かに。  ムキになって否定すると肯定に聞こえてくるしね。やめよう。  実際、凱とつき合ってはいないけどセックスしたんだから……上沢の見る目は、ある意味正しい……のか? 「まぁ、杉原に疑われねぇようにするこったな。らしくねぇくらいバカになってるぞ、あいつ」  上沢がおもしろそうに笑う。 「嫉妬心と独占欲。疑心暗鬼。恋する男ってのは愚かだねぇ」 「笑うな。俺と涼弥のことはいい。お前は?」  方向転換しないと。寮までは5分しかない。 「中学の時はノンケだったのに、いきなりゲイになったろ。何人かつき合ったの聞いたし、去年から生徒会のガードみたいなことしてるよな」 「それが?」 「高校入ってからは、お前とろくに話してないけどさ。江藤のこと……聞いていいか?」  険しい瞳で、上沢が俺を見据える。 「会長の何が知りたい?」 「その前に。お前と江藤の関係は? つき合ってるのか?」 「俺が会長と?」 「さっき、絢って言ったから。無意識にだろ」  足を止めた上沢と見つめ合う。  3秒……6秒……。  10秒経つ前に、上沢が目を逸らして歩き出した。 「早瀬……」  俺に視線を向けずに、上沢が口を開く。 「どういう関係なら、つき合ってるっていえる? つき合おうぜっつってオッケーしたらか? 好き同士でセックスしてたらか? お前らはどうだ?」  俺と涼弥は。  気持ちは通じたけど、まだつき合ってるとは言えないか?  そんな話はしてないし。  俺、偽装といえども深音(みお)とちゃんと別れてないし。  お互い、好きだって言ってから、24時間も経ってないもんな。  でも、口に出してなくても。  好きでキスして、感覚としてはすでに恋人同士の気分だったよ。  特に涼弥は、昨日までとガラリと変わってるし。俺に対する態度とか、頭の中が……おかしいだろってレベルで。      「これからつき合うと思う。気持ち伝えたの、昨日だからさ」  上沢がフンッと鼻を鳴らした。 「会長……絢とは、6月の始め頃からだ。お前の、つき合うって定規で測れるかは知らねぇが」 「どういう意味?」 「つき合うことにオッケーで、セックスもしてる。俺は絢を好きだが、あっちはそうでもねぇ。ほかのヤツともやるしな。俺を信じてもいねぇんだ」  言葉の意味は理解出来ても、何も返せない俺。 「それでもよ。嫌いになれねぇし、放ってもおけねぇ。だから、今日みたいにわかってる時は止めてやる」 「止めるのは……江藤を、なんだな」 「柏葉もだ。絢が誘えば大抵落ちる。去年からずっと見てきたんだ」 「あの噂。江藤がレイプ魔ってのは逆で……脅して、江藤にレイプされたって言わせてるんだろ?」 「何だ。バレてんのか。脅しは、俺と天野さんがな。動画だけでも十分だが、拳が必要な時のためによ」  俺を見やり、上沢がニヤリとする。 「自分がやってる()ってのは、人に見られたくねぇもんらしい。杉原もそれで水本さんにやられたんだろ。たかがキスしてるだけので」 「ちょっ……と待て。偽の噂はお前と天野が? 何のために……?」 「大声出すんじゃねぇ。その話はあとでな。人に聞かれる」  寮の門をくぐった。まだ少ないけど、帰宅してる生徒もちらほらいる。 「見張るってどこで? 二人が部屋入ってから、ドアの前とか?」 「んなわけあるか。絢の部屋ん中だ。ケータイ出せ」  え!? 中……!? 「電源切って俺が預かる。どうせ、ほかのヤツらもここに来んだろ。連絡してこられちゃマズい」 「そうだけど……江藤の部屋の中って……どうやって……」 「いいから早くしろ」 「言っとかなきゃ、心配かける」  ケータイを取り出す俺の腕を、上沢が掴んだ。 「部屋にいることは言うな。音立てねぇように電源切るとだけ話せ」 「どうして……」 「俺がお前を質にするって思われると面倒だ。まぁ、俺は絢が柏葉と話すること自体、なくなってもかまわねぇけどよ」  合わせた目。上沢の暗い瞳から真意は探れない。  もし。  凱が危ない状況になったら、助けに行けるしケータイも使えるはず。  平和に話し合いで済むなら、連絡は不要。  凱は、江藤と話すことを望んでる。  ただ、涼弥が……納得するか?  しないだろうな。  でも、ここは堪えてもらうしかない。  あとは。  俺が上沢を信用出来るかどうか……。   「わかった」  頷くと、上沢が俺から手を放した。

ともだちにシェアしよう!