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29-2 生徒会長の秘密

 液晶画面をタップして、電話をかける。相手は涼弥じゃなく……御坂だ。 「將梧(そうご)。どうした?」 「こっちは大丈夫。あのさ、(かい)たち見張るのに静かにしてなきゃなんないから……電源切っとくわ。悪い」  暫し間があり。 「お前それ……俺は嫌だ。自分で言えよ」 「俺が言ったら話が終わらないだろ。時間ないから。頼む」 「はぁ……気が重い。杉原、たださえ仏頂面でウロウロしてるのに。腹空かした猛獣みたいに」 「ほんとごめん。あと、見張りもよろしく。どっか行きそうになったら、紫道(しのみち)に止めてもらってくれ」 「善処するよ」 「ありがとな」  通話を切った。電源も落とし、上沢に渡す。  御坂に事情を聞かされた涼弥から、文句のコールはもう届かない。  あとで、直に聞くから……許せ。 「誰だ? 杉原じゃねぇのか」 「御坂。涼弥を見張っててもらう」 「お前も大変だな」  俺たちは寮の中に入った。  蒼隼(そうしゅん)学園の寮は、基本二人部屋。ただし、寮生の人数によっては二人部屋にひとりの場合もある。主に3年生だ。  二人部屋といっても。バスルームと簡易キッチンが共同なだけで、中で個室に分かれてる。つまり、二人部屋の中に、さらに自分の寝室兼勉強部屋がある感じ。  そして、江藤の部屋の個室は、片方空いてて……そこで見張るとのこと。  様子を目で見れるわけじゃなく、音と気配で窺うんだけどさ。ヤバい雰囲気を感じたら、数秒で現場に行けるからバッチリだ。  廊下に人がいないのを確認して。上沢が開けた江藤の部屋のドアから、素早く中へ。 「お前、何で鍵持ってるんだ?」 「一応彼氏だからな」  狭い共有スペースの左右に個室のドア。片方は開いたまま。部屋に鍵をかけて、右側の閉まってるドアに向かう上沢に続く。  中に入ってドアを閉めた。 「江藤、こっちの部屋来ないのか? 内鍵……かかってたら変だけど、入られたら見つかるじゃん」 「たまに窓開けに来るくらいだ。まぁ今日は来ねぇってことで」 「お前、けっこう楽天的だな」  あとは物音さえ立てなければ、俺と上沢がここにいるのはバレない。 「ボソボソ話されちゃ、向こうで何言ってるか聞き取れねぇかもしれねぇが……でけぇ声なら聞こえるぜ。争う音とか、やってる声とか」  やってる声……聞きたくない。てか、そうならないための見張りだ。 「このドア、隙間あるもんな。普通の家の部屋っぽい」  防犯ブザーもあるしね。  ここなら即駆けつけられる。 「今50分……4時に下か」  呟きながら、上沢がマットレス剥き出しのベッドにドサッと腰かける。 「窓、今開けたらマズい? 空気動いてないと息苦しくないか?」 「好きにしろ」  窓を少し開けて振り返る。  ベッドのほかに、机と棚。クローゼットの扉。備えつけの家具以外に物はない。  え……と。俺はどこにいれば……?  机のとこのイスかベッド。  上沢とヒソヒソ話さなきゃならないんだから、近くにいたほうがいいか。イスのが安全だけど……って!  どこも安全じゃん!?  信用してるだろ? 上沢のことはさ。今さら警戒してたら、雰囲気がおかしくなる。  自意識過剰になるな俺!  だけど……思い出す……あの時の、先輩の部屋を……ベッドの位置は逆で、そこで俺は……。 「何突っ立ってんだ? 襲ったりしねぇぞ」 「わかってる」  頭を振って息を吐いて。気持ちを切り替えて。  一人分のスペースを空けて、上沢の横に腰を下ろした。 「さっきの……偽の噂。江藤をレイプ魔にしていいことあるのか?」  出し抜けに聞いて、上沢を見る。 「本人の希望?」 「いや。もとは天野さんのアドバイスらしい」 「何のために……?」 「お前、レイプされたいか?」  膝の間で組んだ自分の手を見つめたまま、上沢が問い返す。 「え……!? や……まっ……」 「俺にじゃねぇよ」  唇の端を上げた上沢が俺を見る。 「俺でもいいが、誰でもいい。誰かに、レイプされたいって思うか?」  一瞬焦ってバツが悪い。紛らわしい言い方はやめてほしいよね。 「思うわけないだろ。ボコボコに殴られたほうがまだマシ」 「だからだ。(じゅん)にレイプされたって噂がありゃ警戒されて、寄ってくるヤツは減る」 「は!? 噂なんかなくても……」 「絢は1年の時から狙われやすかったんだと。今はそうでもねぇが、いかにも襲ってくれって風情でな」  想像がつかなくて。上沢を見つめるだけの俺。  俺から見た江藤は。生徒会長ってのも相まって、堂々とした非の打ちどころのない優等生だ。どこか得体の知れない迫力みたいなのあるし。  ネコでも意外じゃないけど、レイプする側……タチに、十分見える。 「それだけならいい。実際、天野さんが出来るだけ守ってたらしいが……本人に身を守る気がねぇんだ。つーより……」  言葉を止めた上沢が、諦めたような表情で溜息をついた。 「自分から誘う。よく知らねぇ男を……その気にさせんだよ、あいつは。そのくせ、相手を怖がんだぜ。そん時にゃもう、誘われたヤツはやめれねぇ」 「何で、そんな……?」 「歪んでんだ。欲望が。セックスなしじゃいられねぇ。しかも、レイプまがいにされてぇんだよ。そういう趣味っていやそうなんだろうが……人に知られちゃヤバいだろ」 「だからって脅して噂は……」 「別に害はねぇ。いい思いした代償だ」 「……かもしれないけど」  上沢と視線を合わせる。 「やめさせたいんだよな? お前は」 「そりゃな。好きなヤツ、ほかの男にやらせて楽しむ趣味はねぇからよ」 「江藤は平気なのか? お前がいるのに……」 「やられんの自体、平気じゃねぇだろうな。俺とやる時も怯えてる。でも、必要なんだよ。セックスが。病気だぜ」 「上沢……」 「とにかくよ。ここんとこ脅しはしてねぇし、この先もなくて済むようにするつもりだ。柏葉が探っても、これ以上は何も出ねぇからな」  上沢の言うことが事実なら、凱がここに来る必要はない。  そして。  今の話は事実だ。わざわざこんな作り話……ないだろ。  江藤本人の話と多少は食い違うとこあるかもしれないけど……いや。本当のこと話すかどうかよりも。  凱が大丈夫って言ったのは信じてる。  だけどもし、今聞いたまんまを江藤に聞いたら。その上で江藤に迫られたら。  凱は拒否出来るのか……? 「4時過ぎたな。そろそろだ」  時計を見て、上沢が言った。 「なぁ、今の話が本当なら、凱が江藤と話す必要ないよ。今からでも取りやめにすれば……」 「悪いな。早瀬。確かめたいことがある」 「え……?」  それが何か聞こうとした時、ガチャリと部屋の鍵が解かれる音がした。 「来たぞ」  ひそめた上沢の声のあと。 「どうぞ」 「へーキレイなとこじゃん」 「早く入れ」    聞こえてきた声は……3人だ。

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