110 / 246
29-2 生徒会長の秘密
液晶画面をタップして、電話をかける。相手は涼弥じゃなく……御坂だ。
「將梧 。どうした?」
「こっちは大丈夫。あのさ、凱 たち見張るのに静かにしてなきゃなんないから……電源切っとくわ。悪い」
暫し間があり。
「お前それ……俺は嫌だ。自分で言えよ」
「俺が言ったら話が終わらないだろ。時間ないから。頼む」
「はぁ……気が重い。杉原、たださえ仏頂面でウロウロしてるのに。腹空かした猛獣みたいに」
「ほんとごめん。あと、見張りもよろしく。どっか行きそうになったら、紫道 に止めてもらってくれ」
「善処するよ」
「ありがとな」
通話を切った。電源も落とし、上沢に渡す。
御坂に事情を聞かされた涼弥から、文句のコールはもう届かない。
あとで、直に聞くから……許せ。
「誰だ? 杉原じゃねぇのか」
「御坂。涼弥を見張っててもらう」
「お前も大変だな」
俺たちは寮の中に入った。
蒼隼 学園の寮は、基本二人部屋。ただし、寮生の人数によっては二人部屋にひとりの場合もある。主に3年生だ。
二人部屋といっても。バスルームと簡易キッチンが共同なだけで、中で個室に分かれてる。つまり、二人部屋の中に、さらに自分の寝室兼勉強部屋がある感じ。
そして、江藤の部屋の個室は、片方空いてて……そこで見張るとのこと。
様子を目で見れるわけじゃなく、音と気配で窺うんだけどさ。ヤバい雰囲気を感じたら、数秒で現場に行けるからバッチリだ。
廊下に人がいないのを確認して。上沢が開けた江藤の部屋のドアから、素早く中へ。
「お前、何で鍵持ってるんだ?」
「一応彼氏だからな」
狭い共有スペースの左右に個室のドア。片方は開いたまま。部屋に鍵をかけて、右側の閉まってるドアに向かう上沢に続く。
中に入ってドアを閉めた。
「江藤、こっちの部屋来ないのか? 内鍵……かかってたら変だけど、入られたら見つかるじゃん」
「たまに窓開けに来るくらいだ。まぁ今日は来ねぇってことで」
「お前、けっこう楽天的だな」
あとは物音さえ立てなければ、俺と上沢がここにいるのはバレない。
「ボソボソ話されちゃ、向こうで何言ってるか聞き取れねぇかもしれねぇが……でけぇ声なら聞こえるぜ。争う音とか、やってる声とか」
やってる声……聞きたくない。てか、そうならないための見張りだ。
「このドア、隙間あるもんな。普通の家の部屋っぽい」
防犯ブザーもあるしね。
ここなら即駆けつけられる。
「今50分……4時に下か」
呟きながら、上沢がマットレス剥き出しのベッドにドサッと腰かける。
「窓、今開けたらマズい? 空気動いてないと息苦しくないか?」
「好きにしろ」
窓を少し開けて振り返る。
ベッドのほかに、机と棚。クローゼットの扉。備えつけの家具以外に物はない。
え……と。俺はどこにいれば……?
机のとこのイスかベッド。
上沢とヒソヒソ話さなきゃならないんだから、近くにいたほうがいいか。イスのが安全だけど……って!
どこも安全じゃん!?
信用してるだろ? 上沢のことはさ。今さら警戒してたら、雰囲気がおかしくなる。
自意識過剰になるな俺!
だけど……思い出す……あの時の、先輩の部屋を……ベッドの位置は逆で、そこで俺は……。
「何突っ立ってんだ? 襲ったりしねぇぞ」
「わかってる」
頭を振って息を吐いて。気持ちを切り替えて。
一人分のスペースを空けて、上沢の横に腰を下ろした。
「さっきの……偽の噂。江藤をレイプ魔にしていいことあるのか?」
出し抜けに聞いて、上沢を見る。
「本人の希望?」
「いや。もとは天野さんのアドバイスらしい」
「何のために……?」
「お前、レイプされたいか?」
膝の間で組んだ自分の手を見つめたまま、上沢が問い返す。
「え……!? や……まっ……」
「俺にじゃねぇよ」
唇の端を上げた上沢が俺を見る。
「俺でもいいが、誰でもいい。誰かに、レイプされたいって思うか?」
一瞬焦ってバツが悪い。紛らわしい言い方はやめてほしいよね。
「思うわけないだろ。ボコボコに殴られたほうがまだマシ」
「だからだ。絢 にレイプされたって噂がありゃ警戒されて、寄ってくるヤツは減る」
「は!? 噂なんかなくても……」
「絢は1年の時から狙われやすかったんだと。今はそうでもねぇが、いかにも襲ってくれって風情でな」
想像がつかなくて。上沢を見つめるだけの俺。
俺から見た江藤は。生徒会長ってのも相まって、堂々とした非の打ちどころのない優等生だ。どこか得体の知れない迫力みたいなのあるし。
ネコでも意外じゃないけど、レイプする側……タチに、十分見える。
「それだけならいい。実際、天野さんが出来るだけ守ってたらしいが……本人に身を守る気がねぇんだ。つーより……」
言葉を止めた上沢が、諦めたような表情で溜息をついた。
「自分から誘う。よく知らねぇ男を……その気にさせんだよ、あいつは。そのくせ、相手を怖がんだぜ。そん時にゃもう、誘われたヤツはやめれねぇ」
「何で、そんな……?」
「歪んでんだ。欲望が。セックスなしじゃいられねぇ。しかも、レイプまがいにされてぇんだよ。そういう趣味っていやそうなんだろうが……人に知られちゃヤバいだろ」
「だからって脅して噂は……」
「別に害はねぇ。いい思いした代償だ」
「……かもしれないけど」
上沢と視線を合わせる。
「やめさせたいんだよな? お前は」
「そりゃな。好きなヤツ、ほかの男にやらせて楽しむ趣味はねぇからよ」
「江藤は平気なのか? お前がいるのに……」
「やられんの自体、平気じゃねぇだろうな。俺とやる時も怯えてる。でも、必要なんだよ。セックスが。病気だぜ」
「上沢……」
「とにかくよ。ここんとこ脅しはしてねぇし、この先もなくて済むようにするつもりだ。柏葉が探っても、これ以上は何も出ねぇからな」
上沢の言うことが事実なら、凱がここに来る必要はない。
そして。
今の話は事実だ。わざわざこんな作り話……ないだろ。
江藤本人の話と多少は食い違うとこあるかもしれないけど……いや。本当のこと話すかどうかよりも。
凱が大丈夫って言ったのは信じてる。
だけどもし、今聞いたまんまを江藤に聞いたら。その上で江藤に迫られたら。
凱は拒否出来るのか……?
「4時過ぎたな。そろそろだ」
時計を見て、上沢が言った。
「なぁ、今の話が本当なら、凱が江藤と話す必要ないよ。今からでも取りやめにすれば……」
「悪いな。早瀬。確かめたいことがある」
「え……?」
それが何か聞こうとした時、ガチャリと部屋の鍵が解かれる音がした。
「来たぞ」
ひそめた上沢の声のあと。
「どうぞ」
「へーキレイなとこじゃん」
「早く入れ」
聞こえてきた声は……3人だ。
ともだちにシェアしよう!