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29-4 フラッシュバック

 耳に不快な警告音は、思ったよりすごい音で。 「行くぞ」  防犯ブザーが鳴りやむ前に、上沢はドアを開けて飛び出した。すぐにあとを追って個室を出て、二人部屋の鍵を解いた。  鈴屋が御坂に連絡して、みんな駆けつけて来るはず。ホテルなんかと同様、防犯や災害対策としてドアは内開き。蹴破れるけど、すんなり開くならそのほうがいい。  江藤の部屋に入る直前、警告音がプツリとやんだ。  鳴ってたのは5、6秒か? 3秒で十分なインパクトあるその音が消えた空間は、不気味なほど静まり返ってる。  ドアのところで立ち止まってる上沢の脇を通り抜けた。  ベッドの脇に。  上沢に視線を留めて、微かな笑みを浮かべて立つ天野。  困惑した顔で腰を下ろす江藤の視線も、上沢に向いてる。  そして、ベッドの上に(かい)……両手を頭上で括られて。シャツは全開で胸が剥き出しだ。 「凱……! 大丈夫か?」 「全然平気。来んの早いねー」  のん気だな、おい! 「今解いてやるから……」  ベッドに駆け寄って上がり、頭側のフレームに手を伸ばす。  凱の手首を縛りつけてるのは、ヒモ状のものじゃなく枷だった。こういう目的のために作られた手枷で、合皮っぽいベルト型。  背後で始まった会話は気にせず、急いで枷を外そうとするも。ベルトの穴からツク棒を抜けない。  固いわけじゃないのに、力が入らない……指が、震えてる。 「將梧(そうご)。どうした?」 「ごめん。もうちょっと……」  心配そうに見上げる凱と目が合った。 「お前、部屋出てろよ」  静かな声で凱が言う。 「大……丈夫」 「思い出したんだろ。いーから無理すんな」 「凱! 平気?」  鈴屋が現れた。 「うん。これ取って。將梧、指しびれちゃってるからさ」 「わかった」  俺の横に来た鈴屋が素早く枷を解くのを、ベッドの上でへたりと腰を落として眺める。 「早かったね。委員長。僕も御坂に電話してすぐ来たのに」 「あ……うん。近くにいたんだ」  なんとか安堵の笑みを浮かべた。 「サンキュ」  起き上った凱が、鈴屋から俺へと視線を移す。 「凱……」 「俺は何ともねぇよ」 「ん……」  よかったって言いかけて、凱の鎖骨のところの皮膚が赤く色づいてるのに気づいた。  あの時、自分も同じ場所につけられたキスマークが脳裏を過る。  はだけたシャツの左右を合わせようとして。再び膝立ちになったらふらりとよろけ、凱に抱きとめられる。 「見張り、お疲れさん。帰ろーぜ」  ごく自然に俺の背中を軽く叩き、安心させるようにギュッとしてくれる凱に感謝。 「あ。杉原たち」  鈴屋が言うとほぼ同時に。 「おい! 將梧を離せ!」  涼弥の怒声が……。 「何やってんだ? そんな恰好で……」 「俺が……よろけただけだ。凱がこんななのは、江藤たちのせい」  振り向いた俺を見て、涼弥が眉を寄せる。 「涼弥。將梧、連れてって。どっか落ち着けるとこ」 「凱……俺は大丈夫だから」 「行けよ。また怒鳴られんじゃん?」 「来い。將梧」  涼弥に肩を掴まれて引かれ、ベッドから下り。そのまま個室のドアへ。  江藤と天野と、険しい顔で話してた上沢が俺を見やる。 「早瀬。悪かった」  頷いて、通り過ぎる。  入り口に御坂と紫道(しのみち)。 「凱を頼むな」 「あ……うん」  御坂はちょっと戸惑い気味。 「大丈夫か?」  紫道は、俺の様子がおかしい理由に思い当たってるみたいだ。 「ん。ちょっと外の空気吸ってくる」  あとのことは当事者と御坂たちに頼み、俺と涼弥は部屋を出た。  廊下を歩き、あの光景から離れて暫くすると。フラッシュバックによる得体の知れない不安感はなくなり、手足の感覚も通常に戻った。頭も正常に作動。 「涼弥。俺もう平気だから。外出なくていい。ここで待とう」  Cルームの前でそう言った俺の腕を掴んだまま、涼弥が寮の玄関へと無言で進んでく。 「聞いてるか?」 「ああ。いいから外行くぞ」  俺を見ずカタい声で答える涼弥に、それ以上反論せず屋外へ。  建物に沿って行き、2棟の寮を2階で繋ぐ連絡通路の下に来た。辺りに人影はなく、中からも見えない場所だ。 「將梧……」  不意に足を止めた涼弥が、俺を抱きしめて息をつく。 「心配だった。心配したぞ、クソっ」 「ごめん……」  今、震えてるのは涼弥のほうだった。  その背中に腕を回し、力を入れる。 「上沢と、江藤の部屋の空いた個室にいたんだ。もちろん、上沢は何もしない。あいつ、本気で江藤のこと好きなだけでさ」 「俺はお前が好きだ」 「うん。知ってる。でも、心配し過ぎはやめろ。俺、そんなに危なっかしいか?」 「お前が自分で思ってるよりはな」  腕の力を緩めた涼弥と向き合う。 「さっき……思い出したのか」  先輩に襲われた時のことを。口に出さなくても、ほかはない。 「凱は縛られてたのか。それ見て……」 「今回は特別。普段は何ともない。レイプ未遂くらい、大したことじゃないだろ。俺は……」  俺の口を、涼弥の唇が塞いだ。  そっと。舌を差し込んだりしない。触れるだけのキスは、強張った俺の心の力を抜いた。 「俺の前で強がるな。俺が、平気にしてやる」  自然に笑みがこぼれる。 「ん……頼むな」 「だから、俺がどんなでも…嫌いにならないでくれ」  俺を見つめる涼弥の瞳が熱を帯びる。  それでも、熱いキスをしかけてくることはなく。  自制心をフルで活用してるだろう涼弥が愛しい。 「ならない。好きだ」  自分から軽く唇を重ねて離し、もう一度凉弥を強く抱きしめた。

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