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29-5 この件はこれで終わり……?

 涼弥に負けない自制心を発揮して。  キスしたい欲望を抑えて物陰から出た俺たちは、来た道を戻る。 「ごめん。忘れてた。胸痛くないか?」 「胸……お前がつらいと痛い」 「違う。骨」 「ああ、大丈夫だ。薬飲んでるしよ」 「痛み止めってさ。切れると飲む前より痛い時あるじゃん? だから、苦手。お前には飲めって言ってるけど」 「一度楽になると、確かにな」  涼弥が溜息まじりに頷いた。 「骨なんかより、お前のことはもっとだ」 「俺の……何が?」 「一度手に入れて失くしたら……考えると怖い。前と変わらなくてもな。もう同じじゃない」  それは……わかる。  今、こうやって涼弥が隣にいて。好きでいてくれて。手も心も届く。  この感覚を知っちゃってから、知る前と同じ状況に戻ったら……前よりもずっとつらい。  知らなきゃ、感じなかった怖さだ。 「失くすなんて考えるなよ。俺も考えない。楽しいこと考えたほうが、ケガも早く治るっていうだろ」 「明日……」  俺に向ける涼弥の表情が明るくなる。 「そうだ。明日、お前ん家でいいのか?」 「そのつもりだったが、出かける予定がなくなって実花(みか)がいる。將梧(そうご)の家のほうがいい」  実花は涼弥の中2の妹で、弥生さんと同じタイプの元気な子で……家にいるなら、気をつけなきゃいけないかもな。  昨日は運良く、帰りがけに顔合わせただけで済んだけど。 「じゃあ、沙羅に言っとく」 「沙羅は御坂と会うらしい。電話してた」 「へー……そうか。なら、ちょうどいいかな」 「別れたんじゃなかったのか?」 「でも、好きなんだよ。お互い」 「御坂は街でよく見かけるが、ほとんど毎回違う女連れてるぞ」 「それでもさ」 「もともと、あいつの浮気を沙羅が腹に据えかねたんじゃないのか?」  怪訝な顔の涼弥。  御坂の恋愛スタンスは、理解出来なそうだ。 「それでも、だよ。理屈じゃないだろ。好きってのは」  寮の出入り口が見えてきた。 「女癖は悪いけど、御坂はいいヤツだし。俺は好きだ」  眉間に皺を寄せ、涼弥が前方に視線を留める。  玄関の前に(かい)と鈴屋、紫道(しのみち)、御坂の姿。 「おい。反応するな。友達としての好きまで気にしてたら、そのうち病むぞ」 「……まだまともに見えるか?」  涼弥が笑った。  紫道が、ものすごく心配してくれてた。  ベッドに縛りつけられた凱を見て、自分がそうされた時の感覚が蘇ったこと。似たような手枷。キスマーク。フラッシュバックを起こしたのは…俺の弱さだ。  そう思ってた俺に、紫道が言ったのは。 『思い出すのは当然だ。忘れるのは無理でも、思い出しても平気になる。大丈夫だ。お前は強い』  紫道はいつも寡黙だけど。必要な時に、必要な言葉をくれる気がする。  今日も、寮に住んでる紫道が快く協力してくれて助かった。何かある時には、俺も力になりたい。  あらためて礼を言って紫道と別れ、俺たち5人は駅へ。  道すがら。上沢から返されたケータイを受け取り、俺と涼弥が部屋を出てからのことを聞いた。  身支度を整えた凱に、江藤と天野、そして上沢はキッチリ謝ったそうだ。  悪いと思うこと、何でやる?  理由はどうあれ、人を傷つける行為じゃん?  簡単に許されるようなことか?  俺はそう思うのにさ。  凱はアッサリ……ていうか、こう言ったらしい。 『別にいーよ。やられても、やらされてもいねぇからさ。あとはそっちで解決してねー』      本心なのはわかる。  凱がいいなら、この件はこれで終わり……?  なんかな。モヤるよね?  江藤のことは、きっと上沢がどうにかする。天野はよく知らないから、何とも言えないけど。  この先、偽の噂が流れないのを信じるしかない。  駅に着き、御坂が俺を見る。 「沙羅と会うよ。話するだけだから」 「え……今? 明日じゃないのか?」 「明日会うために、今日も会うんだ。また、月曜日な」  御坂の後ろ姿を見送り、俺たち4人は顔を見合わせた。 「どーする? どっか寄る?」 「結局、何があったの? さっきの様子だと、噂は僕たちの予想通りだったみたいだけど」  凱の問いかけに、鈴屋が尋ねる。 「んじゃ、そのへんで話す?」 「江藤の話、俺も上沢から聞いた。お前のと合えば……」 「將梧!」  え……深音(みお)……!?  振り向くと、深音と和沙がいた。  今、涼弥といるこのタイミングで、この二人とバッタリ会うって……これも、何かの必然か……!?    「ちょうどよかった! 話があるの。つきあって」 「え……と」  どうしよう? さすがに今回は『慰めて』とかじゃないにしても……。 「涼弥くんは、和沙と」 「は……!? 何で……」 「ごめんね。將梧」  そう言ったのは、和沙だ。俺に微笑んで、涼弥へと視線を移す。 「この前はありがとう。結果報告がある。これが最後だから、顔貸して」 「本当に最後ならな」  和沙の誘いに、涼弥が警戒するように答える。 「俺、鈴屋と行くねー」  束の間の沈黙を凱が破る。 「続きは学校で」 「あ……じゃあ、委員長、杉原。またね」 「う……ん。月曜な……」  二人がさっさと去り。 「涼弥。帰ったら電話する」  俺は深音と話すから、お前は和沙と話す。俺たちは明日。  その意味を汲み取るも、浮かない顔の涼弥に笑顔を向けた。 「心配するなよ。俺もしない。じゃあな」  涼弥と和沙を残し、深音と近くのカフェに向かった。

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