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29-6 偽装交際は解消
「將梧 。よかったね! 私とは終わり。これからは、前みたいに友達で」
アイスラテを手に席に着くなり、満面の笑みを浮かべて深音 が言った。けっこう大きめの声で。
隣の他校生男女がチラリとこっちを見る。
でも、人目は気にならない。喜んでくれる深音の言葉は純粋に嬉しい。
「うん。ありがと……じゃあ、つき合いは解消でいいのか?」
「もちろん。私も、今度のデートで言おうと思ってたの」
正面に座る深音が、秘密を打ち明けるように前屈みに顔を近づける。
「この前、將梧とした時……決めたの。私、先輩に2度目の告白する。男の人との感覚は知ったから」
「そっか」
上体を戻しラテを口にして、深音が満足気に頷いた。
「だから、終わりね。將梧があの人を好きなの認めたし、ちょうどいいかなって」
「ん。わかった。あー俺、昨日好きだって言っちゃった。涼弥に。ごめん」
「いいの。沙羅から聞いたでしょ? おとといのこと。二人で、將梧に何て言えばって……すごく悩んだよ」
「心配してくれたんだろ。そのせいってより、そのおかげでいろいろあって……いきなり急展開してさ。こうなって感謝してる」
「ホテルに行った理由、和沙に今日聞いたけど……將梧は涼弥くんに聞いて。彼氏のフリしたのも」
「そうするよ」
アイスコーヒーを飲んで息をつく。
「深音。ありがとな。お前とつき合ってよかった」
「私も。ありがと。將梧でよかった」
あたたかい気持ちで見つめ合う俺と深音の関係は、偽装の恋人同士から友人に戻った。形としてはそうだけど、互いに対する親愛の感情は変わらない。
つき合う前もつき合ってる間も、これからも。好きで大切な友達で、腐仲間だ。
俺と深音は暫し笑顔で話し、それぞれの恋の相手との明るい未来を願い合って別れた。
午後7時半。家に到着。
部屋に上がって、涼弥に電話する。
ワンコールで繋がり、ホッとして自分のベッドに腰を下ろした。
「將梧。帰ったのか」
「うん。今部屋。お前は?」
「電車に乗るところだ」
「和沙との話は無事ついたのか?」
「ああ。明日全部話す」
「俺も。あ、そうだ。明日、昼過ぎまでうちの親いるけどいい? 結婚記念日でさ。午後から二人で出かけるんだ。泊りで。まぁ、普段から夜もあんまり家にいない人たちだけど」
「昼飯食ってから行く。お前の両親、会うの久しぶりだな。変わりないか?」
「変わりないよ。もとから変わってるところも」
涼弥の笑い声。後ろにホームのアナウンス。
「じゃあ、明日な」
「待ってる」
通話を切った。
怒涛のイベント三昧だった今週もやっと週末。明日、土曜の涼弥との約束を残すのみ。
ほんといろいろあったよね……俺のキャパ、ずいぶん超えた気がするけど。けっこう柔軟っていうか、必要な分広がるもんだな。
だけど…。
ベッドに寝転んで、両手を上に。
仰向けで手の自由がない状態を思うと、背筋がヒヤリとする。
今日、江藤の部屋で凱 を見た時……先輩の部屋で両手を括られた自分を見てるような感覚に陥った。
俺じゃないのに。
俺は助けてやれる立場にいるのに。
危機は去ってるのに。
手がうまく動かせなかった。
手首ってさ、太い血管あるじゃん?
何分か何十分か。縛られた状態……枷をつけられた状態で、それ外そうとすると。
きつくない枷も手首に食い込んで、力入れるほどぎゅうぎゅうに食い込んで……指先に血がいかなくなる。で、外しても暫くはしびれてる。
俺の指、あの時とおんなじになった。思い出しただけで、しびれて……。
そのあとの、不安と恐怖と無力感。フラッシュバックはトラウマの症状のひとつか?
トラウマになんかなってないだろ?
そりゃ襲われてから数日は、薄れない記憶に悩まされたけどさ。それは病的なものじゃなく普通の範囲内で。
一週間も経つ頃には思い出してもどうもなく、全然平気にしてられたのに……。
実際、不安だった男とのセックスも。嫌悪感も恐怖感も皆無で。
凱とは攻めでやったけど……指挿れられたり、両手押さえつけられたりもしたのに。なんの不快感もなかった。
まぁ……凱を信頼してたし、すでに気持ちよくなってたとしても。
フラッシュバックは起きなかった。
今日、それが起きたのは……手枷のせいか?
だとすると俺、拘束されるのがダメなのか。枷とか縄とかそういうので自由を奪われるのが……そのトラウマが残ってるのかもしれない。
あー……じゃあ……。
拘束プレイは出来ないな。
ごめん、涼弥。もし、お前がそういうのやってみたくても、楽しめそうにない。
あ! だけど、ほら。
涼弥が玲史 みたいにサドの気があったらさ。ムリヤリ拘束した俺に本気で抵抗されて、泣き叫ばれて恐怖にひきつった顔されたら……めっちゃ興奮するんじゃん?
だから、マイナス面じゃなくプラス面に目を向ければ……って。
はぁ……。
嫌だろ!? そんな涼弥!
てか、あり得ない……とは限らないけども。
SMはなぁ……痛いのは好きじゃない。恥ずかしいのが快感にもならないはず……。
なんてね。
大丈夫。思考がふざけたこっちに振れるなら、精神は病んでない。危ない妄想はやめよう。
俺は弱くない。
玄関の鍵が開く音。
沙羅が帰ってきた。
「將梧! いるんでしょ? ちょっと来てくれる?」
俺を呼ぶ現実の声に、身体を起こして頭を振った。
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