116 / 246

30-1 お前だけだ

 結局というか予想通り。  土曜の今日、涼弥はうちに泊まることになった。  ゆうべ電話で涼弥の意思を尋ねると。 『誰もいない……って……いいのか? お前、俺が治ってからって言ったよな? 明日……』  待て!  泊まる、イコール、セックスする。じゃないだろ……!?  やっぱり、涼弥はそれなのか? だけ、じゃないにしてもだ。  やらないことをシッカリと伝え。それでも泊まる気はあるかと聞くと、イエスの返事。  声にガッカリ感が滲んでたのは、気のせいだと思おう。  でもって今日。午後2時頃。  凉弥が家にやってきた。 「いらっしゃい。久しぶりね。元気にしてた? 痣だらけの顔も哀愁あっていいじゃない」  涼弥の挨拶の声に続き、母親の声。 「また背が伸びて、ずいぶん大人びましたね。相変わらずケンカばかりですか?」  父親の声。 「はい。あ……これは、ちょっと……」 「きみはもうそれだけ大きいし、力も強いでしょう。やり過ぎると子どものケンカでは済まなくなる。相手は選びなさい」 「はい……」  玄関で俺の両親に出迎えられた涼弥は。2階から下りてく俺に、助けを求めるような顔を向けた。 「大丈夫だよ。涼弥は理由なしで人は殴らない」  横に来た俺を見て、父親が片眉を上げる。 「では、涼弥くんが殴られた理由もあるということですね」 「ある。けど、涼弥は悪くない」 「興味深いな」  顎に手をあてて考え込む父親は放って。 「上がれよ」  涼弥を救出。 「じゃあ、今日はゆっくり楽しんできて」  二人に言った。 「ありがと。あと1時間くらいで出るわ。ゆっくりしてってね」  涼弥に微笑む母親と、未だ思案顔の父親を残し。俺たちは2階の自室へ。 「ここにお前がいるのも、久しぶりだな」  部屋に入り、ベッドを背にローテーブルの前に腰を下ろす。一応、二人で遊べるビデオゲームを用意してある。 「座らないのか?」  立ったままの涼弥が、俺と合わせた目を逸らす。 「隣はヤバい……」 「は!? ゲームするだけだろ」 「……自信ない」  ないって……。  隣でゲームも出来ないほどなの?  何でそんな飢えてんの?  俺に求めるモノ、それだけか……!?  ちょっぴりそう思い。  でも、そんなはずないと気を持ち直す俺に、涼弥がぎこちない笑みを見せる。  ただ遊びに来るには不要な……泊まり用の着替えとか入ってるだろうバッグを床に置き、羽織ってたシャツを脱いで。 「先に藤宮の話させてくれ」  涼弥が俺の対面に座った。 「うん」 「一月くらい前、街で男3人に絡まれてる藤宮を助けた」 「言ってたな。ナンパか?」 「いや。藤宮は……」  僅かに眉を寄せて、涼弥が続ける。 「一見女っぽくない恰好で、女を連れてたんだ」 「え……」 「最初、絡んだヤツらも男だと思ったらしくてな。揉めて女だとわかって、二人連れてかれそうになってたところに出くわした」 「お前も男だって思ったのか?」 「女に見えた。男なら、暫くは放っておいたぞ。彼女の前で少しは格好つけさせてやらないとな」 「そう……か」 「先週、女子部で会ったのが二度目だ。あの時、自分は女が好きだが気づいたかと聞かれた」 「え!? 女がって……和沙がレズってこと……?」 「みたいだ。そこはいい。俺も同類だからな」  俺もか。確かにそこは問題なし。驚いたけどさ。 「気づかなかった。興味もないと答えたら……やっぱり、あんたもこっちだと思った……と。で、彼氏のフリをしてほしいってなった」  なんか話飛んでないか? でも、とりあえず、そこもいい。 「よくオーケーしたな。お前、その類のこと得意そうじゃないのに。人助けか?」 「いや……俺にもメリットがあった。それに、藤宮に軽く脅された」 「は……!?」  涼弥の瞳に怒りはなく。すまなそうな瞳で俺を見る。 「和沙は何て……?」 「俺がお前をそういう目で見てるって、すぐに気づいた。他人にも本人にも知られたくないなら、あんたにとっても悪い話じゃないだろうってな」  すごいな、和沙。  気づくのもだけど、涼弥相手にそれ言えるってのがさ。 「俺がお前をって誰かに思われるのは避けたかった。お前にも。女とつき合ってるってなりゃ、ノンケに思われるだろ」 「けど、フリしてほしいって頼まれたって……俺に言ったじゃん? 何で?」 「それは……藤宮とつき合ってみるかって言った時、お前が……」  先を続けず、涼弥が俯いた。  俺が……? 何言ったっけ? 驚きはしたよね。動揺もした。  待つこと10秒。 「傷ついた顔したからだ。ショック受けたみたいな、悲しそうな……その時、ちょっと期待しちまった自分が嫌になった」  顔を上げた涼弥に見つめられ、胸が熱くなる。 「だから、今度遊ぼうって言ったんだ。そろそろ、もう……限界だってな」  それで土曜日に話がある、に繋がるのか。  ほんとギリギリっていうか……いろいろ、タイミングよく起きて……今がある。 「おととい、お前に藤宮とのこと聞かれなけりゃ今日、どうなってたか……考えるとゾッとする」 「襲いかかる前に好きだって言ってくれたら、少なくとも終わりにはなってない。俺もお前が好きなんだからさ」  笑みを浮かべる俺に、涼弥が目を細める。 「だといいが……」 「和沙とホテル行ったのは……?」  そもそもの発端の理由を聞いた。 「藤宮は、ああ見えていいところの娘で、親に結婚相手を決められたらしい」 「へぇ……」 「相手から断らせるために、昼間から男とホテルに入るところを撮らせたい、ここ何日か探偵の尾行がついてるからと頼まれた」 「なるほど。でもさ、度胸あるよな。お前のこと、あんまり知らないのに」 「女に興味がないってので十分だと思うが……まぁ、気概のあるヤツだ」 「涼弥……」  一度、ハッキリ聞いておこう。 「お前、女はダメなのか? その……やろうと思えば出来そう?」  涼弥が目を瞬いた。 「やろうと思うことなんかない。抱きたいのはお前だけだ」  普通に言われても…顔が火照る。  コイツはよく照れないよな? 「そうかもしれないけど……物理的にとか、必要に迫られてとか」 「かもじゃない。お前だけだ」  涼弥が繰り返し、口元だけ笑う。 「だが……扱かれりゃ勃つだろうから、出来はするな。それに、やらなけりゃお前が犯られるって状況ならやるぞ。誰が相手でも」  瞳の奥を見つめ合う。 「お前だけだ、將梧(そうご)」 「俺も、お前がいい」  あぁ……遠いな。もっと近くないと……触れない。  テーブルに身を乗り出そうかと思った時。 「將梧! 私たち行くわね!」  階下から母親の声。 「いってらっしゃい! 気をつけて!」  部屋の外に出て、大声で返す。 「はーい。明日ね!」  玄関のドアが閉まり施錠された。  その音を聞いて部屋に戻ると。立ち上がった涼弥が、ベッド側に移動するところだった。 「やるか? ゲーム」 「ああ。やろう」  俺と涼弥、二人きりの時間が始まった。

ともだちにシェアしよう!