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32-1 お前、そそるな
月曜日。
早めに出ようと思ってたのに起きられず、いつもの電車で登校すると。
昇降口で上沢に会った。
「おはよう……」
「早瀬。待ってたんだ。ちょっと来い」
俺を見て寄ってきた上沢に挨拶したら、金曜の件に触れるか迷うヒマもなくそう言われ。まだ人の少ない校内をついていった。
購買の先、第2校舎に続く渡り廊下の手前で足を止める。
「お前にちゃんと謝ってなかったな。この前は、本当にすまなかった」
出し抜けに言う上沢。
「絢 にはもうあんなことさせねぇからよ。天野さんにもキッチリ話つけてある」
「お前は悪くないだろ。凱 が江藤を許したんなら、俺が責めることじゃない。これ以上、江藤が誰かを逆レイプしないなら……それでいいんじゃないか」
「二度とねぇようにする。絶対とは言い切れねぇが、俺に出来る限りな」
上沢が、疲れた笑みを浮かべる。
「あの時のいきさつ、柏葉に聞いたか?」
「あー俺、金曜日は時間なくてさ。今日聞くつもり」
「なら、本人から聞くだろうが……これだけ言わせてくれ」
一呼吸して、上沢が続ける。
「絢は、天野さんにマジでレイプさせる気はなかった。そうすりゃ、自分をやると思ったんだ。言いわけだけどな」
「レイプって……え? 天野が凱を?」
「……絢が誘っても柏葉がその気にならねぇから、縛りつけて」
いったん言葉を区切った上沢が、眉を寄せる。
「自分をやるか、天野さんにやられるか……選べって言ったんだと」
「何だよその二択。凱は選ばなかっただろ」
「みたいだな」
「だから……天野が……?」
「いや。絢だ。キスマークも、ブザー鳴らしたのもな。もし、絢がくわえてダメでも、天野さんは突っ込まねぇよ」
俺の眉間にも皺が寄る。
「くわえてって……防犯ブザーなかったら、逆レイプになってたじゃん! 勃ったらその気アリってことにはならないだろ!?」
「わかってる。今までのは全部、そこまでしなくても相手がやる気になってたんだ。ムリヤリはねぇ。ノンケでもな。柏葉は……ありゃなんだ?」
「凱は、やらないって決めてたから」
「にしてもよ。俺は落ちたぜ」
「え……?」
「お前言っただろ。中学ん時はノンケだったのに、いきなりゲイになったって」
目を見開く俺に、上沢が唇の端を上げる。
「絢にやらされた。男に目いくようになったのは、そっからだ」
「逆レイプ……されたのか? なのに何で……?」
「いろいろあったが、惚れちまったらザマぁねぇよ」
好きになるのは理屈じゃない……か。
「最初がそうでも、今はつき合ってるんだよな。江藤が、その……特殊な性癖だとしても、お前は受け入れてるっていうか……」
「変態プレイやフェチなら何でもつき合うが、絢のはやっぱり病気だ。心が病んでるっての? そうなっちまうこと、されてんだよ。前の男に」
江藤のトラウマは何なのか。俺には聞けないけど……。
「治す気なんだろ?」
「まぁな。趣味におさまるとこまでは、連れ戻すぜ」
「ん。お前なら出来るよ」
「当然だ。で……あと、頼みがある」
険のない瞳でニッと笑い、上沢が口元を引きしめた。
「絢の……金曜のことも噂の件も、黙っててほしい」
「うん」
すぐに了承する。
「寮でのことは口外しない。新しいのが流れない限り、噂も訂正しない。凱たちもそうするはず……伝えるよ」
「悪いな。勝手なこと言って」
「上沢。俺も頼んでいいか」
安堵に表情を緩める上沢を見て。
「涼弥とつき合うことにしたんだけど、学祭終わるまで隠しておきたい」
「へぇ……杉原は独占欲強いのに、よく内緒に出来るな。お前が知られたくないのか?」
「いや。学祭で男の接客しなくていいように、ノンケのフリしたいだけ」
上沢が笑う。
「いいぜ。絢と天野さんにも口止めしとく」
「助かる。ありがとな」
「話は終わりっつーことで、行くか。杉原に見つかったらうるせぇだろ」
からかい口調の上沢に頷いた。
「涼弥は心配し過ぎなんだよ。何でそこまでってくらい」
「お前が手出したくなるタイプだからじゃねぇの」
「は……!? どこが? どんなんだそれ?」
歩き出そうとした足を止め、素でわからず尋ねると。
「すました優等生タイプ。堕として乱れさせて泣かせたくなるツラしてる」
「な……に言って……朝っぱらから、変な冗談やめろ」
「マジに答えたんだけどな。自覚ねぇのか?」
「ない……」
「あーそういう目で見ると、絢と同じタイプか。あいつは自覚して利用してっけどよ」
合わせた目の先にある上沢の瞳が、嘘や冗談じゃないって言ってる。
「俺のせいか? 涼弥があんな心配性なのは……」
「んなわけねぇだろ。杉原は欲深いんだよ。好きなヤツ抱いてんならそれで十分だろうが」
「……まだセックスしてないんだ」
俺の言葉に。上沢が驚いて、また笑う。
「そりゃビックリだ。杉原は、お前の具合がよ過ぎて執着してんだと思ってたぜ」
ガン見しながら言われ、顔が熱くなる。
「気の毒に……気が気じゃねぇな。ほかのヤツ警戒すんのも頷ける。してやれ早く」
「そうしたいけど……水本との一件で、肋骨ヒビ入っちゃってさ。治ってからってことにしたんだ」
「だから、我慢してんのか。なら、しょうがねぇ。心配くらいさせとけ」
「涼弥……したら安心するかな?」
そんなに親しくない上沢に、抵抗なくプライベートを話す自分に戸惑いつつ尋ねる。
「してねぇよりは余裕出来んじゃねぇか」
「治るまでずっと不安がらせてるのは……俺もキツい」
「そう思うならやれ。あばらのヒビくらい、やりすぎりゃ響くかもしんねぇが……あいつは頑丈だから平気だろ」
「うん……様子見て、考えるよ」
上沢と歩き出す。
暫く無言で足を進めたあと、気になってたことを口にする。
「なぁ……お前、平気なのか? 心配どころか、江藤が実際に……ほかの男と……って」
「平気も何も、ハナからそういう男なんだ。それが許せねぇなら好きになってねぇよ」
俺をチラッと見やり、上沢が答える。
「つき合ってからやられりゃ、さすがにへこむが……頭には来ねぇな」
「え……どうして?」
「俺ひとりじゃ足んねぇんだって思うからよ。それに……」
俺に向ける上沢の瞳が熱を帯びる。
「怯えんのは変わらねぇが、ほかの男とやったあとのあいつ……すっげ乱れてヤバいんだ。俺だけにそうなんの見たら、無理だ。手放せねぇだろ」
他人事でも照れる。
朝からエロトーク……テンションおかしくなる!
話振ったの自分だけどさ。
「そっか。わかった。サンキュ……」
「顔、赤いぞ」
「そういう話、慣れないんだよ。つーか、エロ全般。俺あんま経験ないから」
「早瀬」
「何」
「お前、そそるな。杉原が心配するわけだ」
「やめろ……マジで」
階段を上がり。2-Bの教室の前に見えるのは……もちろん、涼弥だ。
すでに、始業まで10分を切ってる。
教室に来たら俺はいなくて。どうしたのかと思った矢先、上沢と一緒に登場……ってとこか。
はぁ……。
よけいなこと言うなよって警告の目配せを、上沢は別の意味に捉えた模様。
「よお、杉原。早瀬ってかわいいな」
俺、涼弥を煽ってくれなんて……頼んでないよね?
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