132 / 246

32-1 お前、そそるな

 月曜日。  早めに出ようと思ってたのに起きられず、いつもの電車で登校すると。  昇降口で上沢に会った。 「おはよう……」 「早瀬。待ってたんだ。ちょっと来い」  俺を見て寄ってきた上沢に挨拶したら、金曜の件に触れるか迷うヒマもなくそう言われ。まだ人の少ない校内をついていった。  購買の先、第2校舎に続く渡り廊下の手前で足を止める。 「お前にちゃんと謝ってなかったな。この前は、本当にすまなかった」  出し抜けに言う上沢。 「(じゅん)にはもうあんなことさせねぇからよ。天野さんにもキッチリ話つけてある」 「お前は悪くないだろ。(かい)が江藤を許したんなら、俺が責めることじゃない。これ以上、江藤が誰かを逆レイプしないなら……それでいいんじゃないか」 「二度とねぇようにする。絶対とは言い切れねぇが、俺に出来る限りな」  上沢が、疲れた笑みを浮かべる。 「あの時のいきさつ、柏葉に聞いたか?」 「あー俺、金曜日は時間なくてさ。今日聞くつもり」 「なら、本人から聞くだろうが……これだけ言わせてくれ」  一呼吸して、上沢が続ける。 「絢は、天野さんにマジでレイプさせる気はなかった。そうすりゃ、自分をやると思ったんだ。言いわけだけどな」 「レイプって……え? 天野が凱を?」 「……絢が誘っても柏葉がその気にならねぇから、縛りつけて」  いったん言葉を区切った上沢が、眉を寄せる。 「自分をやるか、天野さんにやられるか……選べって言ったんだと」 「何だよその二択。凱は選ばなかっただろ」 「みたいだな」 「だから……天野が……?」 「いや。絢だ。キスマークも、ブザー鳴らしたのもな。もし、絢がくわえてダメでも、天野さんは突っ込まねぇよ」  俺の眉間にも皺が寄る。 「くわえてって……防犯ブザーなかったら、逆レイプになってたじゃん! 勃ったらその気アリってことにはならないだろ!?」 「わかってる。今までのは全部、そこまでしなくても相手がやる気になってたんだ。ムリヤリはねぇ。ノンケでもな。柏葉は……ありゃなんだ?」 「凱は、やらないって決めてたから」 「にしてもよ。俺は落ちたぜ」 「え……?」 「お前言っただろ。中学ん時はノンケだったのに、いきなりゲイになったって」  目を見開く俺に、上沢が唇の端を上げる。 「絢にやらされた。男に目いくようになったのは、そっからだ」 「逆レイプ……されたのか? なのに何で……?」 「いろいろあったが、惚れちまったらザマぁねぇよ」  好きになるのは理屈じゃない……か。 「最初がそうでも、今はつき合ってるんだよな。江藤が、その……特殊な性癖だとしても、お前は受け入れてるっていうか……」 「変態プレイやフェチなら何でもつき合うが、絢のはやっぱり病気だ。心が病んでるっての? そうなっちまうこと、されてんだよ。前の男に」  江藤のトラウマは何なのか。俺には聞けないけど……。 「治す気なんだろ?」 「まぁな。趣味におさまるとこまでは、連れ戻すぜ」 「ん。お前なら出来るよ」 「当然だ。で……あと、頼みがある」  険のない瞳でニッと笑い、上沢が口元を引きしめた。 「絢の……金曜のことも噂の件も、黙っててほしい」 「うん」  すぐに了承する。 「寮でのことは口外しない。新しいのが流れない限り、噂も訂正しない。凱たちもそうするはず……伝えるよ」 「悪いな。勝手なこと言って」 「上沢。俺も頼んでいいか」  安堵に表情を緩める上沢を見て。 「涼弥とつき合うことにしたんだけど、学祭終わるまで隠しておきたい」 「へぇ……杉原は独占欲強いのに、よく内緒に出来るな。お前が知られたくないのか?」 「いや。学祭で男の接客しなくていいように、ノンケのフリしたいだけ」  上沢が笑う。 「いいぜ。絢と天野さんにも口止めしとく」 「助かる。ありがとな」 「話は終わりっつーことで、行くか。杉原に見つかったらうるせぇだろ」  からかい口調の上沢に頷いた。 「涼弥は心配し過ぎなんだよ。何でそこまでってくらい」 「お前が手出したくなるタイプだからじゃねぇの」 「は……!? どこが? どんなんだそれ?」  歩き出そうとした足を止め、素でわからず尋ねると。 「すました優等生タイプ。堕として乱れさせて泣かせたくなるツラしてる」 「な……に言って……朝っぱらから、変な冗談やめろ」 「マジに答えたんだけどな。自覚ねぇのか?」 「ない……」 「あーそういう目で見ると、絢と同じタイプか。あいつは自覚して利用してっけどよ」   合わせた目の先にある上沢の瞳が、嘘や冗談じゃないって言ってる。 「俺のせいか? 涼弥があんな心配性なのは……」 「んなわけねぇだろ。杉原は欲深いんだよ。好きなヤツ抱いてんならそれで十分だろうが」 「……まだセックスしてないんだ」  俺の言葉に。上沢が驚いて、また笑う。 「そりゃビックリだ。杉原は、お前の具合がよ過ぎて執着してんだと思ってたぜ」  ガン見しながら言われ、顔が熱くなる。 「気の毒に……気が気じゃねぇな。ほかのヤツ警戒すんのも頷ける。してやれ早く」 「そうしたいけど……水本との一件で、肋骨ヒビ入っちゃってさ。治ってからってことにしたんだ」 「だから、我慢してんのか。なら、しょうがねぇ。心配くらいさせとけ」 「涼弥……したら安心するかな?」  そんなに親しくない上沢に、抵抗なくプライベートを話す自分に戸惑いつつ尋ねる。 「してねぇよりは余裕出来んじゃねぇか」 「治るまでずっと不安がらせてるのは……俺もキツい」 「そう思うならやれ。あばらのヒビくらい、やりすぎりゃ響くかもしんねぇが……あいつは頑丈だから平気だろ」 「うん……様子見て、考えるよ」  上沢と歩き出す。  暫く無言で足を進めたあと、気になってたことを口にする。 「なぁ……お前、平気なのか? 心配どころか、江藤が実際に……ほかの男と……って」 「平気も何も、ハナからそういう男なんだ。それが許せねぇなら好きになってねぇよ」  俺をチラッと見やり、上沢が答える。 「つき合ってからやられりゃ、さすがにへこむが……頭には来ねぇな」 「え……どうして?」 「俺ひとりじゃ足んねぇんだって思うからよ。それに……」  俺に向ける上沢の瞳が熱を帯びる。 「怯えんのは変わらねぇが、ほかの男とやったあとのあいつ……すっげ乱れてヤバいんだ。俺だけにそうなんの見たら、無理だ。手放せねぇだろ」  他人事でも照れる。  朝からエロトーク……テンションおかしくなる!  話振ったの自分だけどさ。 「そっか。わかった。サンキュ……」 「顔、赤いぞ」 「そういう話、慣れないんだよ。つーか、エロ全般。俺あんま経験ないから」 「早瀬」 「何」 「お前、そそるな。杉原が心配するわけだ」 「やめろ……マジで」  階段を上がり。2-Bの教室の前に見えるのは……もちろん、涼弥だ。  すでに、始業まで10分を切ってる。  教室に来たら俺はいなくて。どうしたのかと思った矢先、上沢と一緒に登場……ってとこか。  はぁ……。  よけいなこと言うなよって警告の目配せを、上沢は別の意味に捉えた模様。 「よお、杉原。早瀬ってかわいいな」  俺、涼弥を煽ってくれなんて……頼んでないよね?

ともだちにシェアしよう!