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32-2 食えるのはお前だけ

「殺気立つなよ。そんなんじゃお前らの関係、すぐバレるぜ」  教室の前から廊下の曲がり角まで来た涼弥と向き合って、上沢が言った。 「お前みたいなヤツがいるなら、バレたほういい」  涼弥に睨まれても、上沢は怯まない。 「けっこういるんじゃねぇか? 最近の早瀬、カタさ取れて……食べ頃だ」 「上沢! 待て! 涼弥……!」  挑発コメントをこれ以上口にしないよう、上沢を諌める前に。  涼弥が上沢との距離を詰めた。素早く胸ぐらに伸ばされた涼弥の手を、触れる前に軽く弾いて上沢が笑う。 「この程度で熱くなるな。肩の力抜かねぇと俺は殴れねぇぞ」 「將梧(そうご)に手出したら、死ぬ思いさせてやる」 「んなことしねぇって。確かにうまそうだが、俺にとっちゃ(じゅん)が一番なんでな」 「からかってんのか?」 「いや。この前、面倒かけたから礼によ」 「何だそりゃ」 「ノンケのフリしてたって、狙うヤツは出てくるって忠告だ。早瀬を責めんじゃねぇぞ。お前に心配かけてんのは自分の落ち度だって思わせんな」  眉を寄せた涼弥が俺を見る。 「俺が心配するのは……お前のせいじゃない」 「ん。わかってる」  上沢に言われて、ちょっと楽になった。  すでに心配し過ぎな涼弥がさらにってなれば、俺のこと信用してくれてるってのが揺らぐのは必至。  涼弥が責めなくても、俺が自分を責めて……追い詰められそうだ。 「今も、俺が話あってつき合わせてただけだからな。先行くぜ」  予鈴の中。俺と涼弥を残し、上沢は2-Aへと去って行った。  窺うような、遠慮がちな涼弥の瞳を見つめて。 「心配したか? 今、教室に俺いなくて」 「ああ。学校には来てるって聞いたからな」 「誰かにどっか連れてかれたんじゃないか……って?」 「そうだ」 「俺、そこまでバカでもかよわくもないぞ」 「わかってる」 「信用出来ないヤツにはついてかないし、ムリヤリ拉致されるとかない。ここ学校だし、危ないヤツに目つけられてもいないからさ」  涼弥がピクッと眉を寄せた。 「上沢は大丈夫だって」 「お前のこと……」 「狙ってないだろ。江藤一筋だから」  瞳を揺らさずに、視線を強める。 「俺はお前だけだ。心配されるのが嫌なんじゃない。けど、俺を信用してほしい……もっと」 「悪かった。信用はしてる。おかしいってのは自分でわかってるが、お前……マジで最近、バリアがねぇから……」 「は……!?」 「さわれるとこにありゃ、手出したくなるもんだろ。狙うヤツがいて当然だ」 「俺……変わったか? 見てわかるくらい」 「かわいくなった」 「やめろそれ。錯覚だ。お前以外にそうは見えてない」 「違うぞ。上沢も言ってたろ。食べ頃でうまそうだってな」  溜息をついた。  上沢も涼弥も。何で朝からそういうこと平気で口にする?   エロさ増したっつっても、まだまだな俺……普通に恥ずかしいわ。 「俺は食いもんじゃないけどさ。だとしても、食えるのはお前だけ」  涼弥が目を細める。嬉しそうってより切なげな瞳。 「食い尽くしたい」 「いいよ」 「……簡単に言うな。図に乗っちまう」  照れた様子の涼弥に、口元がほころぶ。 「学校だから、この話はここまで。また、時間ある時な」 「来週まで、昼も放課後も……毎日補習だ」 「何教科?」 「……今は、2」  すでに2教科、赤点の追試か……。 「じゃあ、とりあえず水曜。俺、部活出るから」  廊下の向こうから、担任の小泉が歩いてくる。2-Aの久保木もいる。 「お前が街に出ないなら。帰る時間合わせるよ」 「わかった」 「何かあったら連絡しろ。何もなくても、したかったら。俺もする」 「ああ……」  まだいろいろ言いたげな視線を絡めて外し、俺たちはそれぞれの教室に急いだ。    中間考査の答案返却と、その解説メインの授業も一段落した月曜の昼休み。  俺と御坂は、金曜に聞けなかった寮での出来事と話の内容を(かい)から聞いた。  Cルームから江藤の部屋に行くと、ドアの前に天野がいた。御坂に連絡する間もなかったし、身の危険も感じなかったそう。  で、まずは噂について。  レイプしたってのは、脅して広めさせた嘘。  レイプはしてない。  寮の部屋や生徒会の仮眠室、人気のない場所に強引に連れ込んだことはあれど。プラス、誘ってその気にさせるのに、多少の接触はしたけども。  相手が自分から突っ込む以外……つまり、合意のない状態でムリヤリセックスしたことはない。  だから、逆レイプもしてない。  次に。逆レイプか合意の上かの疑問が残るけど、セックスした相手を脅して偽の噂を流させた理由。  実際の被害者なしでも。レイプ魔だって噂が立てば、とりあえず警戒はされる。  細身で背も俺と変わらない江藤がレイプ魔となれば、腕力以外に何か使ってるのかもって勝手に想像もされる。武器とか薬とか。  現に、噂されるようになってからの江藤は、一度も襲われてない。1年の時は月に2、3度は危険な目にあってて……天野が助けられなかったこともあった。  だから、レイプ魔って裏の顔を作った。  最後に。  逆レイプスレスレまでして、セックスするのは何故か。  噂についてもその理由も、そして、これも。だいたいは、上沢が俺に話した内容と同じ。  したくなる。  ハッキリ言えば、犯されたくなる。  江藤は凱に、こう言ったそうだ。 『その気にさせたあとは、一方的に犯されたい。その恐怖と快楽の中で堕ちたい。これがあるから、まともな顔して生きていられる。俺はどこか、狂ってるんだよ』  自分を狂ってるって言う江藤は、上沢の見立て通り病気っていうか……病んでるのか?  病んだ心と特殊な性癖のボーダーがどこかわからない。  相手のそれをすべて受け入れられるほど好きになれるって、危険な気もするけど……羨ましい気がする。 「でさ。やりたくならない? 好きに抱いていーよって誘ってくんの」  一通りの話を聞いたあとの状況を、凱が続けた。

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