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33-2 役員にはなりたくないです

 5限が終わってすぐ、A組に行って涼弥を呼んだ。 「何かあったのか?」  廊下の端で眉を寄せる涼弥に、急いで否定する。 「いや、平和。なんだけど、俺……生徒会役員選挙に出なきゃいけなくなった。立候補いなくて」 「何……どうしてもか……!?」 「うん。学級委員だから仕方ない」 「うちは二人出るぞ。ひとり、そっちにやる」 「無理だろ」  必死に本気で提案する涼弥に笑う。 「A組は誰が?」 「上沢と三崎。それより、やめる方法考えろ。役員なんかなったら危ない」  それは偏見。危なくはない……けど。その前に。 「よせ。役員にはならない」 「選挙に出ればなっちまう。目立ちゃよけい狙われる」  狙われるうんぬんは置いといて。 「こんなやる気ないヤツ、選ばれない……はず」  だよな……?  まさか、マジで生徒会なんて……無理!  眉間に皺を刻んだままの涼弥と見つめ合う。 「とりあえず……選挙は俺が出るしかないんだ。玲史(れいじ)紫道(しのみち)は風紀に立候補するからさ」 「やめれねぇのか……」 「うん。放課後、届け出して部活行く。補習終わったら連絡して」 「ああ……待ってろ」 「じゃあ、あとでな」  思案顔の涼弥と別れ、教室に戻った。  そして。6限、SHRと終わり。  重い足取りで生徒会室に向かう。  はぁ……マジで気が重い。  最近ていうか、涼弥とつき合い始めて数日。気がかりは、いかにあいつに不要な心配かけずに済むかってことばっか。  それ以外は、いたって順調だったからな。  突然のデカいストレスに……気持ちがついてけない感じ。 「失礼します」  部屋に入ると。 「あ、將梧(そうご)くん。いらっしゃい」  会長の席から立ち上がった江藤が、デスクの前で出迎える。脇には天野。 「あの……立候補の届け出を持ってきました」  無言で伸ばされた天野の手に、2-Bの学級委員3人の名前が書かれた用紙を渡す。  俺をジッと見つめたまま、江藤がフッと息を吐いた。 「この前はすまなかったね。きみにも迷惑かけちゃって」  金曜の出来事を一気に思い出して身を硬くする俺に、江藤がふんわりとした笑みを浮かべる。 「俺のこと、(かい)くんから聞いたんだろ? (とおる)もきみに話したって言ってたから、弁解はしない。俺はどうしようもない淫乱で、きみの友達をレイプしようとした男だ」  声をひそめるでもない江藤の言葉に反応してか。大テーブルで何やら作業中の書記の加賀谷が、こっちにチラリと視線を向ける。  目が合った俺に、やれやれってふうに両肩と口角を上げて見せた。  知ってるんだ。江藤の本性……ここでは公然の秘密だったりするのか? 「そ……」  んなことありません、とは言えず。 「そうですね」  肯定した。 「二人に聞いた話が事実なら。はじめから相手が合意してれば、好きなだけセックスするのはかまわないと思います。でも、レイプは……やめてください」 「うん。ああいうことはもうしない」  ちょっとエラそうに意見した俺に素直に頷いて、江藤が天野を見る。 「セージも謝って」 「俺も同罪だ……てより、脅しと噂は俺がやった。そっちのが悪い。すまなかった」  天野が俺を見据える。 「(じゅん)の噂、そのままにしてくれるんだってな」 「これ以上、被害者が増えなければ……です」 「ああ、増やさない。感謝する」 「礼は俺じゃなく、凱と上沢にしてください。江藤さんを凱が許して、上沢が本気で思ってる……だからです」 「そうだな。柏葉にあらためて詫び入れに行ったが……あれはどういう男だ?」 「凱は何て……?」  天野が表情を緩めた。 「『じゃあ、俺がやりたくなった時に1回抱かせて』。そう言いやがった」 「あーそれは……」  普通に。素で思って言ったんだろうけど……出来ればやめてほしい。上沢に悪いだろ。 「江藤さんが拒否すれば、じゃあいいやってなると思うので……お詫びに相手するとかは、しなくても大丈夫です」 「俺は凱くん気に入ってるから、いいんだけどね」 「ダメだ。お前には透がいる。柏葉の件でハッキリわかったはずだ。もうほかの男は必要ない」 「そうかな」 「そうだ」 「透は俺にやさしいからね。無理してほしいモノくれてるんだよ」 「それでお前がムチャしねぇなら、無理する価値があるんだろ」 「あの……俺、もう行きます」  江藤と天野の会話がディープな域に入る前に、退散したい。 「待って。將梧くん」  軽くお辞儀して去ろうとして、呼び止められた。 「きみとあの動画の杉原。つき合ってるの内緒だって透に言われたけど、3年に知ってるヤツらがいる」 「それはもういいです。隠さないことにしました」 「そう。よかったよ。きみ、全校集会のあとに会った時より色気増してるから。フリーでいないほうがいい」  え……アナタに忠告されるほど……!?  怪訝な顔をする俺を見て。 「無自覚なのは厄介だね」  クスリと笑う江藤に、天野が手に持った紙を渡す。俺の名前が書かれた届け出だ。 「お前の男は気が気じゃねぇな、早瀬」  天野の笑みはちょい暗め。 「おまけに、水本とやり合ってんじゃ……この先も大変だぜ」 「動画の件は解決しましたから」 「將梧くん、生徒会なんかやりたいの? 重労働だよ?」  江藤に意外そうに尋ねられ。 「いえ。うちのクラス、立候補がいなかったので」  現役員の前で申し訳ないと思いつつ。 「役員にはなりたくないです。どうにか、棄権とか……出来ませんか?」  僅かな希望を込めて聞いてみた。  無理なら、万が一にも当選しないように裏操作をしてほしいけど……。 「ごめんね。俺は色狂いでも、生徒会の仕事は手を抜かずにやってるから。きみのクラスだけ候補者なしを認めたり、選挙の不正はしないよ」 「諦めろ」  ニッコリ笑顔でノーを告げる江藤に続き、天野も容赦ないひとことを加える。 「その代りってわけじゃないけど。俺からの謝意として、淳志(あつし)……水本のことを教えてあげる」 「は……? 水本……?」 「きみたち、あいつに何かした?」  あー……した……かな。玲史とキスしてる画像……撮らせてもらった。 「怒ってるんだよね。何故か理由は言わない。でも、あの動画のことで反撃されたと思うんだ。外傷はなくても」  黙ってた……無言は肯定。 「だから、水本が今度また、きみたちに何か悪さしようとしてたら。教えるよ」  え……本当に!? 「詳細は知ってても話さない。何か企んでるから気をつけろって言うだけ。もちろん、水本を止めはしないし、きみたちを助けもしない」  江藤を見つめる。  強く冴えた、狡猾そうな瞳。この瞳が怯えて欲情に濡れるのは、確かにそそられるかもしれない……って。  何うっかり攻め思考で観察しちゃってんだ俺! 「ありがとうございます。十分助かります」  気を取り直して、善意に感謝して。 「選挙、楽しみにしてるよ」  ブルーな気分に戻って、生徒会室を出た。

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