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33-3 俺も立候補したぞ

 美術部は、ほとんど活動してない天文部の次にゆるい部だ。  好きな日に出て、好きな絵を描いてよし。いつまでに何を仕上げなきゃいけないって課題もなければ、週何回は活動すべしって強制もない。  部活動っていうより、自分の自由な創作活動の場があるって感じ。  今日、部に出てるのは……ほぼ毎日いる3年の部長、シン先輩。そして、1年生二人と俺の4人。  それぞれが、思い思いに自分の制作に没頭してる。  水彩紙を水張りしたパネルに、新たな水彩画の下書きを鉛筆でラフに描いた。ミリペンを入れ始めたところで、ケータイが震える。  涼弥からのメールだ。 『終わった。昇降口にいる』  了解って返信して、パネル片づけて。部員にお先にって声かけて、美術室を出た。  ダッシュで昇降口へ。 「お待たせ」  ちょっと息を切らした俺に、涼弥が笑う。 「早いな」 「今日は絵の具使ってないからさ。物理の追試、どうだった?」 「大丈夫……のはずだ」 「よかった」  靴に履き替えて、外に出た。 「將梧(そうご)」 「ん?」 「俺も立候補したぞ」 「は……!?」  立ち止まりかけた俺の背を押し、涼弥が足を進めさせる。 「生徒会じゃない。風紀にな」 「なん……え? ほんとに……?」 「お前が選挙に出るしかないなら、ほかに守る方法ねぇだろ」 「守るって……」  涼弥の横顔を見つめながら歩く。 「風紀委員になることがか?」 「そうだ。あいつら、生徒会の連中にいろいろ関われて、唯一対等だからな。ヤバい時にゃ手を貸せる」  対等っていうか、監視してるっていうか……仲良いイメージ、ないんだけども。  学園の秩序と安全を守る風紀委員は、毎年10人前後で構成されてる。  でも。  メンバーは公の場で紹介されず、名前の公表のみ。だから、興味があって自分で見に行くか、知ってる人間以外は顔がわからない。  生徒会役員のほかには。何かやらかして風紀のお世話になったヤツしか、関わらない組織だ。  その風紀委員に。  涼弥がなるのか……!?  いや。なれるって決まっちゃいない。まだ立候補の段階だし……てか。  来季の委員はスカウト制じゃなく、立候補を募るっていっても。  選挙なしで現委員が独自に選ぶってことは、選ばれる基準も公平性も未知……ていうより、ないよね。 「お前に聞いてすぐ、上沢に言って届け出に書いてもらった。明日の昼、風紀の本部に行く」  強い瞳で、涼弥が俺を見る。 「安心しろ。俺は、出来る限りお前の近くにいる。そのためなら何だってしてやる」 「涼弥……」  そう、言ってくれるのは嬉しい。  口だけじゃなく行動してくれて。  風紀委員なんて、面倒なのに。俺のために……。  ただ……たださ。  俺が生徒会役員にならない可能性……あるじゃん? ないのか……!? 「ありがとな。でも、俺が役員にならなくても、お前……風紀やることになっちゃうんじゃ……」 「大丈夫だ。風紀のヤツに聞いたら、代わりの人間出して認められれば交代オーケーだそうだ」 「へぇ……なら、大丈夫……かな」 「あとは、今の風紀に認められるかどうかだが……」 「それはまぁ、なんとかいけるんじゃないか? お前、ケンカ強いし。風紀乱すヤツ、十分制圧出来るだろ」  涼弥が僅かに眉を寄せた。 「何か問題あるのか?」 「風紀委員長と……この前揉めたからな。不利なのは、高畑も同じか」 「え……? この前って水本の?」 「ひとりいただろ。うちの学校の制服。お前を押さえつけた男だ」  驚く俺に、涼弥が薄く微笑む。 「あいつが風紀を仕切ってる、瓜生(くりゅう)圭佑(けいすけ)。知らなかったか?」 「名前しか……な」  ディスガイズでの、爽やかな外見の瓜生を思い出す。 「あの時、いいヤツかもって思ったよ」 「ヤワそうに見えていい腕だぞ。でなけりゃ、風紀は務まらないだろうが」 「にしても。風紀委員長があの男って……」  水本と仲悪い涼弥は、印象よくないよね。玲史も、あんなことしたし……。 「やっぱり不利だと思うか?」 「たぶん……あ。でも、選ぶ基準がわかんないだろ。ケンカ慣れした人間ほしいかもしれないし。デカくて強面は有利かもな」  涼弥が息を吐いた。 「面接かテストか。何だとしてもやってやる」 「ん。がんばれ」  励ます俺……って。  あれ? いつの間にか、自分が生徒会やる前提になっちゃってるじゃん!  その未来、簡単に受け入れるほど軽くないのにさ。 「ああ。日本史のテストじゃなけりゃな」 「それはない」  笑いながら。駅に着いた俺たちは、まっすぐ改札へと向かった。  電車を降りて、住宅街に歩いてく。  俺の家と涼弥の家は反対の方向にあって。ちょうど帰路が別れるところに公園がある。  時刻は7時になるところ。  日は落ちて暗いけど、遅い時間じゃない。 「うち、寄ってくか?」  聞いたのは、純粋に。まだ離れがたかったから。 「そうしたいが……やめておく。帰れなくなっちまう」 「ん。今度また、ゆっくり時間ある時な」  涼弥の瞳が切なげに細まる。 「5分だけ……こっち来い」  足を止めたのは、人気のない公園の中。  縄の架け橋が滑り台へと繋がってる、城だか要塞だかを模した木造の遊具。大きく入り口の空いたその内側に、二人で入った。  子供の頃によく遊んだ秘密基地みたいなこの空間……今の俺たちには窮屈だ。 「涼弥……ん……」  キスは好きの表れで。  軽く触れてくる涼弥の唇をぺろりと舐めて、舌を差し込んだのもそのせい……。  涼弥の口内を舐って舌を吸う。その舌が俺のに絡みついて、上顎を這う。 「ふ……んっ……はぁっ……」  どうしよう……すぐ気持ちよくなる……。 「は……將梧……まて……」  涼弥が唇を離し、顔を上げた。 「あんまり……エロいキスするな」 「な……んだよ。お前も、じゃん」 「ちょっとはセーブしろ。俺が暴走しそうになったら、お前が止めなけりゃならねぇんだぞ」  何ソレ! なんか、理不尽だよね? 「するのか? 暴走。公園で」 「これ以上続ければ……な」 「じゃあ、これでやめる」  涼弥のネクタイを引っ張って、頭を下げさせて。  もう一度、突き出した舌で涼弥の唇を割った。熱い舌を見つけてジュッと吸い、ぐるりと舐め回してから放す。 「ん……気持ちよくて……俺もネジ飛ばない自信ないからさ」  欲の浮かんだ涼弥の瞳を見つめて、自分の欲を抑えて口角を上げた。  涼弥がぎゅっと目を閉じて開き、深呼吸する。 「ここ出るぞ。お前がまともなうちに」  涼弥に押され、夜の空の下に出た。  確かに。  欲情のコントロールは大事なスキルで。涼弥より俺のほうが、僅かに理性のもちはいいかもしれないけど。  ほしい気持ちは同等にあって、快感に弱いところが自分にあるのも知ってる俺。  過信するのは危険だよな。

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