138 / 246
33-3 俺も立候補したぞ
美術部は、ほとんど活動してない天文部の次にゆるい部だ。
好きな日に出て、好きな絵を描いてよし。いつまでに何を仕上げなきゃいけないって課題もなければ、週何回は活動すべしって強制もない。
部活動っていうより、自分の自由な創作活動の場があるって感じ。
今日、部に出てるのは……ほぼ毎日いる3年の部長、シン先輩。そして、1年生二人と俺の4人。
それぞれが、思い思いに自分の制作に没頭してる。
水彩紙を水張りしたパネルに、新たな水彩画の下書きを鉛筆でラフに描いた。ミリペンを入れ始めたところで、ケータイが震える。
涼弥からのメールだ。
『終わった。昇降口にいる』
了解って返信して、パネル片づけて。部員にお先にって声かけて、美術室を出た。
ダッシュで昇降口へ。
「お待たせ」
ちょっと息を切らした俺に、涼弥が笑う。
「早いな」
「今日は絵の具使ってないからさ。物理の追試、どうだった?」
「大丈夫……のはずだ」
「よかった」
靴に履き替えて、外に出た。
「將梧 」
「ん?」
「俺も立候補したぞ」
「は……!?」
立ち止まりかけた俺の背を押し、涼弥が足を進めさせる。
「生徒会じゃない。風紀にな」
「なん……え? ほんとに……?」
「お前が選挙に出るしかないなら、ほかに守る方法ねぇだろ」
「守るって……」
涼弥の横顔を見つめながら歩く。
「風紀委員になることがか?」
「そうだ。あいつら、生徒会の連中にいろいろ関われて、唯一対等だからな。ヤバい時にゃ手を貸せる」
対等っていうか、監視してるっていうか……仲良いイメージ、ないんだけども。
学園の秩序と安全を守る風紀委員は、毎年10人前後で構成されてる。
でも。
メンバーは公の場で紹介されず、名前の公表のみ。だから、興味があって自分で見に行くか、知ってる人間以外は顔がわからない。
生徒会役員のほかには。何かやらかして風紀のお世話になったヤツしか、関わらない組織だ。
その風紀委員に。
涼弥がなるのか……!?
いや。なれるって決まっちゃいない。まだ立候補の段階だし……てか。
来季の委員はスカウト制じゃなく、立候補を募るっていっても。
選挙なしで現委員が独自に選ぶってことは、選ばれる基準も公平性も未知……ていうより、ないよね。
「お前に聞いてすぐ、上沢に言って届け出に書いてもらった。明日の昼、風紀の本部に行く」
強い瞳で、涼弥が俺を見る。
「安心しろ。俺は、出来る限りお前の近くにいる。そのためなら何だってしてやる」
「涼弥……」
そう、言ってくれるのは嬉しい。
口だけじゃなく行動してくれて。
風紀委員なんて、面倒なのに。俺のために……。
ただ……たださ。
俺が生徒会役員にならない可能性……あるじゃん? ないのか……!?
「ありがとな。でも、俺が役員にならなくても、お前……風紀やることになっちゃうんじゃ……」
「大丈夫だ。風紀のヤツに聞いたら、代わりの人間出して認められれば交代オーケーだそうだ」
「へぇ……なら、大丈夫……かな」
「あとは、今の風紀に認められるかどうかだが……」
「それはまぁ、なんとかいけるんじゃないか? お前、ケンカ強いし。風紀乱すヤツ、十分制圧出来るだろ」
涼弥が僅かに眉を寄せた。
「何か問題あるのか?」
「風紀委員長と……この前揉めたからな。不利なのは、高畑も同じか」
「え……? この前って水本の?」
「ひとりいただろ。うちの学校の制服。お前を押さえつけた男だ」
驚く俺に、涼弥が薄く微笑む。
「あいつが風紀を仕切ってる、瓜生 圭佑 。知らなかったか?」
「名前しか……な」
ディスガイズでの、爽やかな外見の瓜生を思い出す。
「あの時、いいヤツかもって思ったよ」
「ヤワそうに見えていい腕だぞ。でなけりゃ、風紀は務まらないだろうが」
「にしても。風紀委員長があの男って……」
水本と仲悪い涼弥は、印象よくないよね。玲史も、あんなことしたし……。
「やっぱり不利だと思うか?」
「たぶん……あ。でも、選ぶ基準がわかんないだろ。ケンカ慣れした人間ほしいかもしれないし。デカくて強面は有利かもな」
涼弥が息を吐いた。
「面接かテストか。何だとしてもやってやる」
「ん。がんばれ」
励ます俺……って。
あれ? いつの間にか、自分が生徒会やる前提になっちゃってるじゃん!
その未来、簡単に受け入れるほど軽くないのにさ。
「ああ。日本史のテストじゃなけりゃな」
「それはない」
笑いながら。駅に着いた俺たちは、まっすぐ改札へと向かった。
電車を降りて、住宅街に歩いてく。
俺の家と涼弥の家は反対の方向にあって。ちょうど帰路が別れるところに公園がある。
時刻は7時になるところ。
日は落ちて暗いけど、遅い時間じゃない。
「うち、寄ってくか?」
聞いたのは、純粋に。まだ離れがたかったから。
「そうしたいが……やめておく。帰れなくなっちまう」
「ん。今度また、ゆっくり時間ある時な」
涼弥の瞳が切なげに細まる。
「5分だけ……こっち来い」
足を止めたのは、人気のない公園の中。
縄の架け橋が滑り台へと繋がってる、城だか要塞だかを模した木造の遊具。大きく入り口の空いたその内側に、二人で入った。
子供の頃によく遊んだ秘密基地みたいなこの空間……今の俺たちには窮屈だ。
「涼弥……ん……」
キスは好きの表れで。
軽く触れてくる涼弥の唇をぺろりと舐めて、舌を差し込んだのもそのせい……。
涼弥の口内を舐って舌を吸う。その舌が俺のに絡みついて、上顎を這う。
「ふ……んっ……はぁっ……」
どうしよう……すぐ気持ちよくなる……。
「は……將梧……まて……」
涼弥が唇を離し、顔を上げた。
「あんまり……エロいキスするな」
「な……んだよ。お前も、じゃん」
「ちょっとはセーブしろ。俺が暴走しそうになったら、お前が止めなけりゃならねぇんだぞ」
何ソレ! なんか、理不尽だよね?
「するのか? 暴走。公園で」
「これ以上続ければ……な」
「じゃあ、これでやめる」
涼弥のネクタイを引っ張って、頭を下げさせて。
もう一度、突き出した舌で涼弥の唇を割った。熱い舌を見つけてジュッと吸い、ぐるりと舐め回してから放す。
「ん……気持ちよくて……俺もネジ飛ばない自信ないからさ」
欲の浮かんだ涼弥の瞳を見つめて、自分の欲を抑えて口角を上げた。
涼弥がぎゅっと目を閉じて開き、深呼吸する。
「ここ出るぞ。お前がまともなうちに」
涼弥に押され、夜の空の下に出た。
確かに。
欲情のコントロールは大事なスキルで。涼弥より俺のほうが、僅かに理性のもちはいいかもしれないけど。
ほしい気持ちは同等にあって、快感に弱いところが自分にあるのも知ってる俺。
過信するのは危険だよな。
ともだちにシェアしよう!