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34-1 愛されてるね

 あのあと、少なからず昂った心身をクールダウンさせるために。俺と涼弥はもう30分くらい、夜の公園で過ごした。  もちろん、ガキみたいに遊ぶわけじゃなく。さすがに、高校生男子2人がはしゃいで遊具ガコガコ鳴らしてる光景はサムイからな。せいぜい、ブランコに腰下ろして喋る程度。  公園のせいか。話したのは、小学校時代の思い出や、俺が寮に入ってた中学の頃のこと。 『お前が学校で襲われそうになったって聞くたび、俺がどんな思いしてたかわかるか?』  涼弥に静かな声で聞かれた時、答えられなかった。  当時、すでに俺に恋愛感情を持ってた涼弥が、ほかの男に性的対象として見られて……レイプしようと触られたり何だりされた話を聞かされて。  そうしたヤツに怒ったか。  仕返し出来なくて悔しかったか。  近くにいられなくて心配したか。  涼弥の気持ちを全く知らなかった俺は……。  男だけの中学生活の特異さを、軽い口調で笑い話っぽく話したよな。  しかも、一度じゃなく。  だから、俺に言えたのは、『ごめん』のひと言だけ。 『お前は女も男も興味ないって言ってたから、安心してたのにだぞ?』  言われて、もう一度『ごめん』。 『でも、襲われるのは不可抗力だろ? 興味なかったのはほんとだし。高校上がって、先輩にやられかけた時まで……お前とするまで、キスもしたことなかったんだからな』  俺の言葉に、何故か涼弥の眉間に皺が寄った。不快ってより、嫌なコトを考えて苦痛を感じたみたいに。  あのレイプ未遂を思い出したのか。  俺もちょい思い出したけど、もう全然平気。遠い過去だ。  そのあとの涼弥はごく普通で。  また土曜か日曜遊ぶかって話して。俺と涼弥はそれぞれの自宅に帰った。  翌日の木曜。  何事もなく平和な今日の5、6限目は、芸術の時間だ。  俺の選択は美術。  美術室の作業台で、(かい)玲史(れいじ)と向かい合って絵を描いてる。 「風紀の立候補、オッケーだったよ。紫道(しのみち)も」  鉛筆を手に、玲史が口を開く。  ギリギリに美術室に来た玲史は、昼休みに風紀委員の本部に行ってたはず。立候補者の認定をもらいに。 「あと杉原もね。風紀やるのって、將梧(そうご)のため?」 「涼弥、大丈夫だったんだ」  ホッとして呟いて、玲史を見る。 「俺が選挙出るからだよ。もし、役員になっちゃった場合……風紀委員なら近くで助けられるから……って」 「へーすごい。愛されてるね」  愛……!?  その言い方は照れる……激しく! 「涼弥はほんとまっすぐだよな。好きだから、で動くじゃん? 口だけじゃねぇしさー」  凱も続ける。 「うん……」  まっすぐで強い思い……俺も返せてるかな。 「好きも心配も。そこまでされると重くない?」 「いや。重くないよ。そんなに心配するなっては思うけど」  玲史に聞かれ、あらためて考えてみても。涼弥の気持ちを負担に感じたことはない。 「ちょこっとでも浮気したら大変だね」 「しないから大丈夫」 「過去の男にも嫉妬しそう。あ。経験は女だけ? 男はあるの?」 「あー……うん。一度だけ……タチで」  ないって、堂々と言えればよかったか?  ほんのチラッと。  視線が凱にいっちゃったけど。  鉛筆を動かしてた凱は手元から目を上げなかったから、あやしい目配せにはならず。 「ふうん……將梧がタチでか」  玲史が俺をじっくりと見る。  いつも思う。  玲史の目、スキャン機能ついてるよねきっと。  凱もだけど、洞察力高い人間の前で隠し事するのってキビシイ……だから正直に答えたの。もう逃して。  誰と……って。聞いてくれるなよ!? 「じゃあ、相手に口止めしとかないとね」 「え? 何で?」  追及を免れるも、意外な言葉に問う。 「つき合う前のことじゃん」 「杉原は気にするタイプでしょ。相手にも迷惑だし。男とは経験ないで通せばいいよ」 「……男とやった話はセックスしてから聞くけど……あるかないかだけ教えろって。で、タチは一度あるって言った」 「あーあ。隠しとけばよかったのに」 「お前はそのほうがいいのか?」 「僕はどっちでもいい。知られたくない過去なら聞き出す気ないし。全部知ってほしいなら聞くし」 「涼弥は知りたいんだ。全部。俺も……隠すつもりない。悪いことしてないしさ」 「あるってだけ知ったら、よけい気になって想像して。ひとりで幻に嫉妬してるんじゃない?」 「それは、つらい……けど。涼弥が聞きたいタイミングで話すよ」 「適当に安心させれば? 後輩に頼まれて仕方なく、とか」 「俺、そんな理由で出来ない」 「將梧の好きにしていーんじゃん?」  顔を上げた凱が、話に加わる。 「嘘つきたくねぇんだろ?」 「うん。つかれるのも嫌だ。どうでもいいことなら別にいいんだけどな」 「そういうことか」  玲史が納得したふうに頷いた。 「杉原も將梧も。セックスするって行為、大切にしてるんだね」 「そー。お前にはわかんねぇ感覚」 「凱もでしょ」  玲史と凱が笑みを交わす。二人の瞳は鋭くて……暗い。 「とにかく、嘘ついて隠されると……あとで知った時、よけい重く感じるだろ。ちゃんと言わないと、あり得ない誤解させるかもしれないしさ」 「この前のも、杉原が誤解してつけ込まれたんだっけ?」 「半分はそう。だから学んだ。涼弥に疑わせない。気持ちは素直に伝える」 「駆け引きも楽しいのにな」 「悪だくみじゃねぇの?」  凱の言葉にハッとした。 「水本、あれから何もないか? あの……写真のことで」 「うん。保険、効いてるみたいねー」 「僕にもないよ」  二人の答えに安堵する。 「すれ違った時、照れて目逸らされたくらい」  玲史。それ、照れてるんじゃないと思うよ? 「完全フリーなら相手してもよかったけどな」 「へー落ちたの? 紫道」 「もうすぐそこ。風紀委員になったらオッケーだって」  嬉しげに凱に報告する玲史。 「そのおかげで。俺が選挙出るんだからな。つき合うなら大事にしろよ」 「もちろん。やっとだもん」 「あんまいじめんなよ。紫道はタフそうだけどさ」  玲史が肩を竦めた。 「あ。將梧。選挙、俺が出てやれねぇ代わりに、ほかのサポートはするねー」 「え? うん……」  サポートって何だろうと思いつつ。 「ありがとな。いつも、いろいろしてくれてるじゃん? お前は、助けほしいことないか? 困ってることとか」 「ん。今んとこ大丈夫。追試が面倒なのだけ」 「補習しっかり受けてがんばれ」 「オッケー」  凱の笑顔に笑みを返した。

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