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34-2 今日は行けない

 2限続きの芸術の合間の休み時間に、書道をやってる第2多目的教室に行った。 「涼弥!」  呼びながら教室に入り、涼弥のいるところへ。紫道(しのみち)も一緒だ。 「よかったな、立候補オーケーで。紫道も。玲史(れいじ)に聞いた」 「ああ。面接は瓜生(くりゅう)だったが……うまくいったぞ」 「俺はギリギリだな。玲史は余裕そうだった」  得意満面な涼弥の横で、紫道が苦笑する。 「へー委員長自ら審査したのか」  風紀の面接で何を聞かれて、何を基準に選ぶのかわからないけど。  3人とも受かってっていうか、立候補者になれて何より。 「正式にはいつ決まるんだ?」 「告示は学祭終了時だ。それまで、委員の仕事を手伝わせて働きを見るらしいが……よっぽどじゃなけりゃ、取り消しはない」 「そうなの?」  ちょっと驚いた。 「立候補を認める時点で数合わせしてるんだ。俺と玲史と涼弥のほかに2年が3人。1年が4人。あと、現委員の2年が2人継続」  紫道が説明してくれる。 「今日、委員長に落とされたのが5人いた」 「けっこう……厳しかったんだな」 「玲史の賭け、勝率は6割ってところだったが……」 「あいつは10割の気でいただろ」  確かにと、紫道が小さく溜息をついた。 「ほんとにいいのか? やっぱり嫌なら、玲史は無理強いしないと思うよ」 「わかってる。嫌ってわけじゃない……俺の意思だ」 「そっか」  どう進むかは当人次第だけど、見守ってるからな。  心で応援して微笑んで。 「あ……涼弥には……」 「今日話した」  涼弥を見ると、俺と紫道に向ける眼差しはあたたかい。  俺が仲良くする相手の。心配するしないの涼弥の基準も、わりと謎だ。  特定の相手がいる上沢にも警戒するのに、紫道にはしてないっぽい。フリーだった時は心配してたかもしれないけどさ。 「高畑とってのは、なんていうか……意外だった」  涼弥が困った顔で見やった先で、紫道が笑う。 「俺に言ったんだよ。將梧(そうご)を狙ってるなら諦めてくれって」 「そう見えちまった。去年から仲良かったからな」 「じゃあ、玲史も?」 「……あいつがタチとは思わなかった」 「いろいろ噂あったの聞いてたろ?」 「腕っぷしが強いのと、ゲイなのは知ってたぞ」  でも。ネコだと思ってて、俺を抱く心配はしてなかったと。 「今は?」 「そりゃ……」  涼弥が言い淀む。  続きはきっと……。  『心配するに決まってるだろ』   ただ……紫道の前で言うのは、よろしくないよね。 「キッチリ掴んどけ」  紫道に視線を向けて、涼弥が続けた。 「よそ見しねぇように」 「玲史が俺とつき合いたいのは、好奇心ってのが強い。そもそも、あいつに恋愛感情ってもんが備わってるかどうかさえあやしい」 「そんなことない……よ」  根拠なく否定する俺。 「だって……」  言葉に詰まった。思いつかなくて。 「いいんだ。俺も大して変わらないからな」 「でも……好きだろ?」 「まぁ、うん……広い意味では好きだ」  口角を上げたまま頷く紫道にホッとするも。 「ただ、心も身体も自信はない。ガッカリさせないといいが」  それ……ちょっと俺も不安。  涼弥を思う気持ちには自信ある。たっぷり。  でもさ。  身体には……自信ない。全く。  アナルをそんな目的で使ったことないんだから当然。不安になるのは自然だよね? 「『風紀になったら』は、ほぼ決まりだ。なるようになる。俺と玲史のことで気を揉むな」  珍しい、紫道のニヤリ笑い。  うん。大丈夫そう。 「ん。わかった」 「俺は絶対にガッカリなんかしねぇぞ」  真顔でそう言い切る涼弥。  うん。俺も大丈夫そうだ。 「じゃあ、そろそろ戻るよ」 「將梧」  涼弥が俺を呼び止める。 「今日は学校のあと予定あるのか?」 「沙羅とまたジム。今朝頼まれてさ」 「何時までいる?」 「7時頃かな。来るか?」 「6時までに行ければ寄る」 「無理なら連絡入れといて」 「ああ」 「あとでな」  笑みを交わして、教室を出た。  放課後。  ジムの筋トレマシンをを熱心にこなした。  もっと筋力と体力をつけないと。学祭に選挙に涼弥とエロいこと……この秋は、心身ともにハードだからな。  沙羅も、珍しく筋トレに精を出してる。  バランスいい身体を作るためか。女のコも、腹筋割りたいとかあるのか?  先にトレッドミルで軽くランニングしてると、沙羅が隣のマシンに来た。  俺と同様に。今日は傾斜をつけて、速度もゆっくりじゃなく走るらしい。 「最近、やる気ある、じゃん」 「学祭あるから。磨いておきたいの」  息を切らしながら尋ねる俺に答え、沙羅も走り出す。 「お前んとこ、水着コンテスト、でもやるのか?」  緋隼学園の学祭は、うちの翌週だ。 「ないわよ。でも、来るでしょ。樹生(いつき)が」 「だから?」 「ほかのコに目移りしないように……気休めだけど」  へぇ……かわいいとこあるな。 「あと、そっちにも行くから」  から……?  横目で沙羅を見る。 「少しでもキレイにしてったほうが嬉しいじゃない?」 「誰が?」 「樹生が」  沙羅を見つめながら。マシンを止めた。 「もう休憩?」 「うん。そのあとまた筋トレ。交互にやる」 「それ、いいみたいね。筋トレマシンは苦手だけど、すごく肌にいいんだって。海咲(みさき)に聞いて、私もやることにしたの」  停止したトレッドミルから降りて、沙羅の前方に立つ。 「なぁ……御坂は心配しないのか?」 「何を?」 「ほかの男がお前を……って。学祭なんか、特にナンパ多いだろ」 「させたいの。不安に」  少し息を乱しながら、沙羅が強い口調で言う。 「いつも、私ばっかりだから」 「は……? 不安になんか、させないほうがいいじゃん」 「それは、涼弥が自分に一途だってわかってるからよ」  眉を寄せる俺を見て、沙羅が自虐的な笑みを浮かべる。 「一番に思われてる、自信がない人は、思うの。私を失くすかも、って不安に、させたい。心配されたい。嫉妬されたい」  途切れがちになってきたそのセリフの意味を考えて、息を吐いた。 「それ見て安心するのか? 自分のこと失くしたくないって思ってくれてるんだって?」 「そう。失くすの、怖いんだ、って」 「……俺は嫌だ。涼弥に心配されると、つらい」 「でも、好かれてるの、わかるでしょ。度が過ぎるとね。束縛に、なるけど」 「気悪くしたらごめん」  沙羅を見つめる。 「けど、それ……女の考え方だろ?」  涼弥の心配は、好きアピールじゃなくて素だ。  もちろん、俺だって。わざと心配させてるわけでも、されて安心なわけでもない。 「そうね。策略」 「男はそんなこと考えないもんな。心配されたいとか。それで何か計るとか」 「ダメね。將梧」  沙羅が走りながら首を横に振る。 「男のほうが、そういう心配、するのよ。本命には、だけど」 「そうか……?」 「独占欲が、強いのも、男。浮気を、許さないのも。だから……」  続きを待つ俺に。 「涼弥のことも、たまには心配、してあげて、みて?」  何そのアドバイス。 「俺、信用してるからさ」 「それとは、別」  微笑んだ沙羅がマシンの速度を上げるのを見て、腑に落ちないままそこを離れた。  6時を過ぎても。  7時になっても、涼弥はジムに現れなかった。  7時直前に、メールの着信が1件。 『今日は行けない』  それを見て、思惑も策略もなく……心配になった。

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