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34-3 ごめん……

 涼弥がジムに来なかった。 『6時までに行ければ寄る』  補習が長引いて遅くなったから、は普通にあり得る。  無理なら連絡入れといてってのにも、ちゃんと連絡入ってる。 『今日は行けない』  シンプルだけどさ。  ただそれだけなら、心配しない。  なのに、今心配してるのは……。  電話しても出ないから! 「出られない状況なんじゃない?」  ジムからの帰り道。  隣を歩く沙羅が言った。 「どんな? 補習はとっくに終わってる時間だし、満員電車ってのもないし。コールはしてる」  時間は7時20分頃。  家まであと4、5分のところ。 「誰かそばにいるとか?」 「人がいたって出るだろ」  沙羅が首を傾げて俺を見る。 「その人と一緒にいるって、將梧(そうご)に知られたくなかったら出ないかもね」 「は? そんなこと……」  あるわけないじゃん?  そう思うのに。  さっき、いろいろ沙羅に吹き込まれたせいか……。 「心配?」 「ほかの男のか? 心配じゃない……少なくとも、涼弥からどうのってのはない」  言いながら、ちょっぴり不安が。  浮気系のじゃないよ?  ただ、俺に内緒にしたい交友関係って……あるのか?  いや。あってもいい……か。  あ! 「あいつ、するなって言ってるのにケンカしたのかも。電話出たら、俺に何してたって聞かれるだろ。ケンカって言えないし、嘘つきたくないしで」 「本当のこと言えないからって、心配かけるのはいいんだ」 「お前が言ったんじゃん。心配されたい心理もあるってさ」 「ケガや安全の話はまた違うんだけどね」  それはわかってる。  でも……。 「將梧がそう納得したいならいいわよ」 「よくない。納得してない。でも……」  目を合わせた沙羅に、からかう気配がないことにホッとする。 「変な心配したくない」 「してもいいじゃない。心配って、そうなったら嫌だからするものでしょ」  暫く無言で歩いた。 「どっちも嫌だ」  溜息まじりで気持ちを口にする。 「危ない目にあってるのも……俺に言えないヤツと会ってるのも」  今の心情は、とにかく心配ってこと。 「恋してたら、それは当然」  沙羅がやさしい表情で頷く。 「ただし。悪い想像した分、ハッピーな想像もするのよ」 「ん。前向きにな。もう一回電話してみる」  もうすぐ。  角を曲がればうちが見えるところで、涼弥にコールする。  静かな住宅街に、呼び出し音が……。  え……?  あれ? ケータイから耳に聞こえるコール音と、直に空中から届くこの音……って!  涼弥……!?  家の前に立つデカい人影が、こっちを向いた。 「どうした……!?」  駆け寄った。間違いなく涼弥だ。どこも何ともなく元気そうだ。 「ここで待ってたのか? つーか! 何で電話出ないんだよ?」 「將梧」  俺を見て。  嬉しそうではあるけど……おかしな表情してる涼弥が、伸ばしかけた手を下ろす。 「気にしないで続けて。邪魔者は消えるわ。あ、ディープなのは、せめて庭のベンチに移動してからね」  追いついた沙羅が俺たちの横を通り、言いながら家の敷地に入る前に。 「沙羅。ここにいてくれ。俺はすぐ帰る」 「え……?」  驚く沙羅に負けないクエスチョンが、俺の頭にも浮かびまくり。  すぐ帰る……のはまだわかる。  ちょっと顔見に寄っただけだからとか。  腹減ってるとか。  けどさ。  沙羅にいてほしいって何?  俺と二人きりになっちゃマズいのか?  エロい気分にならないように?  自宅の敷地内は、公園よりプライベート空間なのに?  てか。  エロいっていうよりも。  つらい苦しい悲しい困った、どうしていいかわかんない……!  みたいな。  助けを求める顔してる。  プラス……向ける瞳が、俺を責めてる感じが……する。 「何かあったのか?」 「いや、何もない」  即答されて。立ち止ってる沙羅に視線をやると、微かに眉を寄せて小さく首を横に振った。  テレパシー会話はきっとこう。 『ほんとかな?』 『何もない、わけないでしょ』 「とりあえず。ちょっとだけこっち来い」  腕を掴んで、涼弥を庭へ。  おとなしく引っ張られた涼弥が、玄関先まで行かずに足を止める。  「何があった?」 「何もない」  振り向いて聞いた俺を見つめ、涼弥が答える。 「遅くなってジムに行けなかったからな。顔見たくて来ただけだ」  今のセリフにそぐわない、切羽詰まった感。  責めるような瞳が熱を帯びる。 「嘘つくなよ」  涼弥は何も言わず。チラリと沙羅を見やってから、俺を抱き寄せた。 「会いたかっただけだ」  耳元で囁かれるその言葉に嘘はない。 『何もない』のが本当とも思えない……けど。  涼弥の体温。胸の鼓動。抱きしめる腕。みんな本物で、今ここにある。  だからもう、心配じゃない。  たとえ……何かを言わずに隠してるんだとしてもな。 「俺も会いたかった」  右腕を強引に上げて。額を俺の肩に乗せた涼弥の頭を撫でる。 「大丈夫だ。俺、ここにいるだろ?」 「將梧……」  涼弥の腕の力が強まった。 「ごめん……」 「何で謝る?」  間が空いた。 「ごめん……」  もう一度繰り返し、涼弥が顔を上げる。 「お前のこと話してるヤツらがいた。信じてるのに、不安になった」  感情を抑えてるのか、用意した理由なのか。  事実を伝えるだけみたいな棒読みのあと。涼弥が盛大な溜息をついた。 「嫉妬深い自分にうんざりだ。悪かったな」 「謝んなくていいけどさ。いちいち気にしてたら、お前がキツくなるだろ」  至近距離で、涼弥を見上げる。 「誰もお前に敵わないんだから。そんなの聞き流せ」 「……そうだな」  俺から逸らされない涼弥の瞳が僅かに揺れた。 「これからはそうする」  涼弥が、俺に回した腕を解く。 「電話に出なくて悪かった」  謝ってばっかだなと思いながら、微笑んだ。 「ん。何もなくてよかった」 「また……明日な」 「もう帰るのか?」 「ああ。今日は……お前といたら、何するかわからねぇ」 「え……?」 「何もしねぇうちに帰りたい。じゃあな」  涼弥が踵を返す。 「おい。待てよ」  道に出る直前で、涼弥の腕を掴んで止めた。  ほんの数秒、天を仰いだ涼弥が振り返り。大きく一歩戻って頭を屈め、俺に唇を重ねた。  ぶつけるようなそのキスは一瞬で。 「ごめん……」  そう言って走り去る涼弥を、ただ見つめるだけの俺。    涼弥……どうしたんだ?  不安のせいか? 嫉妬? ライバルなんかいないだろ? ひとりで誰と競ってる?  肩に手を置かれて我に返る。 「入りましょ」 「沙羅……」  ゆっくりと玄関に向かいながら、息をつく。 「涼弥……変だったよな」 「ちょっとね。言った通り、不安だったんじゃない?」 「にしてもさ」 「大丈夫よ」 「悪い。お前いるとこで」 「いいの」  家の鍵を手に、沙羅が輝く瞳で笑みを浮かべた。 「萌えたわ」  あー……そうだね。  キミにとって、今のはちっとも居心地悪くない。むしろエンタメ。  楽しげな沙羅に続いて家に入り。部屋でひとりになって、ふと考えた。  BLワールドだったら。  『ごめん』を繰り返す理由は……罪悪感か?  言えない秘密。心変わり。  あとは……浮気とか。  リアルに重ねて頭を振った俺。  まさかな。

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