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35-1 クールだ

 翌朝の金曜日。  寝坊した。  寝過すのなんて、半年に一回あるかないかなのに。  いつもの時間を30分過ぎても姿を見せない俺を、沙羅が声かけて起こしてくれたから助かった。  まぁ、普段ゆとり持って起きてるおかげで、ちょっと遅く起きたからって遅刻するわけじゃないんだけども。心理的に焦るっていうか、リズムが崩れるよな。 「委員長!」  通常より2本遅い電車を降りた途端、そう呼ぶ声がした。鈴屋の声だ。 「おはよう。今日は遅いね」  隣の車両から降りたらしい鈴屋が、笑顔でそばに……。 「おはよ……って! どうした!? その顔……」 「やっぱり目立つ? 腫れは引いたけど色がね」 「それ、まさか……」 「違うよ。斉木さんじゃないから」  左の瞼から目尻の横を赤紫に染めた鈴屋が、急いで否定する。 「昨日の放課後、斉木さんの親衛隊みたいなグループに捕まっちゃって」 「そいつらに……殴られたのか?」 「うん。お試しでつき合ってるのバレてるし、今週入ってから不穏な感じではあったんだけど。とうとうね」 「斉木のせいだろ。親衛隊って、中にはその……期待、持たせられてるヤツもいるんじゃないのか?」 「抱かれたことある子? けっこういると思うよ。斉木さんは、誘われて断る理由がなければやる人だろうし」  俺の遠回しな言葉をストレートに表現する鈴屋と、改札を抜けて学園へと歩く。 「昨日の子たち。その気がないくせに、斉木さんの気持ちオモチャにするなって」 「賭けしてつき合わせたの、向こうじゃん」 「まぁね。それだけなら、スルーしたんだけど」  鈴屋が薄く笑う。 「何でコイツに執着するの、落とせないから意地になってるんだ、とかいろいろ。僕をじゃなく、斉木さんのこと言うのは違うんじゃないのって」 「ムカついた?」 「うん。で、その気になったから、きちんとおつき合いします。もう用はないでしょって言った。そしたら、血の気が多い子にガツンとね」 「斉木は知ってるのか?」  自分の親衛隊なり遊び相手に、本命が殴られたことと。  本命がついにその気になったこと。 「知られたくなかったけど……昇降口で待ってて。おまけに、あの場にいた子が来て……斉木さんに問い詰められて、全暴露。参ったよ」 「じゃあ、お前……お試しは終了?」 「そうなるかな。あと3週間は素っ気なくしたかったのに」 「斉木は喜んだろ」 「怖いくらい。あー」  鈴屋が溜息をつく。 「何か問題あるのか?」 「もし、セックスが合わなくて別れるなら、学祭後がいいから」 「え? 合わないって……あるの?」 「委員長はない? やり方が好みじゃないとか、なんかズレてるって感じること。気持ちよさが半減するんだよね」  涼しい顔で言う鈴屋も。朝からエロ話が平気な人種みたいだ。 「俺、二人しか経験なくて。二人ともよかったから、その感覚はわからないけどさ。合わないって思ったら……別れるのか?」 「僕がそう思う時は、相手もそうなはず。無理しても楽しめないでしょ。努力してまで一緒にいたいってほど、まだ好きになってないし」  クールだ。  セックスが全てじゃないと思うけど……やっぱり重要、なんだな。 「大丈夫だよ」  ちょっと無言になってた俺に、鈴屋が笑みを向ける。 「委員長と杉原くらい気持ちあれば、合わないなんてないから」 「そうかな……」 「うん。見てて羨ましい。杉原がほかの男に目がいくとかあり得なそう」 「ありがとう」  笑みを返しながら。  涼弥が浮気とか。俺も、昨夜まで考えもしなかった。  それはそれでマズい気が……。  俺こそ、うぬぼれてるじゃん?  信用しつつも。好きでいてくれてることを尊いと思わなければ!  学園の門が近づいてきた。 「そうだ。鈴屋。俺のこと、委員長じゃなく將梧(そうご)って呼んで。委員長仮面はもう、つけないでいくからさ」 「わかった。僕は結都(ゆうと)で」 「うん」 「でも、素の將梧も、流されないで自分の意見ハッキリ言えるし。人の言葉もちゃんと聞くし、責任感もあるでしょ」 「そうか……?」 「向いてるよ。上に立つの。生徒会役員もこなせるって」  うっ……役員選挙……来週、告示されたらもう……逃れられない。 「選挙に出るのは、もうしょうがないとして」  息を吐いて、願望を口にする。 「候補は最低10人いるんだから、50パーセント以上の確率で役員にならなくて済むだろ。それに賭ける」  鈴屋……結都が苦笑した。 「なりたくて立候補する人だけじゃダメなのって、どうしてかな」 「やっぱり足りないんじゃん? 仕事、大変そうだしさ」 「どうしても嫌なら、將梧に投票するのやめとくね」 「それは絶対に。お願い」  昇降口に到着して靴を履き替える。  ふと、視線を感じて顔を上げると、5メートルほど向こうにいる男と目が合った……まま。  誰だ? 3年? 見覚えがあるような、ないような……てか、何故逸らさない……!? 「どうしたの?」  その声で結都を見やる。 「今、そこの3年が……」  視線を戻すと、その男はいなかった。 「ずっとこっち見ててさ。なんか、目離せなくて」 「へぇ。一目惚れしちゃったのか、前から將梧を見てたとか」 「そういう感じじゃなかった」 「じゃあ、杉原を好きな子で、ライバルを観察してたんだ」  え……それ、アリ……? 「ゲイだってバレたら心配になるの、將梧もだね」 「結都。お前、思ってたより意地悪いな」 「そう? ある程度仲良くなって、遠慮しなくなったからかな」 「なら、嬉しいよ」  笑って、階段へと歩いた。  普段と違い。ほぼ全員揃ってる教室に入ったのは、始業開始6分前。 「おはよー。遅いじゃん」  自席に向かう俺に気づいた凱が、挨拶を寄越す……って! 「お前、どうしたそれ……!?」  結都に続き。凱の顔にも殴られた痕が……昨日、だよな? 「あーこれ? 修哉さんにやられただけ。ちょっと反抗的な発言しちゃってさー」  口元の痣を撫で、凱が笑みを浮かべる。 「大丈夫。何ともねぇよ」 「……本当に?」  凱が片方の眉を上げる。 「殴ったの、修哉さんか?」  見つめ合う凱の瞳に嘘があるかどうか……俺にはわからない。

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