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35-2 言ってくれるの待つ
「ほかに誰いんの?」
のん気な声で聞く凱 。唇の端は上がってても、瞳は何かを推し量るように俺を射てる。
「水本。何かあってもお前、俺に言わなそう」
凱の瞳が笑う。
「そーね。気づかれなきゃ言わねぇかも」
悪びれない凱を、ジト目で見る。
「言えよ。頼むから」
「うん。けど、これはほんとに違うぜ。水本が狙うなら、涼弥じゃねぇの?」
「あいつがターゲットの場合、狙われるのは俺だろ」
「へーわかってんじゃん」
「それに、お前と玲史 ……写真のことあるから」
そうだ!
玲史! ちゃんといるか……?
急いで教室を見回すと。
「そこ。ちゃんと元気」
凱が指差した先に、楽しげにお喋り中の玲史と紫道 の姿を確認。玲史のかわいい顔は痛んでない。
「よかった」
「俺と玲史は平気だからさー。お前こそ気をつけろよ。今度何かあったらキレるぜ、涼弥」
「ん。わかってる」
あ……!
「この前、選挙の届け出した時。事前に知ったら水本の企み教えるって、江藤に言われた。言うの忘れててごめん」
「いーヤツだね」
「寮での……お前にしたことと噂のことへの、詫びと感謝として」
「んじゃ、安心だな」
「半分くらいにしとく。お前が言うように、俺が油断したら……涼弥がヤバい」
「何かあったの?」
「ただでさえ心配し過ぎなのにさ。あいつ昨日、おかしかったんだ。電話出ないでうちの前いるし、何度も俺にごめんって言うし」
一瞬、凱が考えるように眉を寄せた。
「補習でまた誰か……俺がどうのって話してたか?」
「んー……おとといの生物ん時のヤツいてさ。お前も選挙出るの知ってて、役員一緒にやるならチャンスだっつってた。涼弥が聞いてたかわかんねぇけど」
生物のって……藤村か? あいつも立候補者?
はぁ……憂鬱マシマシだ。
「じゃあ、それかもな」
溜息をついた。
「昨日ってなんかの厄日か? 結都 も殴られたって」
「誰に?」
「斉木の親衛隊っぽいヤツに」
「あーあの男、人気あんだっけ」
「かなりのモテ男だよ。でも、誰とつき合うのも斉木の意思じゃん? 結都に文句言うのは筋違いだろ」
「將梧 はさー。マイナス思考あるわりに、汚ねぇ感情あんまねぇよな」
ちょっぴり邪の入った笑みを浮かべる凱。
「自分でも見んのやんなるくらい。恋愛にはドッロドロなとこあんだぜ?」
「そう……かもしれないけど」
嫉妬とかな。
そんなドロッとした心は好まない。
自分勝手で理不尽で、手に負えないモノ……心に飼うのは嫌だ。
つっても。
嫌でも棲みついちゃうモノなのか?
「相手の負担っていうか、苦しむ原因になりたくない。だからかな」
昨夜のことを思い出す。
「もしさ。涼弥が何か隠してても、絶対問い詰めてやろうとか思えない」
「隠してんの?」
「たぶん。そういうの苦手なはずだから、長くは無理だろうし……俺のためか、俺のせいだと思って……言ってくれるの待つ。キレイゴトだけどさ」
見つめ合う凱の表情は、ひどくやさしげ。
「いーんじゃん? それで」
「待っちゃダメな時もあるだろ。ほかの男に……とか」
「涼弥に浮気はねぇよ」
「信じてる。でも、当然って思わないようにしないとな」
「あったら、慰めてあげるねー」
無邪気な笑顔につられて笑う。
「なら、安心だ」
気がかりはあれど。
今日も平和に時間は過ぎて昼休み。ランチを終えて、御坂と結都とのんびりしてる。
名前の話になり。御坂も鈴屋を結都と呼び、御坂を樹生 と呼ぶことにした。ここ2、3週間で親交が深まったから、しっくりくる。
「ほとんど知らない人間でも、名前呼び捨てで呼んでって言われてそうすると、一気に親しい気分になるよね」
「そう。だから、ナンパした女にはすぐ名前聞く。口に馴染ませておかないとさ」
結都に同意する樹生のセリフ……会って間もなく親密な関係になって呼ぶためか。
まぁ、俺も名前呼びの効果はあると思うよ。
あんまり社交的じゃない俺は。会ったその日に自分から名前で呼び合おうとはならないけど、相手から言われればノーはしない。
そのせいもあって。
近しくなろうとしてくれる相手には、好感持つよな。
最近だと。
凱は初日から親しく話して信頼して、大切な友達に。
和沙……は、単にちゃんづけが嫌なだけだから微妙か。烈も、ほんのちょこっと話しただけ。
あとは、悠 。
涼弥の友達ってことの前に、セックスした相手ってのを知って。少し会話して軽く誘われて。
親しくはなってないけど……人懐っこくて憎めない感じで、独特の雰囲気があったっけ。
そう……だ。
悠がこっち来てて、バッタリ会った可能性もあるよね。涼弥が。昨日。
で。
で、何だ? 何もあるわけないじゃん? 涼弥だぞ? 早く補習終わったとしても5時は回ってるはずだし。7時半近くにはうちの前いたし。
2時間しかない……2時間……もあるのか……じゃなくて!
さすがに。
やましいことしたあとで俺んとこ来ないだろ。
あーもしかしたら。
昨日は何もなくても。弱みか何か握られて。それか、すげーのっぴきならない事情で……今度また会う約束したとか。
だから『ごめん……』連発か……!?
ダメだ。
負の妄想が勝手に進む……!
今すぐやめねば。
「將梧。どうした? ぼーっていうより、難しい顔してる」
樹生の声で我に返る。
「ごめん。ちょっと……考えゴト」
涼弥の挙動を悪いほうに脳が勝手に……とは言えず。
「選挙が憂鬱でさ」
「そうだよな。その先もって……考えてるか?」
「先……お前も、俺が役員やるって思ってる?」
問いに問いを返すと、樹生が同情の眼差しを向けてきた。
「うん。將梧には悪いけど、票は集まると思うよ」
「わかんないだろ。俺はやる気ないとこ、ほかの候補者のがいいアピールしてくれればいいんだからさ」
「やる気あるヤツいるかな?」
「加賀谷が出るって聞いたよ。今も書記やってるD組の委員長」
結都が答えた。
加賀谷か。現役員ならやる気あっての立候補だよね? みんなも安心して選べるはず。ひとりは決まりだな。
加賀谷はマジメで清々しい好青年だ……玲史によると、サドのバリタチらしいけども。
「あとは、A組が上沢と三崎。C組の……たぶん、藤村」
「三崎は出ねぇぞ。杉原が風紀に立候補したからな」
突然聞こえたその声に、バッと横を向く。
「上沢……ビックリした。気配消して近づくなよ」
「D組からもうひとり、吉村。E組は深見。風紀に落ちたのがいるから、C組はあとひとり出すことになってる」
とすると、2年の立候補者は7人。
「1年はクラスにひとりずつか?」
「ああ。二人んとこはねぇな。それより、早瀬。マズいぜ」
上沢が険しい顔になった。
そうだ。コイツは選挙の情報を伝えにきたわけじゃない。
「水本か……?」
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